報告:死者に手向けを、生きた者には喝采を
「王国軍第七騎士団、クローディーヌ・ランベール」
王国軍のトップである将軍が呼ぶ。将軍が身につけている鎧はあまりに大きく、そして豪華だった。だが敵からしてみれば格好の的として目立ちすぎるし、そもそも実用向きではない。まさに儀礼用でしかないその鎧だが、彼は実際に戦場でそれを身につけたという噂があるとかないとか。
(ははは。まさかな)
俺は心の内で乾いた笑いを響かせながら、精一杯真面目な振りをして膝を折る。クローディーヌは将軍の言葉に「はい!」と力強く答え、一歩一歩と前に歩み出て行く。
「貴殿をこの一連の戦いにおける勲功第二位として表彰する。これからも王国のため、精進すべし」
「クローディーヌ・ランベール、謹んでお受けいたします」
クローディーヌはそう答え、儀礼用の剣を受け取る。輝くその刃は儀礼用であるからこそ美しく、彼女の姿ともマッチしている。
(しかし勲功第二位とはね)
今回の表彰は戦場単位ではなく全ての戦いを加味した大々的なセレモニーである。つまり団長クラスしか表彰はされない。そういう意味では俺は気楽であった。
だがそれだけに政治的判断は多分に含まれているだろう。第七騎士団は一番槍での戦闘や、ボルダーの防衛戦に加え、戦局を別けた南部戦線や敵の大将首までとっている。どう考えたって一番活躍しているが、勲功としては第二位だ。
本当であれば三位以内にも入れたくなかったであろう。しかしマリーの協力と凱旋もあって民衆にあまりにも認知されすぎた。だからしょうがなく二位にいれたのだ。
(まあ第一騎士団が一番兵も多くいるし、総合的に見れば敵に与えた損害の絶対数は大きいが……。損耗も相当でかいからなあ)
要は評価軸の違いだ。第一騎士団は敵に多くの被害を与えた(被害も多かったが)。第七騎士団は戦争の重要な戦いで勝利した(倒した敵兵の数自体は少ない)。『どっちも凄いけど、敵への損害が大事だよね』と言いたいわけだ。流石にそれは無理があるとも思うが。
(こっちは損耗に対しての敵への損害が桁違いだからな。コストパフォーマンスとしてはどう考えたって勝ちだが……まあ目立たなければなんでもいいか)
俺はそんなことを考えつつ、クローディーヌを後ろから見る。
やはり彼女はこういった形式的な儀礼に良く映える。こうした儀礼には王国の画家達が訪れているが、彼等が後世に残すとしたら彼女の絵だろう。決して第一騎士団ではない。
(第一騎士団のトップも中々ハンサムな男だが、うちの団長ほどではないからな)
クローディーヌが下がってくる。俺達は彼女の後ろについて王城内部の式典場を後にする。
まばらな拍手が俺達を送ってくれる。それとは対照的に、王城の外に出れば割れんばかりの歓声が待っていた。
(なんかここまで温度差があると、それはそれで危険な気もするな)
歴史上いくらかの革命の際には、必ずカリスマ的指導者がいる。俺はクローディーヌがそんな風に祭り上げられないかといういくらかの心配を抱えながら、落ち着かない一日を終えた。
「アルベール、こんなところにいたのね」
「団長こそ、こんな遅くに」
式典の夜、俺が国立墓地に訪れていると、不意にクローディーヌに声をかけられた。
「祝勝パーティーは良かったのですか?王国中の貴族達が集まると聞いていますが」
「挨拶だけして抜け出してきたわ。退屈ですから」
「……さいですか」
そう言い放つ彼女に俺は少しばかり好感を覚える。
きっと今までならば、『こうあるべき』というものに縛られ、パーティーを抜け出したりはしなかっただろう。悪いことを覚えることが良いわけではないが、少なくとも俺にとってはずっとマシに見えた。
「アルベール、これは……ダヴァガル隊長の?」
「そうですね。これは隊長と亡くなった仲間達のものです」
軍の兵というものは葬るときはいたって簡素なものだ。ある程度にまとめたら、名前を彫った石を用意して埋めたその上に置く。これまでの王族や貴族の葬式や墓石に比べて、費用も労力も一割程度だ。
だがそれでも彼等は構わないだろう。死者の思いを勝手に作り上げることは後世に生きる人間の咎だが、それでも彼等が思うだろうことは分かる。
彼等は他の連中を死なせないために戦ったのだ。だからこうして俺達が生きていることこそが、彼等への一番の手向けだろう。
(まあ、豪華な墓石を立てようが、死んでいることには変わらないからな)
生きていれば丸儲け、逆に言えば死んでいればどれだけの扱いを受けようと知ったことではない。まあ合理的に考えれば、彼等だって別に死後の扱いなんて気にしないだろう。
「あんた達はやっぱり馬鹿だ。それも……大馬鹿だ」
俺は小さくそう言いながら墓石に触れる。それはひんやりと冷たく、歓声の熱気に当てられていた俺を冷ましてくれた。
「また来ますよ、ダヴァガル隊長。そして団員のみなさん」
俺は名も無き英霊達に敬礼をし、その場を後にする。クローディーヌが静かに俺の後ろをついてきた。
「団長……いいのですか?彼等に挨拶しなくても」
「実は今日はもう二度目なのです。……パーティーがどうも馴染めなくて」
クローディーヌは照れ笑いをしながらそう言う。
まったく、悪いことばかり覚えている。かつてダヴァガルが俺の入団で彼女が変わったと言っていたが、こういった変化を指しているなら少し抗議しなければならない。今もどこかで、あの大男が笑っている気がした。
(死語の世界というものが空の上にあるのか、地の底にあるかはしらんが、彼等はうまくやるだろう)
戦場という地獄を戦い、そして矜持を持ち続けた連中だ。ちょっとやそっとで怯みはしない。ならば心配はいらない。俺は心残りを無くしてから、この墓地を出る。
もう二度と彼等の元に訪れることはないのだから。
「ベルンハルト将軍、こちらが報告結果です」
「ご苦労」
「王国軍は東和の連中に勝利したみたいです。ですが被害も甚大。今こそ先の大戦の憂さを晴らすべきでは?」
「そう急くな。事を急いでは仕損じる」
「……失礼いたしました」
「気にするな。それに、お前の言うこともある意味では正しい」
「……と、言いますと?」
「上層部の決定は、お前の考えに近いと言うことだ」
「………」
「下がっていいぞ。早く帰って家族にサービスでもしてやれ」
「失礼します」
出て行くのを確認して、その書類に目を通す。
「英雄の娘か……」
彼女のその姿は、かの英雄の面影が色濃く残っていた。
「フレドリックの分は、返してもらうぞ」
安寧はまだ遠い。
第二部へ続く
読んでいただきありがとうございます。