報告:デュッセ・ドルフ城塞攻略戦
「ベルンハルト将軍の部隊は南方面にて戦闘を行っています。目標のデュッセ・ドルフ城塞にはおそらくはアウレール将軍の部隊がいるかと。……ただ、それ以上の情報は入手できませんでした」
「わかった。それだけでも十分だ」
俺が偵察兵にそう伝えると、彼は敬礼をして立ち去っていく。情報は戦いにおいて極めて重要な役割を果たすが、現在はそれすらも手に入れるのが難しい。
(元々王国の諜報部なんて役に立たないからな)
俺は半ば諦め気味に息をはくと、次なる作戦について考えていく。今ではクローディーヌも考えてはくれるためかなり楽にはなったが、それでも考えることをやめるほど俺は呑気でも命知らずでもなかった。
(アウレール軍自ら出陣してくれるなら、やりようはあるが……)
最早その目が薄いことは俺にも分かっていた。一度とは言え直接攻撃を受けたのだ。わざわざ危険を冒してまで、再度戦場に出てくるとは考えにくい。
(となれば城塞を守っているのは千人程度か?だが現在あの城塞は孤立しかけている。帝国側からすれば、さほど守る意味はもたないようだが……)
デュッセ・ドルフ城塞は堅固な砦だが、他の都市から離れているという問題を抱えている。つまりは、補給面で難があるのだ。
元々は前回の大陸戦争の際にセザール・ランベールの進撃を抑えるために作られた城塞であまり戦略的価値のない場所に築かれている。そこから当時の帝国側の慌てようが見て取れる。
明らかに意味の分からない意志決定だったが、王国も王国で律儀に攻めてくれたりもした。王国も攻めがいがあったのだろう。城塞戦は騎士が活躍した時代からの花形の戦いの一つだ。ここまでくるとどっちもどっちである。
もっとも周囲の道は整備されているため、戦後から今に至るまでは王国との商売で商人達がありがたく利用しているようであった。
(いつの時代も商人は逞しいな)
俺はそんな風に考えながら、遠くにそびえ立つ城塞を見る。攻めたところで補給がしにくい、交通の要所でもない(現在は商業の拠点だが)。その場所にどれほどの価値があるのだろうか。
「そろそろよ。副長」
クローディーヌが後ろから声をかけてくる。彼女は既に準備万端であり、その装備から高い士気を感じられた。リーダーの振る舞いは組織の士気さえも左右しうるが、その点で今の彼女は満点だった。
「……今度はこっちが撃ち込む側か」
「え?」
「なんでもないですよ。行きましょう」
城塞といえど、現在は商業拠点だ。民間人にも行われているだろうが、それでも軍人相手に商売する商人が多く残っているだろう。そしてその家族も。だとしても此方が配慮する道理などなかった。
手を緩めれば、死神はすぐに此方へと振り向くのだから。
「手筈通り砲兵を準備させます。第五騎士団ほど練度は高くなくても、あれだけでかい的には当てられるでしょう」
クローディーヌは少し複雑な表情をしながら、静かに頷いた。
「我が名はクローディーヌ・ランベール!王国軍第七騎士団の団長にして、王国の剣となり戦う者。城塞の皆に告げます。降伏しなさい!降伏すれば命は保証します!ただし、抵抗するなら此方から攻撃を仕掛けます!」
クローディーヌが良く響く声で城塞へと訴える。王国語ではあるが、難しい単語は使っていない。それに言語体系もそう離れてはいないので、帝国兵の中にも理解できる奴はいるだろう。少なくとも、繰り返し言えば伝わるはずだ。
「繰り返します。降伏しなさい!命までは取りません!」
俺は後方にて待機しながら、その様子を見守る。本当であればいきなり大砲を撃ち込むのが筋だ。先手をとれるならそれだけで有利なのだから。だがクローディーヌはそれを良しとしない。民間人にも被害が出る可能性があるとのことだ。
勿論それは此方の責任ではない。そもそも此方は都市に撃ち込んでいるのではなく城塞に撃ち込んでいるのだ。中に民間人がまだいる方がおかしい。しかし帝国の将兵は便利さからそれを許し、商人達は利益から自ら留まっている。信じられない馬鹿達だ。
パアン!
クローディーヌの頬を銃弾がかすめる。帝国兵が撃ったのだろう。彼女は秘術で強化しているため、それが例え当たったとしても死ぬことはない。だが交渉は決裂だった。
「大砲、用意」
俺が砲兵隊に伝える。王国軍にも一応砲兵隊はいて、今回はそれを借り受けている。日陰者の連中であったが、第七騎士団に招聘されたことで思いのほか士気が高い。
本当なら第五騎士団が来てくれるのがよかったが、彼等も彼等で南の戦線に駆り出されているという。ベルンハルト将軍が向かった先だ。
(マティアス団長のことだ。ベルンハルト将軍と正面衝突するほど馬鹿ではないと思うが……)
俺は先日見た実力を思い出す。第五騎士団といえど、生存の保証はなかった。
「目標は敵城門。数発城門及び城壁に撃ち込んだ後、射角を上げて内部にも撃ち込んでやれ」
俺の指示と共に、火薬によるけたたましい音が響き始めた。
「軍団長、敵軍が砲撃してきました」
「馬鹿な王国軍め。いくら英雄だかなんだか知らないが、この城塞に攻めてくるとは命知らずよ。英雄ですら落とせなかったこの城塞、その力を見せてやる」
アウレール将軍指揮下の軍団長が部下に指示を出す。するとその指示に合わせて城壁上部に砲台が現れる。
「敵も砲台を用意したみたいだが、所詮は猿真似。砲撃戦は高地にいた方が圧倒的に有利であることを教えてやる。……撃てい!」
「……ぐ、軍団長!?あれをっ!?」
軍団長は高笑いしながら発射の号令を出す。しかしその表情は自分を飛び越えて城塞内に撃ち込まれた砲弾を見て固まった。
「そりゃ高所の方が有利だけどさ。それは射程の話であって、性能でこっちがそれ以上届くんだったら関係ないんだよ。ほら、こっちは東和から仕入れた良質な火薬を使っているし」
どこかで気の抜けたような指揮官がそう言っていることなど、帝国軍は知らない。
デュッセ・ドルフ城塞をめぐる攻防戦、その序戦は大きく王国側へと傾いていた。
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