一話
その日は綺麗な月の夜だった。
雲のない夜。闇夜の帳が辺りを包み、綺麗な満月が大地を淡く照らす。
「......お父さん」
場所は病院。広い病院の一室。中心に僕はポツンと座り、半ば放心状態で父を呼ぶ。
食器が割れ、テレビが壊れ、家具が散乱している室内。床、壁、天井までもが夥しいほどの血液で真っ赤に染まっていた。
「お母さん......」
また、家族の名前を呼ぶ。
今は骸と化した最愛の家族の姿。凡そ、人の姿を留めておらず、部位が辺りに散らばっている状況で近くに転がっている母だったモノの半身を起こし、顔を撫でる。
さっきまで笑っていた母の姿は既にそこにはなく、虚ろな目で天井を見上げていた。
肉片飛び散る室内で、僕はもう二度と動かない母の身体を優しく抱きしめた。
「好きです! 付き合ってください!」
僕。成神絢瀬は一世一代の大勝負の真っ最中である。
学校の屋上。太陽が傾き、もう直ぐ陽が沈むのを知らせる。遠くから部活動に勤しむ同じ学生の声を聴きながら僕は勇気を出して、目の前にいる少女に告白をした。
桜園瀬女。それが、美しい少女の名前。
バランスの良い整った容姿、優しそうな目尻の下がったややたれ目気味の瞳、肩まで伸びた黒い髪はまるで触ればするりと手から落ちそうな上質な絹のようだ。
「ごめんなさい。貴方をそんな目で見た事ないの」
鈴にも似た美麗な声が、僕に残酷な知らせを告げる。瞬間、辺りの音が遮断されたような静寂が僕に訪れた。さっきまで遠くから聞こえていた野球部の掛け声、校舎から聞こえる吹奏楽部の音色、それが聞こえない。
「え?」
「本当にごめんなさい。これかも、友達でいましょ?」
彼女の冷静な言葉に息が詰まってしまう。
思えばここまで来るのに長い時間を要した。
行動を起こすまで三年。進学する高校を突き止め、必死に勉強し入学を果たし、警戒されないように、連絡先を聞き。クラスで他愛のない話をする関係になるまでさらに六か月。月に一回は告白される桜園さんが何時その告白に返事をするか気が気でならない時間を味わう事さらに三か月。友達として、学校の外で遊ぶ仲になるまでさらにさらに二か月。
学校内で『あいつらもしかして付き合ってるんじゃね?』と噂が流れ始め。学力、容姿、性格。桜園瀬女と言う人間に釣り合うように今日まで血反吐が吐く程の努力を積み重ねてきたのだ。そして、やっとその時がやって来た。
「え? うん......」
何のに僕の願いは叶うことはなかった。
ほおけている僕を尻目に彼女はそう言うと、何事もなかったかのように屋上から去って行ってしまった。
「おい! 押すなってっ!」
「俺じゃねえよっ!」
「バレるバレるからっ! ......」
彼女が出て行ったドアとは反対側、少し開いたドアから声が聞こえてくる。思わずそちらに視線を移すと、勢い良く扉が開き、大勢の男達が雪崩れ込むように倒れて来た。
「みんな......」
「何て言うか......。お前良く頑張ったよ」
金髪の男子がそう言う。
「あっちゃん、今まで一杯頑張ってた事俺達みんな知ってるからね!」
眼鏡を掛けた小柄な男が言う。それに、続くように口々に励ましの言葉を投げかけた。
それに、僕は精一杯の笑顔で『ありがとう』と言い。それから、椅子に置いていたバックを背負うとトボトボと集団の横を抜け、階段を降りて行った。
二年間の努力が僅か数分の間に無へと化した、明日から冬休み、友達でいましょうと口では言っていても告白が失敗した今、僕もあっちも気まずくなって会う機会が少なくなっていくだろう。そして、最後には教室の中ですら話さなくなる。
グルグル頭の中で先の事を考えている間に校舎を出て、校門から外へと歩き出す。
「もー。やっと来た!」
「早く乗りなさーい!」
路肩に止めている車の窓を開き、見知った人が此方に向かって何やら叫んでいる。
「......あぁ、忘れてた」
「はぁ!? 意味分からない。今日は家族でお疲れ様会しようって言ったじゃん! ママ。お兄ちゃん忘れてたんだって!」
「あらあら。だから遅かったのね。―――まぁでも話は後。いつまでもここで止まってちゃ他の人に迷惑だから早く乗っちゃいなさい」
「......うん」
小さく呟く様にそう言うと僕は車のドアのぶに手を掛けた。
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