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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第三章 誰がために剣はある
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報告:老い、知識、そして経験








「よし、フェルナン・ダヴァガル両隊は後退。第五騎士団の銃兵隊は後退の援護を。ドロテ隊は殿を務めてくれ。炎の秘術で敵を牽制し、退却する」


 敵の大部隊に対して攻撃を加えるようになってから、早くも二週間ほどが過ぎた。大部隊といえども敵は占領の任務があるため自由がきくとは言い切れず、その位置も分散している。


 そのため、こちらは少数の機動力を活かし、徹底的にヒット&アウェイに徹する形で攻撃を加えていた。


(しかし向こうも嫌になるほど戦上手だ。東和人は皆戦術に長けているのかと疑いたくなっちまうぜ)


 組織である以上、彼等にも腐敗や足の引っ張り合いもあるはずだろう。しかし少なくとも今目の前にしている部隊は統率がとれており、その戦術に穴も見つからなかった。


(一応相手への被害は出せてはいるが、相手だって援軍もある。少なくともこのペースじゃ足止めにもなりはしない)


 俺がそう考えていると、脇で心配そうにみつめてくるレリアに気付く。現在彼女は念話の秘術により俺の指示を各隊長に飛ばす任を負っていた。


 わざとだろうか。俺が気付きやすい位置で俺の方をみつめている。


(おっと、俺がこんな顔してたら全体の士気に影響が出るな)


 誰だって自分の生き死にには敏感だ。団員達が指揮官の顔色を見て戦況の様子を探ろうとするのも自然なことである。レリアはそれをいち早く教えてくれた。


(通信の秘術といい、この動きといい、彼女には大きく助けられているな)


 俺はレリアの頭をゴシゴシと撫でる。彼女は「えっ、何ですか急に」と戸惑っていた。


 俺は顔を上げ再び指示を出す。そろそろ次の一手を打とう。そう考えた。












「報告。敵はさらに南方向へと撤退、追撃を振り切りました」

「むう、敵も馬鹿ではないのう」

「追撃隊を出しますか?」

「やめておけ。反撃をくらって戦力を無駄にするだけだ」


 アナダンはそう言って部下を下げさせる。


 これで何度目の攻撃だろうか。アナダンはパイプを咥えながら部下が作った地図を見る。


 かなり精巧に作られているが、それでも王国製の地図には敵わないだろう。それに国民ならではの地理感覚も彼等の強みだ。無理に追えば、無用の被害を出すことになるだろう。


「しかしかといっていつまでも放置すれば、此方が一方的に削られてしまうな」


 敵の規模はおそらく千人程度。一万を優に越える此方の大隊からすれば大した数ではないが、それでも秘術の力は侮りがたいものがあった。


 下手に放置すれば、傷口がさらに広がってしまう。アナダンにも放置するという選択肢はなかった。


(おそらく敵は、こちらがしびれを切らし、追いかけてくるところに反撃を加えたいはずだ)


 アナダンは考える。彼等はあくまでこちらに決定打を打ちに来ているわけではない。おそらく、優秀な指揮官が部隊に無理をしないことを徹底させているのだ。


 そして敵がうまく食いついてきたら、その部隊に苛烈な攻撃を加える。既にやられた南部に駐屯していた部隊は皆その戦術で敗北したと報告を受けている。


(だがこの程度なら誰にだって読める)


 アナダンは筆で地図に印をつけていく。部隊が攻撃を受けた位置並びにそれを補うように移動させた部隊の位置も。すると見事なほどに、守備の薄くなる一本の線が地図上に浮かび上がってきた。


「妙案だが、まだ儂の予想を覆すところまではいっておらん。ギリギリ二流じゃな」


 アナダンはそう呟くと、腰にぶら下げていた酒を呷る。うまい。読み切った後の酒は最高にうまい。アナダンはそう感じていた。


 自らの勝利を祝う、前祝い酒。読み切ったと満足できる程の戦術眼をもった敵は久しぶりだ。これまでの敵は、読む以前につまらなすぎた。


「来るなら来い。読み切った上で誘い込んでやるわ」


 アナダンはどこか自分の中に高ぶる気持ちがあるのを感じながら、その酒の美味さに酔いしれていた。














「道はできた」


 俺は各団長、隊長クラスの指揮官の集めブリーフィングを行う。


 これまでの攻撃はあくまで布石であり、これ以降の作戦が肝である。そのためには各隊の意思を徹底させる必要があった。


「まず作戦は先に述べたとおりだ。何事も問題がなく進めば、俺達は一気に敵の本隊の喉元に食いつくことになる」


 俺は皆の様子を確認する。隊長クラスは団員達に近いこともあり、彼等を通じて一般兵卒までの様子がなんとなく見えてくる。今回に至っては皆戦意十分であり、その団員達の士気も高いことがうかがえた。


「しかし副長、一つ良いか?」

「なんだ、ダヴァガル隊長」

「作戦の意図、攻撃目標、その後の方針などはよく分かった。いつも以上に明確だ。……だが今回は各隊長に自由撤退の裁量を与えるとあるが、これは?」

「何か問題か?」

「そりゃあ、勝手に部隊が退いたら、足並みがそろえられなくなる。攻撃の威力も、下がってしまうのでは?」


 ダヴァガルの言うことはもっともだ。だが今回の作戦は今までとは違う。いや、そもそもの戦い方すら、今までとは違うのだ。


「今回は第五騎士団が存在することで根拠地を作ることができた。それが理由だ」

「根拠地?」

「ああ。要するに撤退ポイントだ」


 俺は地図に印をつけ、皆に見せる。


「全軍、隊長の判断で危険と察したらここまで逃げろ。そしてこの根拠地に第五騎士団の砲兵隊並びに銃兵隊を配備。敵の追撃を阻止する」

「なるほど!退却するための安全地帯のようなものを設置するのですね。皆さん、無理をせず、危ないと感じたらすぐに撤退を」


 マティアスがうれしそうに言う。彼からしてみれば自分の部隊を試したくて仕方ないのだろう。まあこちらとしては使わない事に越したことはない。


 しかし使うことでまた生まれるものもある。


 今回の作戦、その要の部分において、必要なのは全体での連携だ。第五騎士団と第七騎士団、それが一つにまとまって行動できたときにはじめて敵を仕留める一撃を生み出すのだ。


(本当は訓練で身につけていく練度なんだろうが……まあ贅沢は言っていられない)


 訓練をしていない身では、どうしたって限度はある。しかしその一方で戦場でしか身につかない部分もある。


 それは互いへの信頼だ。


 お互いの背中を預けることで、堅い信頼がそこに生まれる。そしてその信頼は結束を生み、その結束はダヴァガルの言うように攻撃力へと変わる。


 時代が変われど、戦術がかわれど、その事実は変わらない。


『知は力なり』、先人に学び得たその知見は、うまく使えば力となって自らを助けてくれる。


 俺はクローディーヌの方を向き、敬礼する。クローディーヌはそれを受けて号令を出す。


「全部隊、今夜は十分に休息をとってください。そして明日より、アルベール副長の指揮の元、本格的に反攻作戦を実施します」

「「了解」」


 鐘が鳴る。


 兵士達は今まさに、虎の穴へと入ろうとしていた。











読んでいただきありがとうございます。

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