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綺麗な薔薇には棘がある








 しくじった。しくじった。しくじった。


 私は路地を走りながらひたすら頭の中で唱え続ける。王国の情報を手に入れるまではよかった。ただその後がまずかった。


「いたぞ!こっちだ!」

「あの女を逃がすな!」


 何人もの男達に追われる。これまで男なんていくらでも利用してきたが、殺そうと追われるのは初めてだ。普段は馬鹿にしている男性という存在が、これほどまで怖いとは思わなかった。


(行き止まり!?)


 足を止め来た道を振り返る。しかし男達がすでにこちらに歩いてきていた。


「どうやらここまでみたいだな」


 男達がニヤニヤと笑いながら歩いてくる。彼等は帝国軍人だ。王国の女になど容赦はしない。特に始末しろと命じられている女を相手には。


 足が震える。いつもならこうじゃないのに。だが今に至っては、自分は何一つできない少女と変わりなかった。


 しかしそんなときだった。


 どこからともなく彼が現れた。














「マリーさん、今日ランチでも一緒にどうですか?」

「おい、待てよ。お前はお呼びじゃない。……マリーさん、最近良い魚料理を出す店を見つけたんです。一緒にどうですか?」

「控えていろ、低級貴族共。ミス・マリー、是非今日は私と食事でも」


 今日も今日とて貴族のボンボン達に誘われる。やはり軍の広報官となったのは成功だ。彼等から情報も集められるし、軍部の裏側も知ることができる。軍隊というのは貴族や神官が集うという意味では国の中心と言えた。


(まったく、馬鹿な人達)


 自分で言うのもなんだが、モテるのは上手い方だ。モテるにはコツがいる。まずは友情を捨てることだ。友情を捨て、男に近寄る。男は見栄の生き物だから、一人が良いと思えば連鎖的に人気が出ていく。


(さて、今日は誰にしようかしら)


 心の中で笑いながら男の品定めをする。勿論、だれが一番良い情報をもっているかだ。


 現在軍部の報道官という顔とは別に、帝国に情報を売る情報屋としての仕事も請け負っているのだから。


(ん?)


 しかしふと遠くに、自分には興味なさげに歩いて行く男がいる。


 確か名前はアルベール・グラニエといったか。歳は確か自分と同じだったはずだ。


 普段から地味で、作戦司令部でも影が薄い。我の強い貴族の集まる部署だけあって彼は司令部では雑用ばかりしている。


 何故そこまで詳しいかって?簡単だ。どんな男にも使い道はあり、そのための下調べに手は抜けないからだ。


「ごめんなさい。今日はあの人に誘われているの」


 「えっ?」と言う貴族達をよそに、アルベール・グラニエの元に歩いていく。そして彼に声をかけると、彼は覇気の無い目で此方を見た。


「さあ、行きましょう」


 半ば強引に誘う。きっとドギマギしながら、私からの誘いに胸を躍らせるだろう。きっとその浮かれように何でも話してしまうに違いない。


 しかしそのあては外れた。


「すいません。用事があるので」


 彼はそう言って足早にその場を去る。私は驚きのあまり、呆然としてしまったが、すぐに彼を追いかける。しかし彼は曲がり角を曲がったところでいなくなってしまっていた。


「何なのよ、もう!」


 私は苛立ちから誰かと食事をすることはやめにして、一人静かに食べることにした。














(今日は遅いわね……)


 真夜中の王都。既に人通りは少なく、わずかな街灯の明かりが道を照らしている。


(普段ならそろそろ来る頃だけど)


 今夜は情報の提供日だ。王国の機密情報を提供し、帝国からお金をもらう。それも途方もない額をだ。


 人によってはこれを重罪と捉えるだろう。だが自分ではそうは思わない。自分は王国に見捨てられた民であり、貴族の籍を剥奪された没落貴族の出だ。落ちるところまで落ちた。あの地獄のように貧しい日々を、忘れたことはない。


(王国の貴族にはめられ、何もかも失った。無理がたたって、私と妹を育てる過程で父も母も死んだ。そんな連中が治めている国を裏切り、何の問題があるというの?)


 かじかむ手に「はー」と息をかける。白い息がわずかに自分の手を温めてくれた。


 自分は今年で21になる。同世代の女性士官達は普段は恋愛話に花を咲かせている。同性から嫌われている自分が彼女達と話すことはないが、教会に引き取られた妹は今頃そういった普通の女性になれているだろうか。ふとそんなことを考えた。


 その時だった。


 パアン!


 銃声が響く。自分の頬をかすめるように銃弾が飛んだ。


 考えるよりも先に足が動いた。


「逃げたぞ!」

「逃がすな!追え!」


 男達が追ってくる。


 しくじった。すぐにそう分かった。


(王国にバレた?いや、違う。ピストルを使っているということは……帝国?)


 用済みとされたのだろうか。おそらく、口封じのために殺しにきているのだ。




 袋小路に追い詰められる。パニックで頭がうまく働かない。これまでが上手くいきすぎていたのだ。こうなることだって十分に考えられたはずなのに、そんなリスクヘッジすらしなかった。成功が自分を愚かにしていた。


(馬鹿だ……私)


 男達がにやにやと近づいていくる。自分の意志とは関係無しに足が震えた。


(リリー……ごめん)


 心の内で妹に謝る。目をぎゅっとつぶり、その最期の瞬間が来るのを待った。


(……あれ?)


 恐る恐る目を開ける。男達は呆然と立ち止まっており、そしてそのまま膝から崩れ落ちた。


「大丈夫か?」


 声をかけられる。暗闇の向こうから一人の男が現れた。それは今日自分に恥をかかせた男、アルベール・グラニエその人であった。


 彼はおもむろに倒れている帝国軍人の所持品をあさりだす。



「し、死んだの?」

「ああ。そうだよ」

「貴方が、やったの?」

「そうだ」

「…………」

「ああ。一応言っておくが、罪悪感は覚えなくて良い。殺そうとしていた以上、殺される理由にはなる。軍人はそれが仕事だ。あんたが気に病む必要は無い」


 彼は淡々と話しながら、敵兵からいくらかの物品をくすねる。そしてそれが終わると、ナイフを取り出し、自分の指先を切った。


「血は力なり……」


 彼の血がかかると、男達は燃えていく。そしてそのままあとかたもなく消え去ってしまった。


 アルベールがこちらを向く。


「じゃあ、これで」


 そう言って立ち去ろうとする。私は気になったので聞くことにした。


「私を……通報しないの?」

「ん?」

「私は、だって……」


 彼はふりかえり、手のひらをみせながら肩をすくめる。


「俺は夜中に襲われた王国市民を守った。それだけだ」


 アルベールはそう言いながら立ち去ろうとする。あくまで自分を置いていこうとするのが、何故か癪に障るので追いかけた。


「何でついてくる?」

「しょうがないでしょ。あんな思いしたんだから。それにあんたがこのまま私を通報しないとも限らないし」

「……だとしても因果応報だろうが」


 アルベール・グラニエは呆れたように自分を見る。男性がこんなにも頼りになると感じたのは初めてだった。


 ぐ~~


 間抜けな腹の音がなる。緊張がとけたあまり身体が空腹を感じていた。


 アルベール・グラニエがこちらを見て呆れている。なんかムカつく。とりあえず膝を蹴っておいた。


「痛っ」

「うるさい。デリカシーのない男め」

「まったく、面倒な女だ。……だが俺も腹は減ったな」


 一通り蹴り終わると、彼が提案してくる。


「こんな夜中でもやっている飯屋がある。そこで奢ってくれ。それでチャラだ」

「……女性に奢らせるつもり?」

「因果応報だろうが。それに量と栄養バランスは保証する。何より安い」

「そこは美味しさを保証すべきじゃなくて?」


 そんなやりとりをしながら二人は歩いて行く。


 夜の王都。人通りはなく、二人だけがこの夜を独占していた。




読んでいただきありがとうございます。

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