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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第四章 報告:
192/193

最終報告:想いよ、君へ

ラストです。









「ここに来るのも久しぶりね。ダヴァガル隊長」


 クローディーヌはそっと花を供え、目を閉じる。今でも豪快に笑うあの顔が思い起こされるようであった。


 三ヶ月前、長く続いた第二次大陸戦争が幕を閉じた。第一次と比べればそれでも期間は短いが、失った命の数は決して少なくない。そしてその多くを自分自身が葬っていることも、クローディーヌは理解していた。


(きっとこれは、私が一生かけて背負わなければならない咎なのでしょうね)


 クローディーヌが目を開ける。風にゆらゆらと揺られる花が、どこか物悲しく見えた。


『王国に咲く青き花』。それは美しくも、大量の命を吸った花でもある。今目の前に供えられている花は、彼への手向けであり、そして自分への戒めでもあった。


 風にクローディーヌの髪が揺れる。


 東から吹く大陸の風が、その美しい花を撫でていた。











 ダヴァガル隊長には二つ報告しなければならない。一つ目はあの敵、賢知将軍アウレールについてだ。結論だけ述べれば、彼はもう死んでいる。

 

 自分があの場所に着いたとき、賢知将軍アウレールは既に帝国の兵が射殺していた。おそらく状況を把握した上層部が、彼を切り捨てる判断をしたのだろう。開戦の理由は彼一人に押しつけられ、処理された。


 実際それは事実ではあるが、そこに乗っかった人間も多いはずだ。しかしそれは無かったことにされている。アウレールは卑劣で卑怯な男ではあったが、それでもこの始末に釈然としない部分は多かった。


(これで本当に解決したと言えるのかしら……。いえ、そんなことはない。きっとこれからも解決なんてしないんだ)


 クローディーヌはそう考えることにした。そしてそんな感傷に浸る間もなく、クローディーヌはすぐに王国へと戻ることになる。王国内の問題を解決するためだ。


(将軍はマティアス団長が抑えてくれていたから助かったけど、それでも反発する貴族は大勢いた。そして、戦いにもなった)


 結局内乱はすぐに終わったが、少なくない人間が処刑された。というのも、戦争のこと以外にも貴族層はかなり汚職を繰り返しており、これを端に一斉に摘発されたのだ。勿論それを理解して、彼等も必死に抵抗したのだ。


 多くの貴族は唆されて始めたのだろう。はじめは軽い気持ちだったはずだ。しかしいつしか沼にはまり、気付いた時には抜け出せない程にまで手を汚していた。そして自分の罪を薄めるべく、新しい罪人を引き込む。それがこの長い歴史で溜まった王国の膿なのである。


 そしてそれは決して全てが拭えたわけではない。クローディーヌを始めとして、これから抱えていかなければならない王国の課題だった。


(そして……)


 そしてもう一人、アルベール・グラニエ。またの名をアルベルト・グライナー。彼についてだ。


 彼はあのとき既に血を失いすぎていた。既に心臓は止まり、レリアを始めとして秘術士達が必死に治療を施していた。自分はどうなるかを知る前にレリア達を残して王国に戻ってしまった。今も彼女達は戻ってきていない。だから彼がどうなったのかも知るよしもない。


(本当は、こちらから安否の確認をすべきなのでしょうけどね)


 クローディーヌはただ俯いたまま、口をつむぐ。三ヶ月も音沙汰がないのだ。日が経つにつれ、その不安は大きくなる。もし目を覚ましたのならば、きっとすぐに報告が入るはずだ。しかし待てど暮らせどその報告は受けていない。


 今すぐにでも遣いを出したい。安否を確認したい。しかしもしかしてという可能性が、クローディーヌを臆病にしていた。


「アルベール……アルベール……」


 涙がこぼれそうになる。これじゃいけないと分かっているのに、まだ何も決まったわけではないのに、クローディーヌは必死に涙を堪えて天を見上げた。青く澄み切った空が、クローディーヌを迎えてくれる。


 そんなときだった。


「……えっと」

「へっ?」


 後ろから声がする。急いで振り返ると、夢にまで見た彼が立っていた。


「呼んだ?」

「っ!?」


 クローディーヌが勢いよく駆け出し、彼に抱きつく。彼は少しよろめきながら、彼女を支えた。


「馬鹿!なんで連絡も無いの!」


 クローディーヌが言う。彼は頭をかきながらどことなくばつが悪そうに答える。


「いや、確かに眠ってたけど十日前には目覚めてたし……。もしかして誰も報告に行ってなかった?」

「馬鹿!!!」


 バシン。乾いた音が響き、彼は頬を染める。


 彼はその平手打ちにどこか納得がいかなそうであったが、クローディーヌがひとしきり泣き終わるまで、ただ優しく彼女を撫でていた。


「……落ち着いたか」

「……うん」


 クローディーヌが離れる。どこか照れくさそうにしている彼女は、目を真っ赤に腫らしていた。彼にとってはそれがどこか申し訳なくもあり、どこかうれしくもあった。


「帝国の状況は聞いたか?それと、新しい戦後の構想のこととか」


 彼が尋ねる。


「聞いてる。ルイーゼさんが色々教えてくれたわ。帝国のこととか、今後のことも。『全部グライナー中佐殿の手紙に書いてあったことだけど』って冗談交じりに言っていたけど」

「やれやれ」

「それに、アウレール将軍のことも」

「……そうか」


 クローディーヌの言葉に、彼は少しだけ寂しそうな顔をする。将軍のこととは彼が死んだことではない。彼の経歴や生い立ちについてだ。彼を許すことはできないが、同情の余地がないわけでもなかった。


「なんだか……後味が悪いわね」


 クローディーヌが言う。その言葉に彼はゆっくりと頷いた。


「そりゃそうだ」


 彼は続ける。


「後味の悪くない戦争があってたまるか」


 彼はそうとだけ言うと、ダヴァガル隊長の石碑に祈りを捧げる。亡き友へ、そして王国の英霊へ、彼は哀悼の意を捧げていた。


「……さあ、行こうか」

「……うん」


 彼がそう言って歩き出すと、クローディーヌもともに歩き始める。共に並び、ゆっくりと歩調を合わせながら、前へと進んでいく。


 墓地の出口には、彼等を待つ仲間達がいた。
















 そして月日が流れた。


 長き戦いが終わり、世界は平和を取り戻し始めている。しかし、俺達の戦いが終わることはない。


 『ユーロ構想』、それは俺が親父の思想から影響を受け、それを発展して構築した戦後の構想である。


 お互いの軍隊を共有し、人の移動を自由化。関税まで撤廃する。その政策はこれまでの仕組みを大きく変えるだろう。人々の中に相手を恨む層は一定数いるが、それでも、確実に融和へと進むはずだ。


 人は誰だって、知っている顔を殺すのは忌避するものだ。


 勿論この構想は俺だけの力で完成はしない。帝国側にはルイーゼを始めとして、多くの協力者に、副官のグスタフが。王国側では第七騎士団、第五騎士団を筆頭に、マリーも活躍してくれている。彼等には感謝してもしきれない。


 そして何より、彼女の存在がある。


 クローディーヌ・ランベール。彼女は度々帝国に来ては帝国軍の石碑の前に跪き、じっと祈りを捧げている。そうした姿にパフォーマンスだと批判する勢力はいるが、それでも彼女は何度も帝国に足を運んでいた。


 英雄はもういらない。彼女は聖剣を父の墓地へと置いたという。戦いが起きないようにするために戦う。それが彼女の意志であり、そして俺の意志であった。


『とはいっても、あくまで両国間の話であって、大陸の外との戦いはまだわからんからな』


 俺はそんな風に思いながら、彼女をみつめる。きっと戦争を無くすことなんて難しいのだろう。人は異なり、価値観も違う。そしてそうした価値観の違いが、対立を生むのは容易だ。


 だがそれでも、俺はそれでもと言い続けよう。価値観が同じになることはない。人の欲が消えることも。だが、お互いを理解する姿勢をもつことは不可能ではない。個人に依るのではなく、世界の仕組みとして、お互いをもっと理解しやすく、欲望の暴走を抑えやすくすることは可能だ。


 例えば交流が進むのは価値観を尊重し合う一歩目だろう。そして監視の目が強くなることは、欲望の暴走を抑えることになる。有事を事前に防ぐ仕組みが整っていれば、すくなくとも事ある毎に英雄の誕生を待たなくて済む。


 英雄の誕生は、即ち犠牲の誕生でもあるのだから。


(まあ、万全万能な仕組みなんて、ありはしないんだけどな)


 俺は小さく息をはく。これが今の自分たちの戦いだ。


それは仕組みを守る戦いではない。仕組みを作り続ける戦いである。


 きっとそれは戦争よりもはるかに難しい道のりだろう。戦争はいつか終わるが、この戦いは終わらない。平和な世界は、常に作り続けていかなければならないのだ。


 まったくもって馬鹿な挑戦である。


「さあ、アルベール。仕事は多いわ。行きましょう」


 クローディーヌがそう言って歩きだす。帝国領だというのに、どうしてこうそこまで堂々と歩けるのか。下手したら暗殺されてもおかしくない。


 するとクローディーヌが振り向く。


「貴方が守ってくれるのでしょう?」

「っ!?」


 こいつ……。心を読んでやがるのか?王国の女は何でこうも勘が鋭い……。いや、多分女の勘なんだろう。ここには王国も帝国もないのだ。


 俺はそう思うことにした。


「へいへい。今行きますよ」


 俺はそう言ってその後ろをついて行く。


 課題は山積みだ。組織体制や共通の法律作り。ゆくゆくは共同政府も作れればなんて考えているが、それも揉めるだろう。何より、平和が気に入らない連中や、元々の権益者層で俺達に恨みをもつ者も多い。


(だが、それを俺達だけで背負うこともないだろう)


 皆で背負い、戦う。これがこれから俺達が目指す先だ。自分だけを犠牲にしても、他者に損な役回りをさせてもいけない。皆が少しずつ、理想の世界への責任を担うのだ。


 だからこそ、皆に伝えよう。そして、未来の人達に届けよう。自分たちが何を目指し、何を想うのかを。これまでに散っていった数々も馬鹿者達の夢を、未来の馬鹿達に届けるのだ。


 英雄などを必要としない、皆で支え合う世界のために。俺は今日も、次の世代のために報告をしたためている。


英雄譚などではない、血の通った歴史として。俺自身の想いも込めて。報告書や歴史書としては二流だが、伝えるべきものは伝わる。そう信じて。


 その時、風が吹いた。


 力強い東の風が、そのまま天へと昇っていく。


(もう少しそっちに行くのは遅くなりそうだ)


 俺は今持っていた報告書を手放し、風に乗せた。どうせいくらでも書くのだ。別に一枚ぐらい風にくれてやる。それに星空にいる奴らも、きっと暇しているのだ。


「アルベール、遅れてるわよ」

「はいはい、今行きますよ」


 俺はそう言ってつい止まっていた足を再び動かす。


 この想いは、いつか誰かに届くのだろうか。いや、考えてもしょうがない。やるべきことをやるだけだ。


 次の世代へ、この戦いを繋げるために。この想いが、未来へ届くように。


 俺は力強く踏み出していく。













 君の世界に、英雄はいるだろうか。


 もしいるのなら、もう少しだけ違った形で、存在していることを願う。
















著:アルベルト・グライナー及びアルベール・グラニエ
















報告:女騎士団長は馬鹿である 完








最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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