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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二部 第一章 戦場にロマンスはいらない
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報告:光りあるところに影あり






「ねえ、知ってる。帝国軍の話?」


 いつもの安食堂。俺はマリーと一緒に飯を食っていた。


 今日は彼女から情報を買う定期的な日だ。彼女は俺に情報をくれ、俺は軍で手に入れたわずかばかりの情報と彼女の食事代を払うことで取引が成立している。


 正直俺の方が得をしすぎているため、以前もう少し金を払うと打診したが、どうも食事が良いらしい。マリーの考えは時々よく分からない。


 まあよくは分からなくても自分が得しているのでそれはそれで良しとする。


「帝国の話?西のやつか」

「アルベール、情報が遅いよ。帝国は西からの侵略を二週間前には防ぎきってる。既に軍の立て直しさえ始まっているみたいだよ」


 王国の西側、かつて王国と大陸の覇権をかけて争ったウェイマーレ帝国は長い間西からの侵略者に悩まされていた。その侵略者はヴァイキングと呼ばれていた。


 海を渡り侵略していくるその敵は随分と強かったらしい。帝国の高度に合理的に組織された軍隊でも、その戦いは断続的とはいえ十数年かかっていた。


 しかしそれも無理はない。敵は秘術とはまた異なる術も使っていたようであるし、何より航行技術がはるかに上であった。前の大戦で戦力を大幅に減らしていた帝国には、一気に押し返す力はなかったのも当然だ。


「まあ、この王国に相当やられたすぐ後に、侵略者が来ちゃったからねえ。帝国も当時は大変な騒ぎだったみたいだし」


 マリーはそう言うと料理を口に運ぶ。軽い口調とは対照的に、きれいな食べ方だった。彼女は自身で貧しい家の出だと言っていたが、そのわりにテーブルマナーがよくできている。


 きっと後から身につけたか、一時は良い育ちをうけていたのだろう。その安い料理を食べるのさえ、所作に上品さがでている。


 俺は質問を続ける。


「でも……それなら別に良いんじゃないか?帝国への侵略が成功していたら、こっちも他人事じゃなかったけど」

「甘いなぁ。甘いよアルベールは。何もわかってない」


 マリーは「ふふん」と言いながらまたパンをかじる。きっととびきりのネタを見つけてきたのだろう。良い情報を見つけてきたときは決まってこんな感じに上機嫌になる。


 俺は手を合わせて彼女に大げさにお願いしてみる。


「お願いです。マリーさん!教えてください!」

「ええ~どうしようかな~」

「マスター、このお皿おかわりで!あと良いワインを一本持ってきて」

「そこまで言うならしょうがないなぁ」


 マリーがうれしそうに言う。


 彼女の方がよっぽど高い給料をもらっているのだからそれぐらい自分でいくらでも払えそうな者だが、どうしても俺に払わせたいのだろうか。まったく困った奴だ。


「それで?」


 俺が聞く。


「帝国に関して、何かあるのか?」


 俺の真面目な口調に、マリーも表情が変わる。やはりプロだ。場の状況や相手の意図を、とにかく正確に読み切っている。


「……帝国のスパイが入ってきてる」

「……本当か?」

「うん。これは間違いない」

「どうしてそう言える?」


 俺がそう聞くとマリーは鞄から資料を取り出す。


「……これ」

「ん?珍しいな。いつもは足が残るから口頭で教えてくれるのに」

「……そういうわけにもいかないの」


 俺はマリーから書類を受け取り、一瞬だけさらっと中身を確認する。そしてそのまま紙の端で、自分の指を切った。


「あっ!」


 マリーが驚く間に、俺の血がついた書類に小さな火がついていく。そしてそのまその書類を灰にした。


「……もう読んだの?」

「いいや。読んでないよ」

「……嘘つき」


 マリーは呆れたようにそう言うと、ジョッキにワインをついでいく。グラス?そんな洒落たものはこの店にはない。


 燃やした理由は単純だ。わずかだが、嫌な文字が見えた。その名前はできることなら情報として目に入れたくはない。


 帝国軍最強と名高いあの男、『死闘将軍ベルンハルト』の名前である。


「ベルンハルト将軍は、王国への侵略を計算しているみたいだよ」

「……おい、なんで言うんだよ」


 俺はため息をつきながらこぼす。その名を言ってしまっては、もう無関係とは言えない。仮にだれかが聞いていれば、狙われる対象になる。


 かの将軍が恐ろしいのは何も強いだからではない。あらゆることに徹底的であるからだ。


 今もここにスパイがいるかもしれない。例えばこの店の主人がかの将軍の密偵である可能性はある。だとすれば俺は一瞬のうちに抹殺される。その将軍はそれぐらいのことを平気でやるのだ。


(ったく、わざわざすぐに燃やしたって言うのに……この女は)


 俺は呆れたようにマリーを見る。マリーは冗談気味に「これで一蓮托生だね」なんて言っている。俺はため息をついた。


 馬鹿言え。こいつは俺が泥船として沈むときは、ちゃっかりと別の船に乗っている。それぐらいの器用さがあるし、能力もある。


「……なんか失礼なこと考えたでしょ?」

「ソンナコトナイデ……痛っ!」

「……アルベールは本当に分かってないなぁ」


 テーブルの下で脛を蹴られる。蹴られる身にもなってくれ。何故か彼女は彼女でふてくされたような表情をしている。


「でもね、アルベール」

「ん?」


 少し真剣気味に話すマリーに俺は少しばかり姿勢を正す。マリーは声を落として続けた。


「今回は、けっこう危ないかもしれない」

「……何故だ?」

「今まではスパイを送るにしても、平民や下級の兵士レベルだったけど、今回は……」

「もっと上の階級に食い込んでいるかもしれないってことか」


 マリーが頷く。


「王国でどんな職についているかはわからない。政治家かもしれないし、神官かもしれない。軍人の可能性だって高い。でもけっこう頼れる筋の情報では、少なくとも帝国軍のかなり上級の軍人が王国に入っているって話なの」

「成る程ね……」


 俺はそう呟きながら、すこしぬるくなったワインを飲む。


 帝国は実力主義だ。階級が上ならば、それだけ能力も高いことになる。もし上級の軍人、それこそ将官クラスが入っていたら、中々見つけるのは難しいだろう。


 そしてその男はきっと容易に王国への中枢へと入ってくるだろう。上手い方法で、情報を奪っていく。そしてその情報は、確実に王国兵の命を奪う。


(秘術という才に胡座をかき成長しない王国軍と、挫折をへてなりふり構わず勝とうとする帝国軍……次もし戦いがあれば、あるいは)


 俺はすこしばかり嫌な未来を見据えながら、ふたたび酒を呷った。







読んでいただきありがとうございます。

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