報告:東に才あり、西に知あり
東和人達の兵営。そこは敗残兵の手当や回収で戦闘後も慌ただしく動いていた。
「報告!帰ってきた部隊の損耗は6割。戦闘に即復帰できる兵士は、2割も満たしません。隊長は……討ち死になされました」
「そうか」
大隊長用のテントの中、ダドルジは報告に来た部下を下がらせると机を叩く。簡易の机は脆く、それだけで壊れてしまいそうであった。
(だからあれほど、待てと命じたというのに……)
ダドルジは拳を握りしめながら大きく深呼吸をする。今は失態を責める時ではない。ましてや死人にムチを打っていてもしょうがない。すぐに頭を切り替えていく。
何より今やらねばならないのは次の作戦を考えることである。ぐずぐずはしていられない。自らの選択に、仲間の命がかかっているのだから。
(まずは情報だ。敵の情報を整理しよう)
ダドルジは敗残兵の報告から敵の戦力を計算していく。
現在のところ王国の大部隊があの都市に来たという情報はない。少人数の部隊は別として、大部隊を我が軍の偵察隊が見逃すはずはない。ダドルジはそう判断した。
(となれば敵の戦力はおそらく此方の半分以下……敗残兵の話ではせいぜい三百といっていたな。援軍が来たという情報は入っていないし、おそらく三百。都市に元からいる防衛隊の数を合わせても千はいない。数的有利は保てているな)
もっとも攻める側の方がより多くの人数を必要とすることをダドルジも良く理解している。数的有利もあの高い壁に秘術が合わされば、あっという間になくなってしまう。
(補給路は万全。戦力は勝っている。だが相手には防壁と遠距離秘術、そして……)
ダドルジは先程敗走してきた兵に簡易的に用意してもらった報告書を見る。撤退の最中、最後の追撃に女騎士が強力な攻撃を放ってきたとあった。
(間違いない。あの部隊だ)
ダドルジは確信する。王国軍の主流戦法は広い平野での決戦だ。隊列を組み、堂々と進撃することを良しとしている。少なくとも、敵を誘い出して攻撃を加えるなどという戦法はとらない。
あの部隊を除いては。
(『キョユウエンサツ』、あるいは『ツリノブセ』か。私たちの国はおろか、さらに東で使われている戦術だ。知識として知っていたが、まさかこんな場所でお目にかかるとはな)
ダドルジは改めて作戦を練っていく。相手がただの王国軍であれば、一万を越える大軍勢だろうと怖くない。現に前回の戦闘で相応の打撃を与えることもできた。
だが今回は違う。たったの三百人ではあるが今まで戦ってきたどの部隊よりも手強い相手だとダドルジは感じていた。
(……仕方がない。王都攻撃用に持ってきていたのだが、今が使い時か)
ダドルジは先日届いたばかりのソレに手を触れる。黒く、重く、そして圧倒的な力を秘めているソレは本来であれば都市攻略には過ぎたる兵器だった。
「さあ、どう出る。アルベール・グラニエ」
ダドルジはそう呟くと、足早にテントを後にした。
「なんだかいやーな予感がするな」
「え?」
俺の呟きに、隣にいたクローディーヌが反応する。
俺たちは都市の中に簡易のキャンプを張り駐屯している。一応団長と副長、それに三隊長は専用の建物を借りている。もっとも男女五人で共用だが、テントよりかは遙かにマシだ。
「勝ったばかりなのに、随分と心配性ね。何か気になることでも?」
「まあ、そうだな」
俺は曖昧な返事をする。現在三隊長はそれぞれ所用で外に出ているため、彼女と二人きりだ。場所が違えば、ロマンスは生まれるかもしれないが、生憎と戦場でそんな余裕はなかった。
(何か……何かひっかかるんだよなぁ)
具体的な懸念があるわけではない。あくまでなんとなくなのだ。なんとなく、嫌な感じがする。
(しかしこういうときほぼ確実に面倒な事になるんだよなぁ)
俺は頭をガシガシとかきながら考える。隣にいるクローディーヌは不思議そうに俺の方を見ていた。
「ねえ」
「ん?」
「一つ聞いても良いかしら」
随分とあらたまった様子に、俺もつい身構えてしまう。彼女は興味ありげな表情で、こちらを見ている。綺麗な瞳だ。やはり彼女は美しい。
「貴方はどうして、軍で戦っているの?」
「……え?」
彼女の真面目な様子に、俺はつい言葉を失う。
別に深い意味はないだろう。ただなんとなく聞いたのだ。しかし彼女にとっては大事なことなのだ。
俺は急な質問にうまい言葉がみつからなかった。
「ええっと、何ででしょうね?」
「何でって、考えたことないの?」
クローディーヌが不思議そうに聞いてくる。実際の所は考えるまでもなかったのだ。
「深く考えたことはないですが、強いて言うならお金のためですかね」
「お金?」
「まあ軍人は食いっぱぐれませんから」
俺はとりあえずそう言っておくことにした。間違ったことは言ってない。彼女も別に深い回答を期待したわけでもないだろう。
「団長はどうなのですか?」
「私?」
「はい」
俺が聞き返す。聞いてくる以上、おそらく彼女はそういった話がしたいのだろう。俺はそう思った。
だが聞くべきではなかった。
「私は……騎士として、皆を守りたいと思ったから……かな」
俺はごくりとつばを飲み込む。
「そうですか。素晴らしい心がけですね」
「そうかしら」
「ええ」
嘘である。
自分で聞いておいてなんだが、数秒前の自分を殴ってやりたい気分だ。自らの命の責任をとれるのは、自らだけだとどうして気付かない。
まあそんなことはどうでもいい。今は自分の言いようのない不安の理由について考えよう。
俺はそんな風に考え、頭を回していく。嫌な気分がまぎれてきた。
そんな時だった。
(ん、待てよ……)
俺の中で何かがはまりだした。
(嫌なこと……されて嫌なこと……)
俺は思考を進めていく。
(そもそも何であの部隊だけ先にいて、もう二部隊は遅れてきたんだ?俺たちみたく、後方支援部隊が遅れてくるならまだしも、彼等は同様の騎馬隊だったはずだ)
勿論これは考えすぎである可能性はある。先行部隊として先に偵察がてら送ったのかもしれないし、そもそも相手はそこまで深く考えていないのかもしれない。
しかし結果として一つの部隊を救援できずに敗走させた。それは単純に向こうのミスなのか。
(俺たちは相手の驕りを突いて勝っている。『こうあって欲しい』『次もこうなるはずだ』という甘い考えを狙い撃ちにして)
しかしそれは相手だけに言えることではない。相手がそう考えるように、自分たちがそのように考えているという可能性も十二分にある。
(『あれだけ打ちのめしたのだから、しばらく来ないだろう』『東和人は騎馬隊は強いがそれ以外はからっきし』『防壁は破られないだろう』……これだったのか、違和感の正体は)
俺は胸元から時計を取り出す。既に戦闘終了から四時間ほど経っており、日はほとんど沈みかけていた。
「団長殿、すぐに作戦会議をしましょう」
「え?」
クローディーヌはきょとんとした顔で俺を見ている。そりゃそうだ。不意をつかれれば誰だってそうなる。それは軍でも同じ事だ。
杞憂ならそれでいい。だがそんなに甘くはないだろう。俺の懸念は、悪いときばかり当たるのだ。
「さあ、どう出るか」
俺はそう呟くと、クローディーヌを連れて足早に建物を後にした。
読んでいただきありがとうございます。
加えて誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。
自分で何度か読み返してはいるのですが、自ら書いている手前どうしても脳内で再変換してしまって見落とすことが度々おきてしまうので……。
第三者に教えていただけるのは非常に助かります。