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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第四章 雨は降り、花は咲く
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報告:馬鹿につける薬はない








「そうか、アナダン殿は逝ったか……」


 王国北部、半ば泥沼と化し始めた状況の中、ダドルジはその知らせを聞いた。一週間ほど前からどうも後方と連携がとれなくなった。さらには補給も滞り始め、ただでさえ伸びていた補給線は、半ば機能不全に陥っていた。


「ダドルジ大隊長、どうなされますか?」

「撤退だ。北部の支配している地域からは全て兵を引く。その際、決して火を放ったり略奪行為をしないよう徹底しろ。もし反すれば俺自ら処罰する」

「御意に!」


 ダドルジは小さく息をはく。元々北部戦線は王都へ攻撃する足がかりとして攻めていたに過ぎない。それができなくなった以上、いまやこの地域に戦術的価値はない。


(しかし振り出しに戻されたことは否めない。やはり、あの男か)


 ダドルジは舌打ちをして、以前戦った男を思い起こす。まだその顔を見てはいないが、一度たりとも忘れてはいなかった。


 味方をも囮にして、勝利を目指す。如何に優秀な戦術家であろうと、その精神性を許す気にはなれなかった。いや、許して良いはずがなかった。


 仲間と共に目指す未来こそがダドルジが目指してきた理想であり、強くあろうとした理由なのだから。


(幸い、まだ兵の損害が大きいわけではない。急いで戻り指揮系統を立て直せば、被害は少なくできる。私の武勲や名誉などどうでもいい。今は混乱し、指示を待っている味方のことを考えよう)


 ダドルジは再び自分の理想に立ち返り、戦略を立て直す。情報では敵はもう一度決戦を挑もうとしているらしい。一度痛い目を見たというのに。敗戦を糧に学ぼうとしないその姿勢は救いようもなく思えた。


(だが今の我が軍にはありがたいことこの上ない)


 もし王国がここから守りを固めていたら、此方も攻め手を欠いていた。だが兵を集結してくれるならいくらでもやりようがある。本国から総首長自ら出陣して来ているという情報も入ってきている。次の戦いで勝てば、一気に王国を征服できるだろう。


(しからば次こそは相見えるだろう。アルベール・グラニエ)


 ダドルジは愛馬にまたがると、部下を引き連れ颯爽とその土地を去って行った。











「しかしうちは勝っているときは暇で、負けているときばかり忙しいな」


 俺は兵営所で椅子をぶらぶらと揺らしながらぼんやりと天井をみつめる。やはりどうしてもクローディーヌの名声が高まることを許せない上層部は今日も第七騎士団に暇を与えていた。


 今頃せっせと武勲を稼ごうとしているのだろうか。いずれにせよ、そんなに甘い話はないというのが現実である。


(見事なほどに早い、見切りの付け方。間違いなく北部にいた司令官は、ボルダーを攻めた奴だろう。ということは中央での反撃も近いな)


 近々決戦が始まるという。第七騎士団は予備隊として少し後方で援護の準備とのことであったが、これでは準備を早めた方が良さそうであった。


(少しは持ち直したとはいえ、此方に余裕がないことには変わりない。次もう一度打撃を受ければ王国軍は立て直せない。……それなのに未だに上層部は決戦にこだわるからなぁ)


 今の状況ならば防衛側の利点を活かして持久戦に持ち込めば良い。敵は馬と人を養うだけの兵糧が必要であり、こちらはその補給路への攻撃ルートも持ち合わせているのだ。うまく耐えながら補給路へちょっかいかけるだけで、敵は勝手に自滅する。


 もっともそんな見栄えも派手さもない方法を、見栄と顕示欲に塗れた集団が良しとするわけはないことなど、俺にはよく分かっていたが。


(やるしかないか……)


 王国は12騎士団を総動員して次の戦闘に挑むだろう。端から見れば夢のような組み合わせだが、それが協調できなければ戦力の強化にはつながらない。むしろ足並みの揃わないところを狙われれば、その力を生かし切れないまま敗北する。


 そして敵はそれを間違いなくやってくるのだ。


「どうしてこうなったかねぇ」


 本当だったら今頃、呑気に支援部か何かで仕事をしていただろう。それが何の因果か騎士団に飛ばされ、あまつさえ戦争も始まっている。自分が思っていた場所とまさに真反対にいると言っても過言ではなかった。


 俺はマリーからもらった資料を広げていく。こういう時、必要になるのは情報だ。その情報が正確であればあるほどに、自分たちの生存率が上がっていく。


(此方の動員する兵はおよそ5万。敵は現在4万と少し。だが後方からさらに数万の兵を率いて部族をまとめる総首長がやってきていると書いてある。……マリーの情報だ。これは信じよう)


 東和人……、とりわけ東の大地に暮らす人達の国家は部族の連合体だ。元々は国ですらなかったが、先代の総首長がその圧倒的な力をもって統一し今は一つの国となっている。今の総首長は二代目だ。


(二世の方は父親譲りの残忍さと冷酷さを持っていると聞く。そうなると厄介だ。兵が萎縮しかねない)


 残虐さは時に有効な戦術だ。兵が戦意を失い逃げ出せば、一方的にその背中を攻撃できる。戦意は戦闘行動において重要な要素なのだ。


(俺が言うのも何だが、貴族のボンボンは心が弱いからなあ。指揮官の動揺は兵に伝わるし、正直あんまり前線に出て欲しくないんだけど)


 これも長い平和のツケだろうか。いくらかの貴族は戦争をピクニックか何かと勘違いしている節がある。まあ別に個人の油断は正直どうでもいいのだが、それが指揮官となると話は違う。


 彼等の行動や態度は直接戦闘に影響し、人の運命、生き死にすらもすらも変えてしまうのだ。


(仲間のために死ぬなどもっての他だが……、仲間がいた方が死ににくいのもまた事実だからな)


 俺はインクにペンを浸しながら少しばかり考える。そして頭の中に思いついたことを列挙するように書きなぐっていった。


(とにかく列挙しよう。相手が取り得る選択、そしてそのための準備を)


 人は予想していないことに対応などできない。だが予想していれば、頭の隅にでも考えていれば、いくらでも準備・対応のしようがある。


 戦いは戦場だけで行うのではない。諜報、兵站、救護、偵察……むしろ戦場以外のことのほうが多い気さえする。


 これが最後だ。ならば準備をしすぎると言うことなどないだろう。何より準備不足は自らの命でそのツケを払うのだから。


 決戦は刻一刻と近づいていた。







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