謎の仮面男俺、仮面外して正体明かそうとするも、正体への期待度が上がりすぎてヤバイ
この世界には二人のヒーローがいる。
「うおおおおっ! サイコキネシス!」
超能力を操り、悪を打ち砕くエスパー青年・レイジ。
「いくわよっ! ファイヤー!」
レイジとともに戦う魔法使いの少女・フィーナ。
この二人のおかげで命を助けられた人々の数は数えきれない。
――じゃあ、俺は誰かって?
俺は仮面で顔を隠しつつ、そんな彼らをかげながらサポートしてきた者だ。
時には悪党に不意打ちを喰らわせ彼らにチャンスを作ったり、時には彼らに武器を渡したり、時には捕らえられてしまった彼らを助けたり……。
そして、レイジとフィーナは決まってこう言うのだ。
「また助けられたな……だけど、あんた一体!?」
「何者なの!?」
俺は決まってこう返す。
「名乗るほどの者じゃないさ……さらば!」
そして、去っていく。こんなやり取りを、はっきり覚えてはいないが少なくとも十数回はやってきた。
ただ……さすがにいい加減マンネリになってきた気がするし、彼らもいつまでも正体不明な奴に助けられるのは不安だろう。
というわけで、今日俺は正体を明かす決心をした。
今日も彼らは悪と戦ってるようだし、その戦いが終わった後でいいかな。
……
俺は彼らが戦ってる怪物に石を投げつけ、チャンスを作った。
「さあ、必殺技を!」
レイジがうなずく。
「はあああ……パイロキネシス!」
「いくわよ! サンダー!」
炎と雷が炸裂する。超能力者と魔法使いによる合わせ技で、怪物は消滅した。
レイジが俺に言う。
「またあんたに助けられたな……」
「フッ、危ないところだったな」
「ねえ、あなたは誰なの?」
いつもの俺なら答えず立ち去る場面だが……。
「いいだろう、いい加減謎の男でいるのも飽きた。正体を明かしてやろう」
俺は仮面を外そうとする。
すると――
「父さんなんだろ!?」
「え!?」
レイジがいきなりとんでもない発言をした。なんだよ、父さんって。レイジの父親は確か亡くなってるはず……。
「実は父さんは生きてて、俺たちを助けてくれてたんだ! そうなんだろ!?」
全然違う。かといって否定しちゃうのも悪いかなぁ、と俺が困っていると、
「違うわ! あなた兄さんでしょ!」
フィーナがまた変なこと言ってきた。今度は兄さんかよ。確かフィーナの兄さんは行方不明になってたが、どこかで見かけたな。ああ、どこかのレストランでバイトしてた気がする。元気そうだった。
それにしても俺を肉親だと思うなんて……悪いけどお前らと血縁ないんだよ。
「父さんでもフィーナの兄さんでもないのか? じゃあ一体何者……」
引っ張っても仕方ないので俺が答えようとする。
「きっと、顔はイケメンに決まってるわ!」
え!?
「白馬に乗った王子様みたいな超絶イケメンなのよ!」
おいおい、勘弁してくれ……。勝手にハードル上げるんじゃねえよ。俺はド平民だよ。そもそも俺、馬乗れないし。
フィーナのイケメン妄想に気を悪くしたのか、レイジも言う。
「どうだか。超絶グロテスク顔ってことも考えられるぞ」
「ああ、ものすごい傷を負ってるとかで?」
「そうそう。仮面はそれを隠すためのアイテムってわけだ」
「でもそういうのもかっこいいよね。壮絶な生き様が垣間見えて」
「それは言える」
今度はグロ面ときた。悪いけど、俺の顔に傷なんてねえよ。昔潰したニキビの跡がちょっとあるぐらいだ。
「機械ってことも考えられるな」
機械!?
「あ、ありそうね! 仮面を外したらロボットでした、みたいな」
あるあ……ねーよ。俺はロボでもなんでもねえよ。人間の両親から生まれたれっきとした人間だよ。ロボチガウ、ロボチガウ。
くそっ、こいつら俺をなんだと思ってるんだ。勝手にどんどん妄想して、正体のハードル上げやがる。
「のっぺらぼうってこともあるんじゃない?」
「ありそうだな!」
俺にはちゃんと眉毛も目も鼻も口もあるよ! 妖怪じゃねーよ!
これ以上妄想を続けさせたらまずい。とっとと仮面外しちゃおう。こういう時に限ってなかなか取れないんだよな、これ。取れる時は転んだだけで取れるのに。
「実は女だったりして! それも美女!」
ついに女説まで出た。声からして男じゃねえか。嫌だよ、俺みたいな声の女。
「そうね、声はボイスチェンジャーで変えてるのかも」
なんだその珍推理は。仮に俺が女だとして、仮面付けて声変えてまでお前らを助ける理由はなんなんだ。回りくどすぎるわ。
「意外なあの人物が……ってのも燃えるよな」
「分かる! 正体はいつも会ってたあの人だった……みたいな」
「ってことは行きつけの喫茶店のマスターあたりか?」
今度は意外性を求めてきた。すまん、俺は別にお前らの知ってる人物じゃないんだ。仮面外しても「誰?」ってなるだけなんだ。
「仮面そのものが本体ということも考えられるわよ」
はぁ?
「どういうことだ?」とレイジ。そうだそうだ、言ってやれ!
「つまりね、あの仮面は呪いの仮面なのよ。つけた人の意識を支配して、自在に操るの」
「ああ、なるほど。妖刀に人が操られるみたいなノリか」
「そうそう!」
どういうノリだよ!
だいたいこの仮面、呪いの仮面じゃないのはもちろん、特別でもなんでもねえし。どこかのディスカウントストアで買った安物だし。多分同じのこの世に無数にあるぞ。
ヤバイ、こいつらの中で俺の正体がどんどんとんでもないことになってる。
……白状しちゃうけど、俺は別に何かの能力者でもなんでもないただの男だ。
顔面はいたってフツメン……だと思う。容姿を誰かに褒められたり、貶されたりの経験が全くない。それほど平凡な面構えなのだろう。
名前はヒロシって言って、この世界じゃありふれた名前だし、33歳だし、独身だし、なんでこいつら助けたかっていうとぶっちゃけただのファンだからだし。ようするに、俺ただ仮面つけただけの追っかけおっさんなのよ。できればまだお兄さん扱いでいたい。仮面つけてたのは単にシャイだから。
「魔物だったり?」
「私たちのクローンとか!」
「神様だったりしてな!」
「宇宙の意志、ってことも考えられるわよ」
ますますひどいことになってる。なんだよ神様とか宇宙の意志って。そんな存在だったら俺が悪と戦ってるわ!
――なんてツッコミを入れてる場合じゃない。まずい……まずいぞ。
こんなハードル上がり切った状態で俺が仮面を外したらガッカリなんかじゃ済まない。露骨にガッカリされたら、俺のメンタルもズタボロだ。ここはいつも通り立ち去って、二度とこいつらに会わない方がいいのかもしれない。よし、そうしよう。
「一応言っておくけど、逃げるなんて考えるなよ。正体明かすって言ったんだから」
「うん、逃げたら魔法で攻撃しちゃうよ」
しかし、回り込まれてしまった!
もうダメだ……正体を明かすしかない!
すまん、レイジ、フィーナ……平凡極まりない俺の正体を許してくれえ!
俺はなじられるのを覚悟して、仮面を外した。
二人は沈黙している。やっぱりガッカリだったか。俺にとっては永遠にも思える時間だった。
「……いい」
「うん、とてもいいわね」
え?
「あんたの普通っぷり、すごくいいよ! あんたみたいな人見たの初めてだ!」
え、え?
「私たち二人ともエスパーと魔法使いで特殊だから、あなたみたいな普通な人に飢えてたのよ~」
なんだか好感触。こいつは予想外だ。
「俺たちの特殊性を中和できるような、普通な仲間がずっと欲しかったんだ。よかったら正式に仲間にならないか?」
「うんうん、そうしよう! ずっと私たちを助けてくれたあなたなら信頼できるし!」
スカウトまでされてしまった。
こうなるともう……仲間になるしかないではないか。長年追っかけてきた推しに頼まれて「いいえ」と言えるわけがない。
こうして俺は三人目のヒーローとなった。
……
その後、俺は仮面を外し、レイジとフィーナのサポートをし続けた。
二人を仮面状態で助けてるうち、なんだかんだ俺もそれなりに鍛えられていたので、足手まといになることはなかった。
とはいえ、強敵相手だとやっぱり俺の出番はほとんどなかったが……。
やがて、悪の首魁といえる敵を倒し、俺たちの戦いは終わりを告げた。
「ヒロシ、悪を滅ぼせたのはお前のおかげだ!」
「ありがとうね、ヒロシ!」
「レイジ、フィーナ。二人と共に戦えて、楽しかったよ」
レイジとフィーナは結婚した。
俺もまた、戦ってるうちに俺に惚れたという女性ファンが現れ、その人と結婚した。
今では俺も一児の父だ。
リビングに飾ってある俺の仮面を見て、まだ幼い娘が言う。
「ねーパパ、この仮面なーに?」
「これはね、パパが昔つけてた仮面だよ」
「もうつけないの?」
「うん、つけないと思う。だってパパはもう、パパであることを隠す必要はないからね」
おわり
読んで下さりありがとうございました。