報告:とある赤髪の女について
第七騎士団には三人の隊長がいる。目立ちたがり屋でいかにも王国貴族らしいフェルナン。どっしりと構えた東和人のダヴァガル。……もっともこの男は先の戦いで戦死してしまったが。
そしてもう一人は赤い髪にどこか割り切った態度が特徴のドロテである。
彼女はそれなりに良い貴族の家の出だ。教育もきちんと受けており、その血筋も相まって非常に優秀な術士である。それに面倒見も良く、彼女を慕い第七騎士団へ来た女性の神官や僧侶も多い。
どこかサバサバとした印象を与える彼女ではあるが、見る人はやはり見ているのである。そんな彼女達は第七騎士団の重要な戦力であり、これまでの戦いも彼女達がいなければ碌に戦えなかっただろう。
しかしそんな周りの評価とは反対に、ドロテはただただ無力感に苛まれていた。
(まったく、自分が嫌になる)
ドロテはすっかり暗くなった町を歩きながら、そんなことを考える。王都の夜はよく冷える。ドロテはもっと上着をもってくればと少しばかり後悔した。
今日の戦勝パーティーでは皆がうれしそうに過ごしていた。レリアなんかははしゃぎすぎて、慣れないドレスで転んでいた。
団員達はそれを楽しそうに笑い、レリアも楽しそうに笑っていた。自分もそれなりに笑ったつもりだ。
しかしドロテにはあの王城での光景が目に焼き付いて消えなかった。
(クローディーヌ・ランベール……か)
もしこの世界に主人公がいるとしたら、きっと彼女のような人だろう。いや、レリアみたいな子かもしれない。誰にだってそれぞれの物語がある。理屈の上では分かっている。
自分だってそうだった。それなりに可愛いこともあり、幼い頃は自分がこの世界の中心だと思っていた。
しかし十二の時、とある貴族の男にこの独特の癖のある赤毛を馬鹿にされ、その考えが揺らぐ。自分の価値に対して、疑いをもってしまった。
そしてそれからしばらくして、まるで絵画の世界から出てきたような彼女の姿を見たときに悟ってしまった。
自分は決してこの世界の主役ではないと。
(なのにどうして、一番近くに来ちゃうかなぁ……)
貴族社会での自分が惨めで、軍に入った。自分のきらびやかさに疑いをもっては、あの世界で生きるのは辛すぎる。
しかしそうしたら今度は自分をそう思わせた張本人の部隊へと配属が決まる。そしてあまつさえ彼女の推薦で、隊長へと出世した。運命のいたずらにも程がある。もし神がいるのなら、今すぐ秘術を打ち込んでやりたい。ドロテはそう思っていた。
(彼女が何かしたってわけでもないのにね。……ほんと馬鹿な女)
ドロテはただまっすぐ王都の道を歩いて行く。
彼女自身クローディーヌが何か悪いわけではないことを重々承知していた。むしろクローディーヌは知れば知るほどいい部分があり、違う会い方をしていればきっと仲良くなれただろう。ただ彼女の周りと彼女自身を妬んでいるだけなのだ。
そんな自分の嫉妬心は自覚している。そしてそれを未だに引きずっているそんな情けなさも良く自覚していた。だからこそ自分との折り合いがつかず、未だにクローディーヌとは碌に話せていない。
「お嬢さん、今から帰り?」
「俺達と一緒に飲んでいかない?」
最悪だ。ドロテはため息をついて二人の酔っぱらいを見る。みたところ年齢はあの呑気な副長ぐらいか。自分よりは少し歳が上のように見える。
今日がパーティーだったからか。町も戦勝気分に浮かれている。確かにめでたいことではあるが、自分の隊でも怪我を負った人間がいないわけでもない。それに団の中では帰らぬ人もいる。ダヴァガルも……。
「ごめんなさい。そういう気分じゃないの」
ドロテは彼等の手を払ってさっさと歩いて行く。
しかしその態度がいけなかった。
「おい待てよ」
男二人がドロテの前を塞ぐ。
「……何?」
「声をかけてきた相手にそんな態度はあるかよ」
「そんな変な髪の女に声をかけてやったんだ。むしろ感謝するべきだ」
心のどこかで鈍い痛みが走る。最低な男達だ。負け惜しみがあまりにもダサい。
だがだからといって、その言葉が力をもたないわけではない。
それが下らない負け惜しみと知っても、十分に心を傷つける。理屈と感情は異なり、不用意な言葉でも十分に人の心を痛めつけるのだ。
「失せなさい。今すぐに」
低い声でそう告げる。しかし酔った二人はそれどころかじりじりと近づいてきた。
いっそのこと秘術で燃やしてやろうか。そんなことを考えた。
だがそんなことをすれば団員達の名誉を傷つける。それに軍の上層部がなんとかしてクローディーヌを失脚させようとしていることもドロテには分かっている。
男の一人が自分の手を掴み抱き寄せてくる。不快だ。これ以上不快なことが世にあるだろうか。男の胸の中に抱かれる喜びを話す団員がいるが、そんなものは考えただけで吐き気がする。
しかしすぐにその嫌悪感は去った。
「ぐべぇっ!」
鋭い拳。一撃でその男をのすと、続く二発目でもう一人の男の意識を奪う。颯爽と現れたその男に、ドロテはただ呆然と見ているしかなかった。
「大丈夫かい?」
男が聞いてくる。そのどこか幼さを含む青年はドロテより一回り背が高く、体つきもしっかりしていた。
「……別に助けてもらわなくてもよかったけど」
素直に礼が言えない。普通は礼を言うべきだ。それはよく分かっている。
自分の感情を、他人にぶつけるべきではない。それも分かってはいる。
だがそんな言葉なんかお構いなしに、彼は笑った。
「無事で何よりだ。女性がこんな夜に一人で歩くのは流石に危ない」
「大丈夫よ。一応教育は受けているから秘術も使えるし」
「秘術……?」
「あなた、知らないの?」
「ああ、いや。知らないわけじゃないんだが、そういった女性に実際に会うのは初めてなんだ」
彼は少し照れながら言う。その体つきを見るにてっきり軍に所属しているのかとも思ったが、そうではないらしい。軍属でなければ秘術を使う女性を知る機会も限られている。特に貴族でもなければ。
「送りますよ。夜は危ないですし」
「……別に大丈夫よ」
「よくありませんよ。……じゃあ、丁度良い男除けにでも使ってください。面倒ごとは少ない方が良いでしょう?」
彼はそう言って微笑みかける。少なくとも悪い企みをしているようではない。ドロテにもそれぐらいの観察力はあった。
「ああ。名乗っていませんでしたね。ギュスターヴです。この町で商人をしています」
「……ドロテ。職業は軍人よ」
「軍人っ!?それは凄い。この前の戦いでも?」
「最前線よ」
二人はそう言って握手をする。彼は興味をもったのか様々なことを話しかけてくる。
王都の夜。どこか心地よいその夜を二人は過ごしていた。
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