報告:日常に敵あり
将軍カサンドラの死亡、それは王国と帝国双方で大々的にとりあげられた。片側では英雄を崇めるニュースとして、もう片方ではトラウマを彷彿とさせる悲劇としてである。
「そうか。カサンドラ将軍は逝ったか」
賢知将軍アウレールは自らの屋敷で優雅に紅茶を飲みながら報告書に目を通す。はじめから勝てるとは思ってはいなかったが、死亡するとまでは思わなかった。おそらく意地を張って最後まで逃げることができなかったのであろう。
(時代遅れの老いぼれも、ここまでくると哀れだな)
かつての戦争では主力として戦ったのかもしれないが、それも随分と昔の話だ。今では軍の費用を食い潰すただの邪魔でしかない。アウレールはその程度に考えていた。
(しかし脅威にならないという点では他の二人よりは無害だった。だがこの事態に評議会も動くだろう。ベルンハルトに出られると武勲を奪われる可能性がある。予定ではもう少し敵の戦力を減らしておいてから動くはずであったが……まあよい)
アウレールは身なりを整え、資料を用意させる。評議会は今や大騒ぎだろう。無能な政治家連中だが、利用できるならしてやろう。アウレールはそう考えながら、襟を正す。
「出陣計画を出しに行くぞ。ベルンハルトが出る前に、こちらで勝敗を決してやろう」
アウレールがそう言うと、従者達がぞろぞろと後ろをついてくる。
しかし数歩歩いたところで、不意に足を止めた。
(使える人間……。考えてみればかの英雄のご令嬢を良く思わない人間もいるはずだな)
アウレールは「フッ」と笑うと幾つかの指示を出し、秘密の書状を出す。自身が秘密裏に持つ裏のパイプがあれば、いくらかできそうなことがあった。
「では、行くとしよう」
アウレールは再び足を進める。
その日の夕方、アウレール将軍の出陣が決定された。
「クソッ!あの忌々しい英雄気取りめ!」
王国軍最高指令本部、その将軍が力任せに自らの机を叩いていた。そこに同席していたのは最高神官、そして国の司法長官であった。
「将軍、そうムキになされるな。勝っているだけマシではありませんか」
司法長官が将軍をなだめる。
「しかしあれは目障りですな。私も何か手をうつべきかと」
「そんな。神官殿まで」
二人の様子に、司法長官はただただ頭を悩ませる。彼は二人のように裏で利権を貪ったりはしていないが、それだけに権力の面で弱い部分があった。
「しかし、このまま彼女が勝利を重ねたとして、此方はかえって損をこうむることになりますな」
「損って……」
「第七騎士団のせいで他の王国軍の面子も丸つぶれだ。早々になんとかしなければ……」
もっとも彼等の言うことは正しくはない。そもそも他の王国軍が悉く負けているからこそ第七騎士団の出番があるのであって、原因は王国軍にある。
それに彼女達が勝利していなければ彼等がのんびり美味しい思いをし続けることもできないのだが、それを二人は理解などしないし、司法長官も言う気にはなれなかった。
「将軍。将軍宛に書状が届いております」
「どこからだ?」
「『レアウルー』?と書いてありますが……これは?」
「っ!?すぐによこせ!」
将軍はひったくるように書状を受け取り、報告にきた兵士を帰らせる。そして兵士が戻っていったのを確認してから、急いでその書状を確認した。
「将軍、その書状は……?」
司法長官が質問する。将軍は一通り目を通したあと、すこしずつ笑い始めた。
「どうされたので?些か不気味ですが……」
「なーに。問題が解決しそうなのでつい、な」
将軍は書状を置いて二人に向き直る。将軍の言葉を聞いて、司法長官は青い顔を、神官は心底うれしそうな顔をしていた。
「『電光石火!第七騎士団、強襲により魔侯将軍を打ち破る!』か。随分とかっこいい見出しだな」
「でしょ?私が書いたんだから、感謝しなさい」
王都の第三広場、アルベールとマリーはのんびりと出店で買った食べ物を頬張りながら歩いていく。
今日は祝日であり、戦勝記念で広場では祭りが行われていた。出店が立ち並び、美味しそうな匂いと人だかりで溢れている。
「しかしこの記事、『電撃戦』とか『火砲』とか色々書かれているな。よくこんな情報を」
「うん。第五騎士団に聞いたら団長の人が快く教えてくれたよ」
「まったく……」
俺は頭をかかえる。マティアス団長のことだ。これであわよくば予算が増えればなんて考えているのかもしれない。ほとんどの事は部下に任せているくせに、兵器のことになると抜け目ない。
(ん、あれは?)
俺はそんなことを考えながら前に視線を向けると、見知った顔が一人いた。リンゴ飴の前に立ち、興味がありそうに見ているが、いったいこれが何なのかが分からない様子であった。
「団長、どうしたんですか?」
「っ!?……副長でしたか。副長こそ、どうして?」
俺が親指で後ろを指さすと、マリーがぴょこりと現れる。そこでマリーに気付き、二人は挨拶した。
「マリーさん。お久しぶりです」
「クローディーヌ様こそ、先の戦い、お疲れ様でした」
一段落したところで、俺はクローディーヌに何をしていたのか聞いてみる。
「あっ。いえ、なんでもないんです」
クローディーヌはそれとなく誤魔化すように言う。しかしなんとなく考えていることは読めていた。
「すいません。リンゴ飴二つください」
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、一つ彼女に差し出した。
「へっ?」
「買い方が分からなかったのか、お金を自分でもっていないのか。はたまたリンゴ飴が何かがわからなかったのかは分かりません。ただ、あげます」
俺はそう言って自分の分のリンゴ飴をかじる。本来はなめるものなのだろうが、それはそれで面倒くさい。
「毒は入ってませんよ。リンゴの周りを飴で固めただけですし」
俺にそう言われて、おそるおそる団長が飴をかじる。すると目を輝かせ、再びその飴をかじっていた。
「それって始めから囓るものなの?」
「そうだ」
「……しれっと嘘教えないでよ?」
マリーが隣で何か言っている。だがこれはそう食べるものなのだ。これは譲れない。
「それより、団長。見たところ抜け出して来たのでは?」
「えっ?どうして分かるの?」
「わかりますよ。とにかくお目当てのものは手に入ったのですから、戻った方がよいかと」
「……わかりました」
そう言ってクローディーヌはどこか大事そうにリンゴ飴を握りしめて、その場を後にした。
「……随分と仲よさげじゃない?」
マリーが聞いてくる。
「そうか?」
「それに私の分は?もらってないんだけど?」
「なんだ?リンゴ飴食べたかったのか?意外とこういうの好きだったりするのか?」
「……別に」
「じゃあいらないんじゃ……」
「もういい」
「おい、ちょっと……って痛っ!戻ってきてまで蹴りを入れるな」
俺はそう言いながらマリーを追いかける。今日もまたひとつ日常が消費されていった。
読んでいただきありがとうございます。




