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青草  作者: ツナ川雨雪
2/20

キラキラネームじゃないのに。名前は難しい?

2 ヒロイン 登場?


 突然「こんにちは」若い女の声が、玄関付近から聞こえてきた。こういう場合、兄、狐底は、自分が訪問者の一番近くにいても返事すらしない。殆どの場合、自分のことに、没頭し続ける。丘須華は外に出るついでに、玄関で、「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」の独り言を繰り返す、しつこい女の相手でもしようと考えた。すり足をしながら、部屋から出て、階下へと、静かに降りて、急いで玄関へと、向かってゆく。玄関に到着すると、丘須華は、実物を見たことはないが、ロタン作「悩みながら笑う人の像(俗称、作り笑いしそこねた男の悲劇)」の表情を、巧みに真似ながら、「こんにちは」と女に向かって言った。


 「こんにちは。こちらに丘須華さんという方いらっしゃいますか」と、ややきつめの緑色のTシャツを着た女は一息で言った。


 言い忘れていたが、ウチの玄関はいつも錠前をかけていないので、この女の様な無礼なヤツは勝手に、ドアを開け、家の中に入り込んでくる。まあそれは、いつも錠をかけていない玄関のドアを開けた中にある靴を置いておく場所を、家の中と仮定するならばの話だが・・・。


 「丘須華ですが・・・私が」と丘須華は人にあまり興味がないので、不機嫌そうに、相手に聞き取れないくらいの小声で言った。


 「あっ・・・あっ・・・あなたが、丘須華さん」と女はうれしそうに言った。


 「せっかく、聞き取れないくらいの小声で名乗ったのになあ、私は・・・」丘須華は気分が悪い。


 「はぁ・・・」女は反応の仕方が解らず戸惑っている。


 「あんたの名は・・・」丘須華は社交家だ。初対面の相手の接し方。こんな事はいとも簡単にできるのだ・・・そう、女のご機嫌取りなど、赤ん坊の手首をマッサージするくらい簡単だ。


 「モトナです」


 「大人かぁ・・・あたりまえだな」丘須華は戸惑う。


 「モトナです。モトナナン」 


 「どこかで聞いたことのあるような名前だ。うーん。誰・・・だったかな・・・」丘須華の顔は、思い出すという脳労働のせいで、苦渋に満ちている。実は、聞いたことも、見たことも無い名前だった。しかし、丘須華は社交家で愛想というものを知っているので、温かい眼差しで、見つめる。


 「思い出せませんか」と言った女の目は少し悲しそうだ。


丘須華の脳は、いつの間にかオーバーワークぎみだ。全然思い出せぬ。


 「モトナさん。誰でしたっけ?聞き覚え・・・否、書物・・・まてよ・・・二、三年前に届いた手紙の送り主の名前に・・・お粉というのが・・・あったのまでは思い出したのですが・・・」丘須華には、わざととぼけるところもあるがTシャツ姿の女の名の記憶かぎっては、人間の悪行に対して猛威を振う筈の恐ろしい大自然にも許されている、不自然な所など全くない自然なボケだった。


 「くすっ、お粉じゃありません。モトナです。あなたと過去にペンパルをやっていたんですよ」


ペンパルペンパル?文通・・・そんな面倒なことをした覚えもあるが。遠い昔のことだ。高校の時か・・・高校を出た後のことだぞ。何年前のことだ。十年くらいか・・・。


 「ペンネームは『ソドムとゴモラ』だったな」毎回、訳のわからないことを書いてくる男だなと思っていたが女だったか。


 「えっ、私は『ソドムとゴモラ』なんてペンネーム無いですよ。モトナナン。本名で手紙を送らせてもらったはずですよ。」


モトナナンか、Tシャツ女の名は・・・変わらず・・・だそうだ。


「どんな内容だった?」丘須華は、モトナナンと言い張る女に、聞いた。


「手紙の遣り取りの・・・ってことですか。まるで覚えてないんですか?内容・・・」ナンは非常に悲しそうな表情をした。


 丘須華はサディズムの信奉者ではないので、ナンの残念そうな表情に快感なぞ覚えるわけもない、ある種の苦しみを覚えた。モトナナン・・・急いで思い出


 「あなたの、名前・・・。ひょっとして基本の本に、名前の名、そして、難問の難と、書くのか?」丘須華は、不審者を見るような感じが出ないように、適度に正常を気取りながら、モトナナンに聞いた。


 「そうですよ」当然ですという顔をしながら答えた。


 「(なん)さん。私はあなたの名前、『ほんみょうむずかし』と読んでいました」丘須華は何ヶ月ぶりかの微笑を浮かべながら、底なしの馬鹿を見るような冷たい目をしている難に、告白した。深海に沈んでいくような時が流れる。


 「・・・今日は何の用でした」


 「七年くらい前、二年間、手紙を遣り取りしていた丘須華さんが、どんな人で、今どんな人になっているのか、この目で見たかったんです。あの頃はお互い、クラブや勉強で忙しかったでしょ」


 はっきり言って、丘須華はクラブや勉強で忙しかった覚えなど無い。おそらく、クラブや勉強で忙しかったのは、難なんだろうなと、憶測する。そして、この女は自分の状況と他人の状況を同じ状態にして、仲間意識を植え付け会話を成立させていくタイプではないだろうかと思った。そして、詐欺師というのはこういう会話のもって行き方をして行くのではないかと、丘須華は、変な恐れを抱いた。


「私は今でも余り時間が無く忙しい」素っ気なく言う。


「丘須華さん。今この家には、誰と誰が住んでいるのですか」


「九官鳥とペリカンとオウム・・・主に鳥類」


「うそ!見せてください」


「では、そこで裸になってください」


「・・・嫌です」


「私と六歳上の兄がいる」


「あれ、お父様とお母様は?」


「私が、二十歳になったとき『そろそろ準備しておいても良いか』と、準備よりも後片付けの方が大変な状況だったのに、意味のわからない謎の言葉を残し、海の見える町に引っ越したよ。兄さんは、どうか知らないけど。俺は、面倒くさいことから逃げたんだと思っている」


「そうですか。女性の方は一人もいらっしゃらないのですか?」


「そうだが・・・」


「それじゃ男所帯で家事なんか大変でしょう・・・」


「難さんは、男は家事をこなすことが出来ないとお思いなのかな」少しだけ語気を強めていった。


「いえ。そういう訳じゃありません・・・そんなつもりじゃ・・・」


ああ難が涙目になっているような気がする。ああ・・・丘須華は苦しんだ。ここは一発景気よく。


「良いんですよ。良いんですよ。男所帯で、実際の所は非常に汚れていて大変なんです。私なんか汚れたパンツの山の上で、よくクロールをするんですよ」


 「クロールですか?バタフライではなくて?ふふっ」


 悪のりしてきたか・・・この女っ。


 「嘘に決まっているだろう。本気にしないでくれ。本当のところは平泳ぎなんだから」自分の方から悪のりしてきたくせに私の切り返しに、難は退屈そうな素振りを見せている。嫌な汗が出てくるのを感じる。私の、赤い血が青くなってゆく、そんな気がした。




幼い頃の私。太陽は今日も、暖かいだろうか?狼が横たわっている。「これでここの奴らは全滅だ」と男は言う。兄はどうしているだろうか。気にもとめないに違いない。兄とは違う。何が違うのかは解らなかった。



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