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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二章 適者生存の理
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彼女は彼の温もりを感じ取る

 







 ここはどこだろうか。ゆらりゆらりと揺れている。


 懐かしい感じだ。それは父がまだ生きていたころ、父の背中におぶられて気持ちよく眠っていた。


 誰かの温もりを感じたのも、ひょっとすると……。


「……はっ」

「起きましたか?できれば自分で歩いてほしいんですが」


 どこか不機嫌そうに言う彼は、ゆっくりとやさしい手つきで自分を下ろしてくれた。











「思い出せますか、団長?」


 彼が聞いてくる。私は「ええ、思い出したわ」とだけ返した。


 突如として入ってきた味方撤退の知らせ、それにより私たちの団は一気に窮地へと追いやられた。彼がその事実にいち早く気づかなかったら、私たちは全滅していただろう。


「そうはいっても団長が殿を務めたおかげで俺たちは逃げ遅れた上にはぐれましたけどね」


 やれやれといった様子で肩をすくめる彼に私は安堵する。今日はすでに力を使いすぎた。前線で戦うだけでなく頭もフルに使って戦ってきた。知らず知らずに自分の限界を超えてしまっていたらしい。私は少しの間意識を失っていた。


 彼は私を抱えて、森へと逃げ込んだ。とっさのことで馬は連れてこれなかったことを彼は悔やんでいる。


「おっと……。まだ無理か。そのまま俺の肩をつかってください」


 よろめいた私を支えながら、彼は歩みを進める。体力の回復にもう少しだけ時間が必要だった。


 うまく森の中に潜むことができた。彼が言うには、少し遠回りになるがきちんと戻れるらしい。彼が言うなら間違いないだろう。望みがあることでずいぶんと気持ちが楽になる。


「みんなは……逃げ切れたかしら?」


 私は彼に聞いてみる。彼は「わかりません」とぶっきらぼうに答えた。


 実に彼らしい。余計なことを考えてもしょうがないと思っているのだろう。今更そんなことを心配したってこちらがどうこうできるわけではない。だからせめて自分たちだけでも生き残ることを考えているのだ。


「ちっ、雨が降ってきたな」


 彼はそう言うとあたりをきょろきょろと見渡す。ここは森とはいえ気候的にはやや寒冷地域であり、木々の葉は広くはない。木の下に身を寄せるだけでは雨風をしのぐことはできなかった。


「団長、これを」


 彼はそう言って自分のマントを外し、私にかける。そして私のマントを外して適当に丸めて隠すように捨てた。


「何するの?」

「あんな水を吸いそうなマントを身に着けてたら余計に重くなるでしょう。安心してください。俺のは比較的水を吸いにくいようにできていますから。実用性重視です」

「でも」

「あと頭の防具もあげます。多少重いですが長い髪が濡れるよりはましです。水は体温を一気に奪いますから」

「そうじゃなくて」

「多少汗臭くても我慢してください。先を急ぎましょう」


 私に有無を言わせずに彼は足を進めていく。私が言いたいのはそういうことではない。彼自身が雨にぬれてもいいのかということだ。


 だが不思議と彼に言われるがままにするのが心地よい自分もいた。本当は彼に気をかけ、断らなければいけないはずだが、それでも彼の気遣いがうれしい気持ちがある。自分がこんな風に大事にされたのは、いったいいつが最後だっただろうか。


 ひょとして、いや、ひょっとしなくても父がまだ生きていたころまでさかのぼるだろう。父が亡くなってからは、周りも、そして自分自身も、クローディーヌ・ランベールという存在に優しくすることはなかったのだから。


「さっさと抜けて合流しましょう。それに団長が体力を回復すれば、最悪敵に見つかっても脱出できますし」

「……そうですね。わかりました」


 私は片方で肩を借り、片方で掛けてもらったマントをつかみながら、着実に前に進んでいく。


 伝わる彼の温もりが、寒い雨の中でほのかに温かかった。












「はあ、はあ」


 とにかく馬を走らせる。馬を走らせるのにも体力を使う。特に心が焦っているときはなかなか呼吸が落ち着かない。


 最近どうも集中力にかけていた。突然のことに自分自身もパニックに陥っていた。


「……雨が降ってきたわね」


 雨は嫌いだ。癖の強い自分の赤毛がいつも以上に主張が強くなる。それに自分が得意とする炎の秘術はこの環境の中では三割もその力を発揮できない。


「本当に、馬鹿な女」


 気が付いたら部隊から離れていた。部隊は別に自分がいなくても大丈夫だろう。レリアがうまく率いてくれる。自分の存在価値がどこか揺らぎそうにもなるが、それ以上に彼女が頼もしくなってくれることはうれしかった。


(この先は、確か辺境の村が……)


 帝国と王国の境界線、実のところそれははっきりと決められているわけではない。というのもこの辺りは小さい村落しか存在せず、お互いにわざわざ戦ってまで税をとろうとはしなかったのだ。


 税を納める必要がなくても貧しいということ自体が、彼らの土地の貧しさを語っているだろう。しかし今の自分には好都合だ。


(とりあえず一時的でいいから身を隠そう。幸いいくらかのお金をもっている。食料もわけてもらえるだろう)


 そう考えた時だった。


「ガガガ。王国ヘイ発見」

「亡者兵⁉」


 斥候として出していた亡者兵だろうか。十体ほどの亡者兵に気付かれ、追い回される。ドロテは急いで馬を走らせた。


「逃ガサナイ」

「え?」


 銃声とともに馬が転ぶ。ドロテは投げ出され強く体を打ち付けた。


「かはっ」


 うまく受け身は取れた方だろう。それでも肺の空気は吐き出され、体中に衝撃が走った。うまく体が動かない。亡者兵が近づいてくるのが分かった。


「ここまで近づかれるまで気づかないなんて、本当に抜けてるわね」

「ガガガ」


 亡者兵が近づいてくる。そして一人周りとは違った様子の亡者兵が銃口を向けた。


「なるほど、この兵だけ本物の死体をつかっているのね。だから銃を……」


 自分の愚かさを呪う。こんなところで人知れずひっそりと死ぬ。そんな何も残らない死に方が自分には合っているのかもしれない。ドロテはそうとさえ思った。


「さようなら。汚れきった世界」

「ガガガ」


 ドロテが目をつむる。


 そして銃声が響いた。


「へっ?」


 倒れこむ音がする。しかし倒れこんだのは亡者兵の方であった。


 バン。バン。バン。


 リズミカルに兵が撃ち抜かれていく。ドロテも素早く体を起こし、秘術を発動させた。


鉄槌の赤(フラム・ルージュ)


 炎で残りの亡者兵を燃やし尽くす。直接当てるのであれば、雨の中でも十分にその炎は通用した。


「はあ、はあ」


 ドロテは息を整えながら振り返る。遠くから長い銃をもった男が近づいてきた。


 それはある意味で一番会いたくなく、それでいてどこか会いたくもあった相手であった。


「生きてたのね」

「……ああ」


『鷹の目』のグスタフ。ギュスターヴと呼ばれた狙撃兵がそこにいた。








読んでいただきありがとうございます。

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