報告:博打と策略と
誤字報告をしていただいた方、ありがとうございます!とても助かります。
(そういえばいつだかカードゲームで賭けをしたことがあったな)
俺は情報を整理しながら、第七騎士団でのある日のことを思い出す。あれは確かフェルナンがいて、ダヴァガルも生きていた頃だ。兵営所の一室で、暇つぶしに賭けをしていた。
(あのときはイカサマで負けたことにしていたが……。実際あの日の手札は酷いもんだった)
そんなことを思い出しながら少しだけ口角を上げる。もう二人ともここにはいないが、今となっては懐かしい思い出だ。俺はそう思った。
城塞は異常な程静かだった。兵達の多くは眠ってしまったのだろう。普通ならこんなとき眠れない兵士が多いが、それでも休むことができるのは彼等が前線で戦い抜いてきた猛者揃いだからだ。休息こそが、明日の生存率を上げてくれると知っている。
今日攻撃を防ぐことができたのは、彼等のような歴戦の兵士達がいたからだろう。確かに相手の一撃は重かったが、それでもその後の対処が早かった。第七騎士団も、帝国の兵士も、何をすべきかお互いにわかっているようであった。
(戦場という地獄が、認識を共有させている……か。皮肉なもんだな)
だがそれでも長く持つわけではない。ボルダーの時のように、防衛する期間があらかじめきまっているのであれば、長期戦も可能だろう。
だが現在の自分たちには物資も人員も来るはずの援軍もありはしない。故に短期決戦は必須の条件であった。
明日には地獄を見ることになる。巨大兵器を破壊に行く第七騎士団も、そして城塞を守らなければならない兵士達も。皆が皆捨て身の大博打を打たざるを得ないのだ。
(そもそも千人足らずで十倍以上の連中を相手しなきゃならないんだ。当然と言えば当然か)
そんなことを考えていると、外から近づいてくる足音が聞こえる。わずかな音だが、確実にこっちに向かってきていた。俺は臨時のテントから出て、その来訪者を迎える。
「おっ。気付いたか」
そこにいたのは『鷹の目』と称される狙撃手だった。驚かそうとでもしたのだろうか。彼は「残念」と言った表情を浮かべて、こちらをみている。
「どうしたんだ?こんな時間に一人で」
「どうも寝付けなくてな。それによく分かったな。音は殺していたつもりだが」
「よけいなことを。生憎こちらはスパイの経験年数も長いからな。その辺の警戒も心得ている。すぐに見破られた誰かさんとは違ってな」
「はいはい。流石ですね。中佐殿」
グスタフはわざとらしくお手上げといったジェスチャーをする。そしてすぐに表情を真剣なものへと変えていった。
「それより明日のこと、どうする?」
グスタフはまっすぐ此方を見ている。彼は決して諦めてはいない。自暴自棄にもならず、本気で勝つ気でいる。きっとその理由は、自分のためではないだろう。
誰かのために戦う者は、その心を決して折らないのだ。
「第七騎士団で攻撃を仕掛けるのは変わらない。それにあの兵器も、連発はできないのは確実だ」
「しかし今日撃ったとはいえ、明日にも撃ってくるだろう?それはどうする?」
「ああ。だからそれを俺達は待つ」
「どういうことだ?」
「クローディーヌの秘術なら、あの砲弾を防げる。それに、敵部隊の準備を観察すれば、大体どのタイミングで撃ってくるか分かるはずだ。相手も此方の混乱に乗じて攻めたいはずだからな」
砲撃をふせいでからさらに次の砲撃が行われるまでの時間、それが自分たちに許された作戦行動時間だった。敵の整備力にもよるが、半日から一日はかかるだろう。じゃなければあれほどの古く大きな大砲では弾がまともに飛んでいかない。
だがクローディーヌは城塞で防御をおこなわなければならないため、不意打ちのようなことはできない。回り込もうにも次の砲撃が来る可能性がある上に平野部で敵の視界に入りやすい。必然的に正面突破せざるを得ない状況でもあった。
(おそらくグスタフは、それを見越して俺に聞きに来たのだろうな)
俺はグスタフの様子を観察する。諦めてはいないが、決して楽観視はしていない。彼も彼女の秘術の力は知っているが、それでもそれでどうにかなるほど甘いものではないと考えているのだ。
「無論、できる限りの用意はする。だが、戦力が圧倒的に足りていない以上、ある意味では秘術による高火力一点突破という博打をうつしかない。クローディーヌがルイーゼを破ったときと似たような形だな。秘術という不確定の要素に、俺達の命をかける」
「随分な作戦だな。大丈夫なのか?」
「そう言うな。それに、できる限りのことをすると言っただろ?軍曹にも仕事はしてもらう」
俺はそう言ってグスタフに指令書を渡す。グスタフはそれに目を通し、その場で火をつけて処分する。そしてその紙が燃え切らぬ内に、少し小さな声で話し出した。
「……あと報告がある。ケルンの村からだ」
「ケルンの村?」
俺が聞き返す。
「ああ。あそこには俺が隠しておいた通信機があるからな。元々は俺の追っ手が村に来ないか探るために使っていた奴だが」
「成る程」
「王国へ向かうとき、村に暗号作成用の書類も置いておいた。何かあったら、デュッセ・ドルフ城塞の受信機に送れと。……俺にしか読めないやつだが、あんたぐらいなら解析できる程度の暗号だ」
グスタフはそう言って解読済みのその文書を渡してくる。俺はそれに目を通し、彼同様その文書を焼き捨てた。
「軍曹、とにかくもう休んだ方が良い。余計なことは考えず、ただ一つのことに集中しよう。戦いが始まってからは、余計なことを考える方が危険だからな」
「ああ。それはあんたに任せるよ。俺は常日頃から余計なことはしない主義だからな」
「……そうか」
グスタフはしっかりと俺の目を見てから、その場を後にした。
「俺も休もう。後はもう出たとこ勝負だ」
俺はそう呟いてテントに戻る。もし生き残ることがあるなら、彼を副官にでも雇ってやろう。そんなことを考えながら、ゆっくりと横になり、瞼を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。




