報告:英雄は必要か
大歓声が聞こえる。二度目ともなるとそれなりに慣れてくるのだろうか。団員達は誇らしげに手を振っている。おそらくどうしていいか戸惑っているのは第五騎士団の人間だろう。少し前の自分たちを見るようで微笑ましい。
俺は第五騎士団お手製の馬車に揺られながら焦点の合わない目で周りを見る。馬車というか、荷馬車か?ただ大砲と人員を運べるようにしただけの車でしかないが、ちゃんと車輪部分には特殊な素材が使われており、多少の荒れ地でも走行できるようになっている。
正直ここまで帰るのにもけっこう苦労した。相手の指揮系統を麻痺させたとはいえ、うっかり残存勢力に遭遇でもすれば被害は免れない。戦争は帰るまでが戦争である。
「第七騎士団万歳!」
「クローディーヌさまー!ありがとうございます!」
クローディーヌは以前より積極的に手を振っている。良い傾向だ。これで本部も第七騎士団を無下に扱えなくなるだろう。まあ、度が過ぎれば危険視されてしまってそれはそれで危険だが。
俺はぼんやりと空を見上げながら戦いを振り返る。『電撃戦』、それは前大戦に帝国で考案された新戦術であった。
(強力な装甲車や戦車で敵陣を突破、そのまま突破口を拡大、そしてそのまま敵の司令部を叩く。……今回やったのはそれの見よう見まねで、上手くいったのも敵の銃兵が本業じゃなかったからだがな)
もっとも前大戦でも英雄、セザール・ランベールによって戦術以前の問題となり、帝国は瞬く間に窮地に追い込まれていた。そういう意味では、世界で初めてこの戦術を成功させたのは帝国ではなく王国ということになる。皮肉な話だ。
「アルベール殿、ここでしたか!」
「……マティアス団長ですか」
マティアスが馬車と並行する形で馬を歩かせる。本来両団長は一番前を進んでいるはずなのだが。
「先頭にいなくて良いのですか?」
「ん?まあ、興味ありませんからね」
ニコニコ笑いながらそう言う彼に、もう何も言う気にはなれない。きっと第五騎士団のお姉さん系の副長が代わりに先頭を進んでいるのだろう。そして多分、この凱旋がおわればマティアスも怒られることになる。これじゃどっちが上かわかったものじゃない。
「そんなことより、これからのことなんですが……あ、ちょっとそこ空けてもらえますか。……とうっ!」
マティアスはそう言って馬車に飛び乗ってくる。脆い馬車はそれだけで揺れ、他に乗っている兵士がバランスを崩しそうになる。
「団長、私たちは下りましょうか?」
「ん?ああ。いいよ。せっかくだし、少し高いところから手を振れた方が気持ちいいでしょ」
気を使う兵士に対して、マティアスが言う。彼は変わってはいるが、社交性はある。それに、自らの兵士に対して敬意も表している。変人ではあるが、立派な指揮官ではあった。少なくとも、現場の兵をないがしろにする連中よりかは。
「今後アルベール殿はどうなされるのですか?」
「どう?それは……どういう意味で?」
俺は漠然とした質問に聞き返す。
「このまま第七騎士団に居続けるおつもりで?」
「……成る程」
俺は彼が言わんとしていることがなんとなく分かった。彼もよく分かっているのだろう。俺がこの団で異質であることを。
「私の団は、出世の本流とまではいきませんが、それなりに地位もあります。こうみえて私の父はそれなりの貴族なんですよ。政治にだってある幅がきく」
「うれしい話だが、別に俺はそんな大それた願いはもってないよ。分相応で良いんだ」
俺がそう言うと、マティアスが笑って「残念です」と言う。
こいつ、はじめから断るってわかって誘ってたな。俺は呆れたようにマティアスを見た。
「ですが欲しいのは本当です。貴方がいれば私の団はもっともっと輝ける。それに、私の団員も、兵器も正しく使われてこそ意味がありますから」
「はいはい。わかった、わかった。……あと近い」
相変わらず距離が近いその男を引き剥がしつつ、俺は民衆を見た。誰もが騎士団を褒めたたえ、期待している。流石はジャーナリズムだ。人々の不安を煽り、そして救いを生み出すのが本当に上手い。
(マリーの記事が載るかもしれないから、明日の新聞は買っておかないとな……)
彼女はああ見えてもそういう所は繊細だ。正直、彼女の話を聞いていれば十分な情報は手に入る。情報の裏取りをするにしても、マリーから内部事情を聞いた後では新聞に信用なんてできない。だから新聞など普段は買わないのだが。
「しかし、凄い歓声ですね」
「まあな」
「英雄の凱旋のようです。……まあクローディーヌ団長は、もう英雄のようなものですが」
マティアスが言う。一般の王国貴族なら不満の一つも言いそうなものだが、それが無いことから本当に興味が無いのだろう。名誉や権力より、その軍や兵器への想いが強すぎる。
「アルベール殿」
「ん?」
「アルベール殿は英雄は必要だと思いますか?」
マティアスが聞いてくる。
やはり彼は馬鹿ではない。少し変わっているが、時折とてつもなく核心を突いてくるのだ。
「さあな」
俺は一言そう答える。
英雄がなんなのかなど俺は知らない。それに英雄を欲するのは民衆の心であり、それを掴もうとする権力者達だ。英雄の中身は、さして重要ではない。
(だから劣勢の時こそ英雄を求め、敗北時の責任を、その英雄に押しつける。……英雄自身の命をもって)
俺からしてみればそんな都合の良いことを抜かすような連中のために、命を張っている全兵士こそが英雄に見える。もっとも、そういう兵士が馬鹿であるという評価は変えるつもりはないが。
「少なくとも誰かのために自分の命を張るなんていう考えには賛同できないな」
「ははは。それだと軍に入っている時点で矛盾してますよ?軍は誰かのために命を張るのが仕事なのですから」
「まあ、それは否定できないな。だが矛盾せずに生きるって言うのは案外難しいんだよ。生きていくためには、自分の意志に反することだってしなくちゃならん。俺だって給料そのまま、後方で勤務したいさ」
「それはしばらくできなさそうですね」
マティアスが楽しそうに笑う。気がつくと俺達はいつ作られたのかもわからない豪華な門をくぐっていた。
その門はかつて英雄の帰還を称えるために作られた凱旋門らしい。勿論税金でだ。当然何割かはお偉いさんに着服されているだろう。それに発注をうけるのもお偉いさんの息のかかった企業だ。
……英雄の使われ方なんてこんなものなのだ。ある意味で虚構と言っても差し支えがない。
「やっぱりいらない方がいいかもしれないなぁ」
俺は小さくそう呟きながら、少しずつ遠ざかるその豪華な門をみつめていた。
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