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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二章 東部戦線異状あり
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報告:好奇心は猫を、無責任は人を殺す


 






「そろそろ頃合いか」


 騎馬が入り乱れる混戦の中、ダヴァガルが呟く。


「全軍、後退。これ以上は損害を増やすだけだ」


 ダヴァガルの合図で隊員達は反転。都市へと退却し始める。


「クソっ!逃がすな!」

「おっと、そうはいかんな」


 ダヴァガルが最後尾に回り、殿をつとめる。そしてその大きな刀を振った。


東より来たる風(ヴァン・タタール)


 その秘術は風を巻き起こし、衝撃波となって東和人兵を切り裂いていく。偵察部隊の足は一時的に止まり、退却の余裕が生まれた。


「ここは退かせてもらうぞ。……後方から本隊も来ているようだからな」


 ダヴァガルは「そいやっ」と馬を走らせる。東和人兵士達もすぐに態勢を立て直し、後方から来た本隊に合流する形で追撃を始める。


 王国都市ボルダーを巡る戦いは平原での遭遇戦に端を発した。















「隊長!王国軍が退却していきます!」

「まだ遠くない。追え!」


 隊長の命令で本隊はますます加速する。王国軍に攻撃されたせいか百人の偵察隊は既に半分程度しか動けない。


 しかしそれでも関係はない。向こうはせいぜい数百人。それに対してこちらは千人いるのだ。これ以上ない好機である。


(奴らは戦ったばかりで疲弊しているが、こちらは無傷の騎馬隊。間違いなく追いつける)


 隊長はそう考え先頭を駆けていく。彼の考え通り王国軍との距離はぐんぐん近づいていた。


「隊長、飛ばしすぎです。徐々に隊列が伸び始めています」


 部下が報告してくる。


「構わん!敵に追いついてしまえば此方のものだ」


 隊長が怒鳴りつける。相手の数百の部隊などどうでもいい。必要なのは彼等に追いつき、門をこじ開けることだ。逆に門を閉められてしまえば、都市の制圧が難しくなる。


「報告!前方の敵軍は、都市の防衛隊と装備が異なるとのこと。もしやすれば援軍かと……」


 別の部下が報告に来る。


「関係ない!どうせ敵は前回の敗戦で兵の再配備に時間がかかる。いたとして少数だ。逃げていることこそその証拠。このまま押し切ってやる」


 隊長はそう言って前方に視線を固定する。徐々に王国軍が目の前へと近づいてくる。


(やはり敵の数が思ったよりも少ない。これならば押し切れる)


「飛ばせ!奴らの尻に食いつくぞ!」


 隊長はそう叫んでさらに馬を加速させる。王国軍は更に近づき、そしてその先にボルダーが見えた。


(しめた!門を開いている。こいつらを収容するつもりだろうが、そうはさせるか)


 高壁によってこれまでの攻撃は防がれてきたが、王国の兵自体は大した強さではない。百騎、いや数十騎でも中には入れればたちまちの内側から食い破れるだろう。


 殿の男が近づいている。鎧の装飾からして、おそらく隊長クラスが殿をしている。狙わない手はなかった。


「その首、もらった!」


 隊長は馬上で弓を引く。東の民族で鍛えられた馬術だからこそできる攻撃だ。この近い距離なら外しはしない。まずは一人目、そう思った時だった。


 ザシュ、


 体に衝撃が走る。


 一瞬だ。一瞬だけ前の男が振り向いた。視線を下ろすと、自分の胸に矢が刺さっている。


「あっ……あっ……」


 声が出ない。ただ馬だけが前へと走り続けている。


 再び前を見る。すると鋭い光が視界を奪った。


 その男が再び世界を見ることはなかった。















「今だ、撃て」


 俺の合図と共に壁上から秘術を撃ち込んでいく。はじめは閃光、次は音だ。どちらも人を驚かす程度のことしかできない秘術だが、優秀な術者が大人数で撃ち込めば騎馬隊の足は止められる。既に実証済みだ。


 大軍は急には止まれない。先頭集団が倒れたり足が止まることで後続の部隊がそれにぶつかり倒れていく。うまく減速した者もいるがそうした者はさらに後方からの騎馬隊に追突される。


 結果として千騎の騎馬隊がまるで撃ってくださいと言わんばかりに都市の前に留まっていた。


「続いて攻撃術式。撃て!」


 ドロテの合図で次は明確に殺意をもった秘術が撃ち込まれていく。遠慮も手加減も力配分もいらない。とにかく撃ちまくれ。そう命じてある。


「このフェルナンに続け!敵部隊を食い破る」


 一通りドロテ隊の攻撃が終わった後、続け様にフェルナン隊が側面より攻撃を仕掛ける。半数近くが落馬し、陣形は完全に崩壊。敵の人数ははるかにフェルナン隊よりも多かったが面白いように損害を与えていた。


(そりゃそうだ。どうして良いか分からない混乱状態の兵士なんて、此方からすれば格好の餌だ。陣形の整えられた騎馬隊の側面突撃に、何もできずに蹂躙されるだろう)


 フェルナンは一度敵陣を突っ切り、再び反転して突撃を開始する。それと時を同じくして、南門前で再び陣形を整え反転したダヴァガル隊が正面より突撃する。馬のあるなしじゃ戦闘力がまるで違う。


 特に足が止まった相手には。


「退却だ、退却!」


 東和人の兵士達がそれぞれ元来た道を引き返していく。退却の判断が遅れたのは、おそらく隊長がやられたのだろう。これはラッキーだった。


「逃がすな!フェルナン隊、攻撃するぞ!」


 フェルナンがそれを追おうとする。これだから貴族のぼっちゃんは。俺の作戦を聞いていなかったのか。


 しかしそれを止めるかのように、馬鹿でかい秘術が遮った。


王国に咲く青い花(フルール・ド・リス)


 逃げる東和人部隊の後方に攻撃を当てると共に、フェルナン隊の足も止める。上出来だ。非常にありがたかった。


「団長として命じます。全軍、都市へと撤退。次の攻撃に備えます」


 クローディーヌがそう宣言し、兵士達はそれぞれ都市へと帰って行く。無論敵の捕虜や物資などは回収しつつだが。


(まあしかし今回はそこまでいないだろうな)


 俺はそう考えながら戦場だった場所を見下ろす。敵の多くは息絶えただろう。今回に至っては全部隊にそう告げてある。


『できるだけ多くの敵を倒せ』と。


 ただし追撃は禁じた。あくまで攻撃は都市から秘術で援護できる範囲のみで行うことを明言した。もっともフェルナンは悠然と破ろうとしたが。


(クローディーヌを攻撃に参加させず、あの位置に配置しておいてよかった)


 数刻前、彼女は俺に意見を求めてきた。前回の成功も関係はしているだろうが、重要なのはトップが意見を聞く耳をもっているということだ。それに味方の突出を許すような甘さもない。部下に媚びず、一方で無下にもしない。現在のクローディーヌは丁度良いバランスを保っている。


(人数が少ない事も関係はしているだろうが、個々の部隊の練度は想像以上に高い。あとはこれを一つの団として機能させれば……)


 生き延びる道もある。そう考えたときに俺は頭を振った。


 目的を取り違えている。俺の目的は出世であり、この団をいち早く離れることだ。団の練度上昇はあくまでその補助である。


 俺は高台からより遠くを観察する。敵が逃げていく方向にはさらにもう二部隊ほど千人隊が待機していた。


「まったく、うちの軍部は裏切らないね。……悪い意味で」


 俺は小さくそう吐き捨てる。


 戦場では多くの命が失われる。しかしその多くは戦士自身の責任ではないところで失うのだ。諜報、作戦、装備、補給。しかし彼等は責任などとりはしない。


 とらされるのはいつだって兵士達だ。誇りだなんだと唆され、戦場に赴く馬鹿達だ。彼等こそがその責を負わされる。


 自分達の命をもって。


「……胸くそ悪い」


 俺はそうとだけ呟いて、その場を後にした。






読んでいただきありがとうございます。

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[気になる点] 内容は面白いのだけれど、技名がダサいのが難点。もう一捻り、二捻り欲しいところ。
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