誉れと、誇りと
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。
「お家昇進の申請が通った?」
フェルナンから気の抜けた声が出る。
「そうなのよ!フェルナン、貴方のお陰よ!」
「よくやった!流石私の息子だ!」
フェルナンは突然の出来事に頭が追いつかなかった。あの死闘の末、賢知将軍アウレールの部隊と戦ってきたばかりのことだ。正直家で休めれば良いとしか思っていなかったところに、思いもよらぬ報告が待っていた。
「ふん。随分と覚えがめでたいようだな」
フェルナンが振り返ると気にくわなそうに近づいてくる長兄がいた。
「だが勘違いするなよ。このお家昇進は俺の日々の貢献があってのことだ。お前のはきっかけに過ぎない」
フェルナンは疲れと呆れからか、何を言う気にもならなかった。実の弟への嫉妬、しかもお家昇進でメリットを享受できるのは家にいる兄の方だというのにこの口ぶりだ。まったくもって救えない。
しかしそれでも、今まで馬鹿にするばかりの家の連中が自分自身に媚びへつらうようになったことに、どこか悪い気がしない自分もいた。
「フェルナン様、私と踊っていただけませんか?」
「ずるいですわ。フェルナン様、私と……」
貴族の社交パーティー、戦勝を祝うそのパーティーでは昇進と活躍からか異常な程にモテた。一応これまでも何度かこうしたパーティーに参加したことはある。というより、貴族というものは何かにかこつけてこうしたパーティーを開くのだ。
しかし今までと違うことがある。これまではこちらが声をかけてやっと相手にしてくれるような女性達も、今は自らフェルナンの元によってくるのである。
本来であれば貴族の社交パーティーなどフェルナンにとってはさほど楽しいものでもない。それは階級こそが物を言い、どれほど努力しても相手にされないことをフェルナン自身よく知っているからだ。しかし今日だけは違っていた。
(階級がかわるだけで……、身分がかわるだけでこうも……)
フェルナンは戸惑いつつもいつものように女性の相手をしていく。普段と違うのは相手がずっとずっと着飾った美しく上品な女性達であることだ。
美しさと貧富はある一定のところまで比例する。良いものを食べ、それだけ身なりに気を使うことのできる女性は当然の様に美しくはなるのだ。上流階級ほどその身なりの大切さを知っている。フェルナンはその日そのことを一層痛感させられた。
(あれは……)
フェルナンは一通り相手をし終えると、窓際に可愛らしい女性がいるのを見つける。彼女はフェルナンよりも上級の貴族、モリエール家の三女である。今年十八になるという。
当主であるモリエール卿は軍人であり、その地位も相当に高い。今はまだだが、その内将軍クラスにまで出世するという噂だ。そのような事情もありフェルナンは彼女を知っていた。
彼女の高貴さは男達を惹き付けるものの、今のところ誰一人相手にされていないようであった。一通りの男達が玉砕したのだろう。彼女は丁度手持ち無沙汰になっていた。
「…………」
フェルナンはゆったりとした足取りで彼女の元へ向かう。普段なら流石にそんな無茶なことはしないだろう。しかし、今はそれができた。
そして彼女が此方に気がつくと、優しく微笑みかける。
「失礼します。ローヌ家の三男、フェルナンと申します」
「……何の用でしょうか?」
「僭越ながら、一曲私と踊っていただけないでしょうか」
フェルナンはじっと彼女の目をみつめ、まっすぐ語りかける。今までは気後れして声などかけられないだろう。女性と話すことになれてはいるが、それがある意味で役に立たないのが貴族社会だ。
だがフェルナンの中で、今の自分を取り巻く環境が全てを好転させてくれる気がしていた。
彼女は少しの間フェルナンから目を背ける。そしてしばらくしても彼女をまっすぐと見つめるフェルナンに根負けしたように、彼女は手を差し出した。
「……ローズ。モリエール家のローズです」
「はじめまして、ローズ嬢」
フェルナンは彼女と手を取り、人々をかきわけ踊り場へと進む。
何もかもが輝いていた。
熱烈なアプローチの甲斐もあり、それから毎日のように彼女と逢瀬を重ねた。階級の高い貴族だけあって反対されるのかと思ったが、それ以上に第七騎士団の名前は力をもっていたらしい。
しかし休暇は短く、彼女と会える日々も一時的に終わりを迎えていた。
「フェルナン様は、また明日から戦場に向かわれてしまうのですか?こんなにも早く……」
「そうだな。まあ、また戦果をあげて帰ってくるさ」
フェルナンは落ち着いた様子でそう答える。それを聞いてローズは呟くように言葉を残す。
「………ご武運を」
フェルナンはそう言う彼女の表情が、あまりに優れないことをよくわかっていた。自分の家族達なら、喜んで自分を戦場へ送り出すだろう。周りの知り合いもそうだ。彼女も表面上はそう言っている。
だがその本心が違うことはフェルナン自身よく分かっていた。本当ならば行って欲しくない。行かないで欲しい。そう願いつつも現実を良く理解した上で、言葉を選んでいるのだ。
フェルナンはそれがたまらなくうれしかった。
「フェルナン隊長、そろそろ準備してくれ」
アルベールに声をかけられ、フェルナンはふと自分の世界から呼び戻される。「どうかしたか?」と聞いてくる副長に対して、フェルナンはただ「なんでもない」とだけ答えた。
(余計なことを考えているときではないな)
戦場に作戦とは別の目的を見出せば、それは即ち死を招く。アルベールほどではなくても、フェルナンもよく分かっていた。
作戦の目標は明確であればあるほど、具体的であればあるほど良い。フェルナンはもう一度作戦を確認する。
「我が隊に告げる。敵の砲台は現在半数以上が破壊されている。じきに突撃の命令が出るであろう。副長の合図と共に我らは一気に城門へと突撃を開始する。その後秘術をもって既に半壊状態の城門を破壊し、そのまま中へと突入する」
「「了解」」
フェルナンはそう言って振り返り、号令を待つ。そしてレリアの通信秘術を通じて、フェルナンに突撃の指示が出た。
「各員、突撃!」
「「おおおおおお!!!」」
土煙を上げて、勇猛果敢な騎馬隊が城塞へと攻め入った。
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