報告:嘘を隠すなら
「ダウト」
可愛らしい声、笑うフェルナン、震える俺の肩。
「副長、ダウトらしいですよ」
「…………当たりだ」
俺はそう言ってカードを表向きにして、場にあるカードを回収していく。
「じゃあ、私はあがりです!」
レリアがうれしそうに最後の手札を場に出す。俺は仕方なく「ダウト」と宣言する。
「残念、副長。外れです」
「……はい」
俺は力なく答える。
「またお嬢さんの勝ちか」
「はい。今日はついてます」
「まあ、そうだな。カードゲームの勝敗なんて、基本的には運だからな」
フェルナンとレリアがニヤニヤしながらこっちを見る。……こっち見んな。
勝敗はレリア10勝、フェルナン7勝、そして俺の0勝であった。
事の発端はやはり偶々だった。
昨日、王国が誇る英雄をエスコートし、それなりに疲れた俺は兵営所でのんびりしていた。この三日間は王国の祭日であり三連休になっている。普段ならば軍人はどこか一日休むだけで、二日は現場に出ているのだが、戦後ということもあり、ほとんど部隊が休みをもらえている。
(ああ、休みの日はいいなぁ。兵営所も静かだし、なんか落ち着くし)
別に自分の部屋を用意してもらえるようになった今は兵舎で休んでいても良いのだが、なんとなく昔からの癖で仕事場に来てしまっている。まあ、別に人がいなければどこだって休まるのだ。
しかし思わぬ客が来た。
「あれ、副長?」
「おはようございます。副長」
フェルナンとレリアが一緒に兵営所に入ってくる。
「なんだか珍しい組み合わせだな。あとフェルナン隊長、少女に手を出すのはちょっと」
俺が釘を刺す。
「はっはっは。ご安心を。そういう関係ではありません。たまたまそこで会ったのです。……しかし副長、一人のレディを子供扱いするのは、少しばかりいただけませんな」
「そうですよ。副長。『でりかしー』に欠けます」
「……すまん」
フェルナンの方が何枚も上手だ。俺は小さな声で謝る。
「俺はこれからデートがあるんで、待ち合わせまでと兵営所によっただけです。少ししたら出て行きます」
「それなら先に行って待っていたらどうだ?その方が相手も気持ちがいいだろう?」
「違いますよ副長。相手を待たせるために、少し時間をつぶすんです」
何を言っているんだこいつは。俺のそんな顔を察したのかフェルナンが説明してくれる。
「女性、男性にかかわらず何でも尽くしているようではすぐに飽きられてしまうもんですよ。ただの都合のいい相手ってね」
「はあ」
「だからわざと冷たくするのも大事です。その方がこっちを向いてくれる。……レリアも良く覚えておくと良い」
「女性としてはムカつきますが、アドバイスとしては活用させてもらいます」
なんともまあ、凄い技だ。でもこれはフェルナンがそれなりにイケメンで貴族だからってのもあるだろう。俺がマリーの待ち合わせに遅れた日には、何されるかわかったもんじゃない。
俺はいつぞやの機嫌の悪い彼女を思い出し、小さく震えた。
「じゃあレリアはどうしてここに来たんだ?」
俺が思い出したように質問する。
「ああ、えっとですね。その……」
「全然興味ない男性に言い寄られて、仕事があるって言ってしまったらしいですよ」
フェルナンが代わりに説明する。
さいですか。皆さんおモテになって大変素晴らしい。
「本当は王都に新しくできたカフェに行ってみたかったのに……。でも、なんかしつこい人だったから、見つかったら何言われるかもわからないし」
「厄介なのに絡まれたな」
「見た目も副長みたいな感じで、何考えているのか分からない目をしてましたし……。そもそも誰かもよく知らないのに」
「おい、ちょっと待て。急に俺に対する悪口が混じったぞ」
俺がそう言うとレリアは「冗談ですよ」と笑う。だが気にしている部分だと冗談も効くからやめてくれ。
別に俺は気にしてないけど。断じて。
「まあ皆時間を潰さなきゃならないみたいですし、前みたいにカードでもしますか?」
フェルナンがカードを取り出す。あのとき共にやったダヴァガルはもういない。俺はそんな事実に少しだけ寂しくなった。
「私、やってみたいです」
「……賭けはなしだぞ」
「わかってますよ。じゃあ『ダウト』でもしましょうか」
フェルナンがゲームのルールを説明し始める。だがここからが俺にとっては地獄の始まりであることは、予想していなかった。
「そろそろ時間ですので、俺はここで」
フェルナンがそう言って出て行く。部屋には負けすぎて意気消沈している俺と、勝って上機嫌なレリアがいた。
「副長、嘘が下手ですね」
「……ほっとけ」
『ダウト』というゲームは如何に上手く嘘がつけるかというゲームだ。しかし何故か悉く俺の嘘は見抜かれる。
「副長は根が真面目すぎますね」
「そういうもんかねえ」
「何でも見抜かれないようにしようとするとかえってバレますよ。だから小さい嘘をあえて当てさせて、本当に大事なところで隠しておくんです」
「……はい」
16歳に嘘のつきかたを教えてもらう男ってのもどうなんだろうか。しかしまあ、教訓にはしておこう。ムカつくことと、アドバイスとして活用することは別だ。……これもレリアから学んだことだけど。
「木を隠すなら、森の中。嘘を隠すなら、嘘の中ってか」
「そういうことです」
レリアがうれしそうにしている。
「それじゃあ副長、二人じゃこのゲームできませんし、外にでも行きますか」
「ん?変な男につきまとわれているんじゃなかったのか?」
「え?ああ、あれは嘘ですよ」
レリアがあっけらかんと言う。もう何が何だか分からなくなってきた。
「フェルナン隊長に誘われそうになったんで、適当に断ったんです」
「なんだよアイツも嘘つきか。やっぱりロリコンじゃねえか」
「……副長、言葉を選んでください。それにフェルナン隊長が女性を待たせているのは本当みたいですよ。ただわざと私を連れ立って時間を潰して、それで相手の気を引こうとしたみたいですが」
「気を引く?そんなことすれば、逆効果じゃないか?」
「まあ普通はそうですが、人によっては私の方に怒りが向いて、よりフェルナンさんに夢中になるような場合もありますからね」
「……さいですか」
レベルが高い。恋の駆け引きも、嘘の付き方も。
俺はあきらめたように椅子に深く腰掛けた。
「元気出してください、副長。副長みたいな人でもいいって女性は必ずいますよ」
「そこは嘘でも誠実な方がモテるとか言ってくれませんかね……」
レリアはうれしそうに俺の手を引く。俺はなすがままに連れられていく。
(まあ俺一人だったら、洒落たカフェなんて絶対に行かないからな)
俺はそう自分に言い聞かせるようにしながら、そのレディを伴って新しくオープンしたとかいうカフェへと足を向けた。
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