報告:生き残った者達へ(後)
「全軍、構え!」
クローディーヌの声に浮き足立っていた団員達が落ち着きを取り戻す。
「やることは変わりません。アルベール・グラニエ副長の作戦通り、我が軍は敵軍を突破します。狙いは大将首ただ一つです。……進め!」
「「うおおおおおお!!」」
そこに戦いの火蓋は切って落とされた。
「随分静かですね」
川を渡る際、マティアスが俺に話しかける。
「どういうことだ?」
「敵が潜んでいたりするということはないでしょうか?」
俺はその言葉に首を振る。
「ない。少なくとも、ここは」
「それはどうして?」
「このあたりは身を隠すところがないからだ」
渡河の瞬間に攻撃されるなど一番嫌な状況だ。だとすればそれを警戒するのは当然であり、それを事前に防ぐことも当たり前である。
「しかし川を渡った後は退路が塞がれているも同然です。もし渡ってすぐに接敵して、押し込まれるようなことがあれば……」
「まあ被害は甚大。下手すれば全滅だろうな」
「それにしては随分と落ち着いているみたですが」
マティアスが不思議そうにしているので、俺はあごで「くいっ」と指し示す。マティアスがその方向を見るとそこにはクローディーヌの姿がある。
「彼女が信用に足る、と」
俺はだまって頷く。彼女の戦力は一兵士としても一指揮官としても欠かせなくなっている。
「なるほど。少し妬けますね」
「……それはなんだか気持ち悪いからやめろ」
俺の言葉にマティアスはどこか楽しそうに笑う。しかしその笑いの中にどこか興奮や期待が混じっていることにも俺は気付く。それはきっと、これから始まる戦いに対してのものだろう。正直この男が誰よりも狂っているし、それだけに頼りになる。
(戦場でブレないってのはある意味一番大事だ。指揮がぶれている指揮官のもとでは屈強な兵士も役にはたたない。逆もまたしかり)
そして部隊が川を渡りきったときであった。
「敵です!前方に敵です!」
報告を聞き、俺はすかさず前へと出る。少し離れたところに、確かに敵主力部隊がいた。
「ちっ、予想位置と大きくずれてる。相手も待ち伏せていたわけではないところをみるに、進軍を停止していたみたいだな」
「ですが向こうも気付いたみたいですよ。陣が慌ただしい」
自分の甘さに少しばかり反省しつつも、すぐに頭を切り替える。もっと早い段階で見つけられれば良かったが、そんな仮想の話をしていても命は助からない。今必要なのは、現状への対応だ。
そして彼女はそれが早かった。
「全軍、構え!」
クローディーヌが号令を出す。ならば話は早い。俺はマティアスを呼んだ。
「マティアス団長、例のように」
俺の言葉にマティアスは笑顔を作る。しかしそれは俺に対してなどでは決してない。
戦場という極上の餌を前にした、野生の獣がごとき目であった。
「第五騎士団に告げる。手筈通り、敵を粉砕する準備を」
マティアスはそう言うと、鼻歌交じりに歩いて行った。
「カサンドラ将軍、敵軍が来ます!」
ルイーゼの言葉に、カサンドラが頷く。敵がどこから来るということまでは予測はしていなかったが、敵の襲撃に備えて多少分散していた兵力を此処に集めていた。この程度の襲撃に対してなら十分だ。
むしろこれ以上いても特に意味はないだろう。英雄に対して数で当たっても意味がない。このことについて、カサンドラはかつての戦争の経験から身体に刻み込まれている。
(弱兵はいらない。ここにいるのは冷遇されて尚魔術師の道を選んだ覚悟のある者だけだ。あの英雄に勝ち、再び魔術の栄光を取り戻す)
カサンドラは振り返り、魔術師達の顔を見る。彼等は全員のその覚悟が、それぞれの顔に表れていた。
「いくぞ魔術師諸君。王国の連中に、そして帝国の馬鹿共に、魔術師の意地を見せてやれ!」
「「おおっ!」」
カサンドラの魔眼が光り出す。
戦いがはじまった。
「敵亡者兵を強行突破します。馬はかえって足手まといなのでいりません。秘術をフルに使い、一気に敵総大将へ」
『『戦いの嘆き』』
団員達はそれぞれ強化の秘術をかけて、突撃していく。そこに帝国軍の亡者兵が立ち塞がる。
「ガガガ」
「所詮は人形だ。突っ切れ!」
フェルナンが部隊を率いて攻撃する。強化された団員達の前ではいくら亡者兵が多少数で勝ろうとも意味はなかった。
「いける!これなら……」
「ふっ。甘いの」
カサンドラはにやりと口角を上げると呪文を唱える。すると不意に地面が湿りだし、そしてぬかるみ始めていった。
「なんだこれはっ!?」
フェルナンをはじめ、騎士団の足が泥にとられていく。それはもちろん亡者兵も同じであったが、向こうには関係がなかった。
「今です!騎士団にありったけの魔術を!」
ルイーゼの号令と共に、遠距離魔術が放たれていく。火、雷、石つぶて。様々な方法で第七騎士団を狙っていく。
「クソッ!あいつら人形ごと俺達を……」
フェルナンがなんとか足を進めようとするもその重さにうまく速度が出ない。それは他の団員も同様であった。
『紫の地平を抱いて』
しかし帝国軍の魔術が彼等にあたることはなかった。クローディーヌの秘術により彼等は守られ、魔術は無効化される。
「でも、それは一時しのぎです!各員、敵の力が尽きるまで、魔術を撃ち続けてください」
ルイーゼが号令を出す。魔術師達はその言葉に一層の魔力を込めていく。
「そうです。あんな術、そうそう続けられるものじゃない……」
ルイーゼが呟く。
「それに足が止まっているなら、結局は時間稼ぎ。それじゃ何も変わら……」
ルイーゼはそこで気付く。何かがおかしい。こんなにあっさりいくのなら、初戦であんなことにはならなかったはず。
「気付いたみたいだが、もう遅いな」
どこかで声がした。そして同時に、大量の砲弾が魔術師達に降り注いだ。
「何も難しい話じゃない」
俺はその光景を見ながら独り言を呟いていく。
「これはそもそも戦術とかいうレベル以前の問題なんだ」
敵の魔術が減り始める。おそらく此方の砲弾が着弾しているのだろう。もう少しすればクローディーヌも防御を解いて攻撃に回れる。
「そもそも土台無理だったんだ。魔術だけにこだわり、魔術だけで勝とうとするのは」
物事には相性がある。戦車は歩兵に強く、地雷は戦車に強い。しかし歩兵は地雷を解除できるし、そもそも歩兵がいなければ地雷を設置できない。
秘術や魔術だって同じだ。術の性質に得手不得手はある。攻撃に優れた魔術もあれば、治療に優れた秘術もある。その一方で普通の外科手術の方が治療に適している場合もあるし、砲弾の方が魔術よりも遠くまで届く。
「必要とされるものは、その時代その環境で変わる。必然的に主力だってかわるんだ」
組み立てた火砲がうなりを上げてその砲弾を撃ち込んでいく。王国の騎士団でありながら、その主力を火砲に任せていることを彼等はどう思うだろうか。
誇りはないのかと罵るだろうか。卑怯者だと蔑むだろうか。
だが死人は話す口をもたない。生きた者のみが言葉を語るのだ。
時代の波が、魔術師達を飲み込んでいた。
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