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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第三章 誰がために剣はある
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報告:日常に帰還せり







 眩しい太陽に照らされながら、俺は広場のベンチでくつろいでいた。戦場から帰ってきてからの休暇は、この世の至福と言って良い。まあまだ数回しか戦場に出たことないけど。


「あー、今日も良い天気だ」


 王都第三広場。ここはかつて罪人の処刑場ともなっていた場所だ。いまは公開処刑などという品のないことはしないが、それでもわずか200年前までは日常だった。時代の流れは、ときに血塗られた歴史や記憶さえも、洗い流してくれるのかもしれない。今では子供達も憩う場所だ。


「あ、いた。ごめん、遅くなった!」


 明るく笑いながら女性が近づいてくる。幼く可愛らしいその女性は少し頑張ればレリアと同じ歳といってもバレないだろうか。……いや、流石にそれは無理か。


「……なんか、今失礼なこと考えてなかった?」

「イエ、ソンナコトナイデスヨ。マリーサン」

「本当かなぁ」


 彼女が俺の隣に座る。俺はただ呆然と広場で遊ぶ子供達を眺めていた。


「…………」

「…………」


 お互い何も言わない。彼女は賢い。俺に配慮してくれているのだろう。しばらくそんな心地よい時間が過ぎた。


「ねえ」

「ん?」

「軍、やめちゃえば?」

「……は?」


 俺は突然のマリーの言葉に、つい聞き返してしまう。マリーの横顔がいつになく寂しそうだったのが印象的であった。


「向いてないんだよ。アルベールには」

「………」


 『そりゃそうだ』とは中々言えない。別に自分に向いていなくたって、やらなければならない仕事なんていくらでもある。ただ軍人は命の保証がないだけで。


 また少し黙っていると、マリーが真剣な表情でこちらを見た。


「まあ、これでハッキリしたでしょ。アルベールに才能なんてないんだって」

「え?まあ、そりゃあるとは思ってないけど」

「それにさ、命をかける程の信念とかあるわけでもないし」

「まあ、それはそうだな」

「だからさ、負けたのを機にさ、やめちゃおうよ」

「……ん?」

「丁度良いタイミングだよ。きっと」

「いや、ちょっと……」

「あのね、私……貯金がそれなりにあるし、今は景気も悪くないからアルベールが少し働いてくれれば……その……」

「待てマリー。なんか話が噛み合ってないぞ」


 ブツブツと話すマリーを俺は一旦止める。


「え?」

「何ていった?今」

「いや、それは……」

「ブツブツ言う前の方だ」

「え?負けたのを機にやめちゃおうって……」


 俺は首をかしげる。マリーも同様に首をかしげていた。


「別に……俺たちに関していえば負けてないぞ」

「へっ?」

「負けたのは王国の本隊だ」

「じゃあ、味方に犠牲とか、アルベールが死の危険にあったとか……」

「それは別に……ないな」

「…………」

「あれ?マリーさん?もしもーし」


 マリーは静かに立ち上がる。そして既視感のある振りかぶりで俺の背中にその手の平を打ち付けた。


「痛っ!やめろマリー、地味に痛い!」

「うるさい!これぐらい黙ってくらえ!」


 マリーはひとしきり俺の背中を叩くと、いつもの様子で再びベンチに座った。ボルダーから帰ってきて十日。日常が戻ってきた気がした。















「なんだ、じゃあ別に騎士団様は無事帰って来れたんだ」

「……なんか言葉にトゲがあるぞ。マリー」


 マリーは呆れた様子でベンチに座り、足をぶらぶらさせている。俺が一通りこれまでの経緯を説明すると、マリーはいつも通りの様子に戻っていた。


「もー。心配して損しちゃった」


 マリーが呆れたように言う。しかし此方の方がいいだろう。女に気を使わせるよりは、何倍もマシだ。


「なんだ。心配してくれてたのか?」


 俺はからかって聞いてみる。


 マリーの動きが止まる。すると不意に脛に痛みを感じた。


「………………」

「痛い!黙って脛をけるな!」


 俺は蹴られた脛をさすりながら、マリーの方を向く。マリーはそっぽを向いてしまって此方の話を聞こうとはしなかった。


 やれやれ。俺は小さく息をはいた。


 彼女が彼女なりに俺に気を使ってくれていることは十分に理解していた。いや、多分俺の理解よりも遙かに気を使ってくれているのだろう。感じ取れているのは、おそらくその一部だ。


 俺は彼女に防衛隊が囮になったことまで話した。勿論『囮にしようとした』なんて説明は一切していないし、記録にも残っていない。当の本人達ですら囮になったと思っていないだろう。彼等は移動した敵を奇襲しただけなのだから。


 だが実際に俺はレリアに、敵部隊が東側に布陣したら秘術によって空から照らせと命じていた。防衛隊の状態にかかわらずだ。それはつまり、そういうことだ。


 十六歳の少女を騙し、その片棒を担がせたことは悪いと感じている。しかしあの秘術、敵の上というよりも、双方の位置が互いに見えるように照らしていたように感じる。まるで俺の意図を汲み取っていたかのように。


(……流石にそれは考えすぎか)


 十六歳の無垢な少女に、そんな想像をすることは、それこそ邪推というものだろう。彼女は俺の指示通り、よく仕事をしてくれた。


 結果として俺たちは生き残ったのだから。


「でもさ、なんで分かったの?」

「何がだ?」

「敵が移動してくるって」


 マリーの質問に、俺は少し考える。何故かと聞かれると、理由は複合的であった。


 まず敵の砲撃の量が明確に少なくなってきたことだ。最初は砲弾を温存しているのかと思ったが、それにしても少なすぎた。他にも地理的に考えれば味方の援軍を呼びやすい東側に布陣することも十分考えられたこと、等々だ。


(だが、色々考えてみれば、理由は一つかもしれない)


 俺はマリーに向き直る。


「多分、やられて一番嫌なことだったから……かな」

「やられて一番嫌なこと?」

「ああ。ただでさえ防衛で一杯一杯なところで、新しい攻撃をされたら脳が追いつかない。特に限界状態ではな」


 別の攻撃をするとなれば、東方面一択ではあった。


 俺はあのときの事を思いだす。あのとき、頭を打ち付けて冷静になれたからこそ、相手の作戦が読めたという部分はあった。


(まあ、何も仕掛けてこなければそのまま敵に奇襲をかけて砲台を破壊しただけだがな。相手もいつ来るか分からない奇襲に備えたりはしないし、全員体制で攻撃しているせいで向こうの偵察は完全に南門付近にしか配置されていなかった)


 読みが的中したのは、ある種の幸運だったのだろう。同時に、不幸でもあったのだが。結果として双方に多大な被害を出しつつ、敵部隊を撃退した。まあ、すぐに兵を補給して再攻略されたが。


「まあでも、アルベールが何でもないならいいや」


 マリーはそう言うと立ち上がり、バスケットを俺に差し出してくる。


「これ、差し入れ。アルベールは貧血気味だから、食べて」

「お、ありがとう」

「じゃあね」


 マリーは笑ってそう言うと、そそくさと去っていく。


 彼女も多忙なのだろう。ついこの間まで取材に出かけており、最近帰ってきたため第七騎士団の戦果についてよく知らなかったのだ。なんだかんだ働き者でもある。何がそうさせるのか。


(差し入れか……)


 俺はバスケットに入ったサンドウィッチを取り出し、かぶりつく。


 苦い。多分この青々とした野菜が血を作ってくれるのだろう。


 俺はマリーの去り際の顔を思い出す。しばらく会っていなかったせいだろう。むしろお陰というべきか。彼女のその笑顔もまた、魅力的であった。


 クローディーヌが美しいと表現されるのならば、マリーは可憐というべきだろう。花は違えど、その魅力に差異はない。


 俺はむしゃむしゃとその差し入れを頬張っていく。


「うまい」。俺はそう呟いた。







読んでいただきありがとうございます。

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