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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第三章 誰がために剣はある
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報告:それでも戦いの鐘は鳴る







「一人だけ逃げた」


 違う、違うの……


「味方を見捨てた」


 私はそんなつもりじゃ……


「英雄の娘なのに」


 私は……













「人殺し」







「クローディーヌ様!」


 メイドのリュシーの言葉で目を覚ます。びっしょりとかいた汗が不快で仕方なかった。


「大丈夫ですか?随分とうなされていたみたいですが」

「ええ、大丈夫よリュシー。ありがとう」


 クローディーヌはそう言って起き上がる。リュシーは少し心配そうにお辞儀をして、寝室から出て行った。


 クローディーヌは窓を開け、部屋に風をいれる。そしてまだかすかに震えている手を抑えながら、大きく深呼吸をした。


 少し時間がたつまで、震えは止まってはくれなかった。



















 バリ、ボリ、ボリ。


 戦況は悪化する一方だ。俺は軍部から配られた資料を読みながら、石ほどに硬いパンをほおばっていく。金欠生活の俺にはこんなパンでも立派な栄養源だ。無駄にすることはできない。


 別に軍部からの資料に敗北や戦況について書かれているわけではない。依然として軍部の報告は主観交じりの曖昧な情報でかなり歪められている。何も知らない一般人が読めばまるで圧勝しているかのように感じてすらしまうだろう。そんな資料が現場の司令官レベルにまで配られてる。


(まるで暗号だな、こりゃ)


 そう考えつつも俺がその資料を読み込んでいるのは、後方にいたときの経験がふんだんに活かされているからである。まるで軍部独自の文学ともいえるそれは、見る人が見ればメカニズムがあるのである。そのため俺はその“物語”をある程度まともな情報に変えることができた。


(『損害軽微』ってことはまあ損耗は3割くらいか?こっちは転戦っていっているくらいだから完全撤退、まあ半数はやられているんだろう)


 俺は報告書に注釈をいれながら解読を進めていく。進めれば進めるほど、王国軍の状態が明確になってきた。


(こりゃあ、ひでえや)


 俺は報告書の表紙の部分に書いた自分なりの解読結果を見る。王国は既に主要三都市を奪われており、ボルダー以東に関してはほぼ敵の手中にあるといっても過言ではなかった。


(そもそもボルダーも王都からそれなりに近い位置にあるからなぁ)


 俺は頭をかきながら地図を取り出す。そして先程の報告書から読み取れた情報を書き込んでいった。


(少なくともいままであった戦力的優位はほとんどなくなった。防衛側が有利っていったってここまで占領されるとむしろ資源不足でこっちがもたない。それにこのペースで進行が進めば王都は……)


 おそらくあと二月ももたない。俺はそう結論を出してペンを机の上に置いた。


「ねえ」


 不意に後ろから声をかけられる。クローディーヌがそこに立っていた。彼女はその多くの時間を王城にある団長専用部屋で過ごしているのだが、今日はめずらしく兵営所に来ていた。


 訓練にでも来たのだろうか。普段ならば訓練は朝方か午後か、少なくとも昼前に兵営所に来るのは珍しかった。


 俺はそんなことを考えながら立ち上がり、敬礼をする。しかしただ彼女は黙って俺の左手の裾を引っ張った。


「少し、話をしましょう?」

「あ、え?はい」


 俺は言われるがままにクローディーヌについて行く。外は涼しく、風が穏やかに吹いていた。













「…………」

「…………」


 特に何を言うわけでもなく、訓練場脇にあるベンチに二人で腰掛けていた。状況が状況ならそこでロマンスが生まれるかもしれないが、正直あんな報告書を読んだ後にそんな気分になったりはしない。


「報告書は、読んだかしら?」


 クローディーヌが聞いてくる。俺は端的に「はい」と答えた。


「貴方のことだから、あの情報が正しいとは思っていないでしょうけど、今朝方団長クラスには正確な情報が届いたわ」

「……成る程」

「ボルダーを含む四都市が陥落。敵は補給路を確保し、現在王都侵攻の準備を整えている最中よ」

「それは……急を要しますね」


 内心で『一都市少なかったか』などと考えたりしたが、流石にそれは口には出さなかった。やはり自分の中でどうしても情報を都合良く解釈してしまうのかもしれない。まあ、解読の必要なものを情報と呼んで良いのかは分からないが。


 しばしの沈黙の後、クローディーヌが話し出す。


「私は……王国の皆を守りたい」

「……………」

「市民を、誇りを、そして……仲間を」


 この女は俺が聞きたくないようなことを平然と吐いてくる。俺はそんな風に感じていた。


 しかし今日の彼女の様子は少しだけ違っていた。


 クローディーヌの手がかすかに震えている。こんな時、普通はどう声をかければいいのだろうか。よくいる王国貴族なら気の利いた言葉で女性の不安を取り除けるのだろうか。だが俺にそれはできない。


 だがこのまま彼女の想いを聞くのは耳に堪えない。綺麗事はいつでも俺の心を逆撫でる。


 だから俺は彼女に聞くことにした。ずっともっていた疑問を。彼女を縛り付ける呪いを。


「それは貴方の背中の傷に関係しているのですか?」


 瞬間、彼女の体が揺れる。


 そして少しずつ、そして小刻みに震えだした。


「私……私は……」


 こんな彼女を見たのは初めてだ。おそらく、他の団員も見たことのある人間はいないだろう。いや、正確には見ようとしていなかったというべきか。


「初めて貴方にお会いしたとき、貴方の布一枚の姿を見たとき、私の瞳に映ったのは貴方の綺麗な顔でも、美しい肉体でもない。その背中の傷ですよ、クローディーヌ団長」


 カカカカカッと歯を鳴らす音がする。クローディーヌの歯がぶつかり合う音だ。怯えて震えるその姿は英雄と呼ぶにはあまりに弱々しかった。


 普通なら団員に見せるべきではないだろう。団長として、英雄の娘として、威厳もへったくれもない。


 だが俺にとっては余程此方の方がマシだった。


「え?」


 俺はただ黙ってクローディーヌの手をとる。そして何も言わず、ただ握りしめた。


 震えは少しずつおさまった。


「俺はあんたがどんなものを背負っているかは知りません。無理に聞く気もありません」

「アルベール……」

「ただ思ってもいない綺麗事を聞くのだけは堪えかねます。正直、吐き気がする」


 俺はきょとんとした顔でこちらを見るクローディーヌに「だが……」と続けて話す。


「だが、貴方が本心に基づく言葉を口にする限りは、俺も従いましょう」


 俺はそう言って立ち上がる。彼女が来たということは、おそらく次の指令も来たのだろう。今のところこの戦いで一番勝っているのは第七騎士団だ。幸か不幸か、な。


 王国、とりわけ本部の連中もここまで追い込まれると背に腹は代えられない。クローディーヌの手柄が増えたとしても、征服されて殺されるよりはマシだ。彼等は自分の身が可愛くて仕方がないのだから。


(まあ、俺が言えたことでもないか)


 俺は立ち上がり大きく伸びをする。別に王国が勝とうが負けようが、多くの兵士が死ぬ。


 だからせめて足掻くとしよう。どんな理由を与えられても、死にに行く理由にはならないのだ。








読んでいただきありがとうございます。

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