報告:敵をだますには、まず味方からである
「むむむ……」
「副長、あんたの番だぜ。はやく決めてくれ」
カードとにらめっこしている俺をフェルナンが急かしている。俺はダヴァガルとフェルナンの表情を観察していく。
(貴族のぼっちゃんはやけに、余裕がある。ダヴァガルも不気味に笑うばかりだ。二人ともそこそこ手札は強そうだな)
俺はテーブルの上に置いている自分の貨幣袋を見る。給料日過ぎで割と重量があったものが今では寂しそうに縮んでいる。この勝負で負ければ、あの安食堂の一番安いメニューでしばらく過ごすことになる。それだけは避けたい。
(だがここで退いたらこいつらの思うつぼだ。負けた分、取り返してやる!)
俺は鼻息荒く「勝負だ!」と口に出す。
勝負の結果は説明するまでもない。
「それじゃあ副長、俺はこれで」
フェルナンが鼻歌交じりで兵営所を去っていく。ぼっちゃんのくせに俺から絞れるだけ絞りやがって。お前には慈悲や節制という感情はないのか。
俺はそんなことを考えながら今日の顛末がどうしてこうなったのかを思い返す。本日は王国の祝日であり、団も休暇日であった。戦時中にそれはどうなのかとも思ったが、別に第七騎士団は今のところ指令を受けてはいないので普通に休みだ。今も戦っている同士には頭が上がらない。
俺はやることもないのでのんびりと兵営所で過ごしていた。休みの日は広い部屋を独り占めできるので開放感とともに本が読める。王国男子ならこういう日は女性と町で過ごすのだろうが、硬派な俺はそれをしない。……しないのだ。できないのではない。
すると珍しくフェルナンとダヴァガルが入ってきた。フェルナンは女性との待ち合わせまでの時間つぶし、ダヴァガルは忘れ物を取りに来たらしい。少ししてからフェルナンがカードを取り出して、俺たちに勝負しないかと誘ってきた。
兵営所でカード遊びなどしていて、クローディーヌに見つかりでもしたら処罰は免れないだろうが、俺は勝負から逃げたりはしない。……逃げないのだ。決して煽られたからではない。
「はあ、少なくとも今週はあの残飯定食だな」
俺はため息と共に呟く。あの安食堂の最安値の裏メニュー。健康にも良いし、量も食えるがいかんせん味が薄い。そりゃ調味料を節約するから仕方ないのだが。……いや、やっぱりあれは普通に美味しくない。というか不味い。
「しかしフェルナンもまだまだ若いですな」
「へ?」
ダヴァガルの言葉に俺が反応する。ダヴァガルはフェルナンには負け越しているが、俺から勝っているためトータルではプラスだ。
「細工をするにしても、もう少し上手くやらなければ。それにあんなに大勝ちしては次にやってもらえなくなる。まったく貴族の坊やらしい」
「細工……イカサマか!?」
「何です?気付いていなかったのですか?」
「ハハハハハ。マサカ、気付イテイルニ決マッテイルジャナイカ」
「そうですか。流石副長、寛容な方だ」
「そうだろう?やはり上司たるものそうした余裕をだな……」
「道理で私のイカサマも見逃してもらえたのですね。良かった良かった」
「てめえ、この野郎、金返せ!」
「はっはっは。副長も嘘が下手ですな」
俺がダヴァガルから金を取ろうとすると、ダヴァガルは器用にそれを回避する。俺がなんとかしようとあれこれ動くが、ダヴァガルは笑いながらそれを捌いていった。
体力馬鹿にスタミナでは勝てない。俺はしばらくして諦めることにした。
「そういえば副長、今日は何の用事で?」
ダヴァガルが息を切らした俺に聞いてくる。
「本を読みに来ただけだ。だが、もうそんな気分じゃないがな」
「本を?休暇日に?」
「悪いか?」
「いえ、全然。ただせっかくの休日なので誰か大切な人と……あっ」
ダヴァガルは何かに気付いた後に、静かに「すいません」と言う。やめろ、それは俺に効く。
「そういう貴方こそどうなんですか?今日も一人でここに来ているが」
「はっはっは。確かに、私も独り身ですからな」
「なんだ、一緒じゃないか。ダヴァガル隊長こそお相手を探した方が良いのでは?」
俺は「ふふん」と笑いながら言ってみる。こういう時だけ、若い者は強い。
「いえ、良いのです」
ダヴァガルが続ける。
「私の妻は後にも先にも、彼女だけですから」
やらかした。俺はそう思った。
俺はその言葉に返す言葉がみつからない。彼の態度からそれが離婚などというものではなく、死別であることは容易に想像がついた。
「今日は前大戦で、とある大きな一戦に勝利した記念日なのです。だから王国での祝日となっている。……その一戦で、妻は戦死しました」
「…………」
「彼女は僧侶で、秘術が得意だった。故にその一戦に動員されました。私の風の秘術も、彼女の劣化版です。彼女も私も、共に同じ部隊で戦っていました」
ダヴァガルはゆっくりと話し続ける。
「私の属する部隊が前衛、彼女達の部隊が後衛。快進撃を続け、ほぼ勝利が決まったときでした。帝国軍の残存部隊に奇襲を受けたのは」
「…………」
「私は最前衛で戦っていたので知りませんでしたが、帰ってみると私の妻だけが亡くなっていました。殿となって囮になったそうです。一人でその役を担ったのですから、立派なものです」
「……後方の遠距離部隊には近衛部隊がついているはずだろ?彼等はどうしたんだ?」
俺の質問にダヴァガルが首を振る。
「逃げました」
「え?」
「守るべき対象を捨て、いち早く逃げ出したんです」
「…………」
残念だが、容易に想像がついた。王国にはそういう兵が、少なからずいる。だれだって自分が可愛いのだ。彼等は卑怯だが、生物としては馬鹿ではない。実際に生き延びて平和を謳歌したのだから。
「貴方が気にすることではないですよ、副長。ただ少し、話を聞いて欲しかったんです」
「……気にはしてない。気の毒だが、それが戦争だ。悪いが俺はそんなに誉められた人間じゃないんだ」
「……ふっ、まったく。嘘が下手ですな」
ダヴァガルはそう言って大きく笑い出すと、俺の背中を叩く。
普通に痛い。力が強すぎる。この前のマリーもそうだが皆気軽に背中を叩きすぎだ。俺の背中が曲がって、わずかでも身長が小さくなったらどう責任をとってくれるのだ。
俺はそんなことを考えながら、椅子にもたれかかるように腰掛ける。
戦士にも休息は必要だ。生きていたって体も心も、すり減っていくことに変わりはないのだから。
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