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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二章 東部戦線異状あり
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報告:長期戦は心の削り合いである






「突撃を防いだか……まずは見事」


 ダドルジは遠くに見えるその戦闘の様子を自らの瞳に焼き付ける。戦いとは何であるか、それから目を背けないために。


「後退の銅鑼を鳴らせ。味方の後退に合わせて支援砲撃の準備もだ」

「はい」


 ダドルジは指示を出すと、再び戦場へと視線を戻す。第一陣が戻り次第、砲撃と共に第二陣を送り出す。それが終われば第三陣、次に第四陣。部隊を五つに分けて不規則に攻撃を繰り返していく。


(いつまで耐える。アルベール・グラニエ)


 戦いはまだ始まったばかりであった。














「敵が退却するぞ」

「追撃だ!」


 都市への入り口でなんとか敵の侵入を食い止め、王国軍は反撃を加えている。しかし戦いにおいて正面衝突で相手への損害を出すのは難しい。基本的に敵の戦力を大きく削るタイミングは追撃の瞬間であり、追撃をしなければ多くの兵を帰還させてしまうことになる。


「やめろ!行くな!」


 浮き足だった都市の防衛隊が追撃を敢行する。敵は騎馬隊でありほとんどは馬に乗っている。走って退却する兵士もいたが、それを追いかけるのはあまりにもメリットが少ない。


 しかし練度の違いだろう。都市の防衛隊はその興奮のままに突撃していく。その時、轟音が切り裂いた。


「うわああああ」

「助けてくれえええ!」


 追いかける者達を容赦なく砲撃が襲う。俺は舌打ちして息を吐いた。


(まったく、見事な采配ぶりだ)


 俺は心底頭を抱えたくなるのを我慢して、敵が退却していくのを見送る。敵ははじめから退却の手立てまでも用意しており、そしてそれを着実に実行した。


(あの先鋒が伏兵に気付き、中途半端な行動をすればもう少し被害を出せただろうが、迷うどころか命をかけて突っ込んできやがった)


 後ろから攻撃するのと直接ぶつかるのではわけがちがう。先鋒が命を捨て楯となったことで、この一回の戦闘での被害は実質五分五分になってしまった。


(こっちが読んでいた形だったっていうのに。まったくもって最悪だ)


 俺は彼等の次の手を考える。相手に優秀な指揮官がいたとして、次に打つ手は何であろうか。俺は薄々分かってはいた。


(砲撃と兵による波状攻撃。休みなく攻撃することでこちらの疲弊を誘う)


 『やめてくんないかなぁ』、正直そう思った。


 此方の強み、それは一つは防衛側であること、もう一つは秘術による底上げによって一人一人の戦闘力が高いことだ。勿論地理的条件にも左右されるだろうが、今この状況において此方の騎士団一人で少なくとも東和人兵士二、三人は相手取れる。クローディーヌなら十人に囲まれて問題ないだろう。


 それに加えて門を利用して相手の戦うことのできる人数を制限できれば、消耗を抑えて敵の戦力を減らすことができる。狭い道を利用して、出てくるところを半包囲して袋だたきにするのは少数側の鉄板の戦術である。


 俺はそれをしようとした。


(だが相手の指揮官は馬鹿じゃない。キレッキレに頭の切れるやつだ)


 もう確信があった。敵は間違いなく、前に見た有能そうな男だろう。正直、自分の運の悪さを呪いたくなる。


(いつ来るか分からない攻撃に対して、こちらは迂闊に休憩はとれない。仮にとれたとして、ふってくる砲弾の中ではゆっくり寝ることなどできない。そうなれば此方の秘術が間違いなく機能しなくなる)


 秘術は無限に使用できるわけでもなく、いつも同様に使用できるわけでもない。体力、とりわけ使用者の集中力が切れている状態では、威力も安定性も失われてしまう。そうなれば戦力としてカウントはできない。


「副長、敵は退いたみたいですよ」


 ドロテが俺のもとに報告しに来る。


「わかった。全員休むように言ってくれ。ただし部隊を半分ずつにわけて休憩をとる。休む時間は有限だ。大事に使うように」


 俺がそう言うとドロテは敬礼して団員達に指示を出しに行く。彼女達は優秀な戦力だ。だが女性であることに違いはない。体力的には、どうしても相手に分があることは事実であった。


(もちろんまだ決まったわけじゃない。これから一気に攻めてきてくれる可能性だって無いわけじゃない。まあ、ほぼ間違いないだろうが)


 俺は座り込みながら少し離れた敵の陣地の方を見る。暗くてよく見えないが、どうせ次の部隊が攻撃の準備をしているだろう。まったくもって最悪だ。


(なんか奇跡的に王国軍が早めに到着してくれたりしないかなぁ)


 俺は半ば現実逃避的に考える。まあありえないだろう。王国軍が予定通りに到着するのですら、今までにほとんどなかったのだから。


















 それから十日ほどが過ぎた。


 俺は手を変え品を変え、なんとか敵の攻撃を防いでいた。工夫しながら休憩をとらせ、損耗もかなり抑えている。だがそれはあくまで数字の上での話だ。


(もう精神的・肉体的疲労は限界まで来ているな)


 俺は休憩中の陣営をみながらそう判断する。今は一時的に攻撃が止んでいるが、次がいつ来るかは分からない。はじめの頃は別としても、ここ数日は守るのに精一杯で敵への損害が目に見えて少なくなってきていた。


 それも仕方のないことだ。誰だって砲弾が雨のように降る中では心地よく眠れはしない。そんな状態が幾日も続けば、剣を振るうのだってやっとになる。


 そんなとき、伝令が帰ってくる。


「報告、味方の援軍は敵の攻撃を受け、足止めを食らっている模様。此方の状況は伝えましたが、『あと三日持たせてくれ』とのことでした」

「ありがとう。休んでくれ」


 俺は伝令に行っていた団員を下がらせる。彼も相当必死で飛ばしたのだろう。どうみても数日は寝ていない顔をしていた。


(三日じゃ……来ないだろうな)


 俺は諦めたようにため息をついて空を見上げる。このところ疲労と寝不足でもう頭が回らない。それに対して敵は元気いっぱいだ。鬼気迫る様子で攻撃を加えてくる。


(俺は……ここで死ぬのか?)


 一瞬そんなことがちらついた。


 それもしょうがない。彼等は絶対に隙を見せず、着実に俺たちの命を削っている。一度どこかで綻びが生まれれば、俺たちはなすすべなく死ぬだろう。


 そして何より、もう心がすさんでいた。人間の心は、長い間地獄にいるようにはできていない。


(死ねば楽に……)


 そう頭によぎった。


 そんなときだった。


 最悪な記憶が蘇ってきたのは。



『アルベルト、誇り高く生きろ。信念を忘れるな』



「っ?!」


 ドゴッ、という音が鳴っただろうか。俺は力強く頭を叩いた。


 そして立ち上がり、壁に向かって頭突きをした。何度も、何度も。


「副長っ?!何をっ……」


 クローディーヌそれをみつけて、止めに来る。俺は彼女を意に介さず、もう何度か頭を打ち付けた。血が頬へと垂れてきたとき、随分と頭が冷えてきた気がした。


「……アルベール?」


 クローディーヌが心配そうにみつめてくる。大丈夫だ。たった今、目を覚ましたのだから。


(何が誇りだ。何が信念だ。生きていなきゃ、泥をすすってでも生き続けなきゃ、そいつはただの負け犬だ)


 俺はクローディーヌの方に向き直り、話す。


「団長、作戦会議を」

「え?」

「隊長達……それと都市の防衛隊の部隊長を集めてください。作戦会議をします」


 活路は既に見えていた。俺はまっすぐクローディーヌを見る。


 その時の俺は一体どんな顔をしていたのだろうか。


 クローディーヌの、彼女の美しい顔がひきつっていたのが、とても印象的だった。







読んでいただきありがとうございます。

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