報告:何が人を惹き付ける
「それで?」
ドロテがグスタフに問いかける。二人は今、ドロテの屋敷にいた。
第七騎士団の兵営所は既に憲兵が目を光らせている。下手によそ者を連れて行けば、足を踏み入れる絶好の機会をあたえることになるだろう。だから彼を連れてはいることはできない。
「さっき掘り起こしたこの文書、こいつに政治家や貴族、高級軍人達のスキャンダルが積まれている。こいつで国の反感を買い、そして……」
「残念だけど、それは無理よ」
「えっ?」
ドロテが少しうつむき加減に否定する。
「王国は既にかなりの人が見せしめに逮捕されたわ。団長の支持者の、有力者から特に。団長を支持する人にはいろんな人がいたけど、軍の実権は基本的に反クローディーヌ派に抑えられている。結局、暴力をもった連中が最後には勝つの」
ドロテのその言葉には、既にいくらかの諦めが混じっている。グスタフはそれを感じ、それを許せなく感じた。
「他に方法を考えよう」
「他にって?何ができるっていうの?」
「分からない」
「分からないって……」
「だが考えるしかない。それに一つではだめでも、いくつか組み合わせれば活路は見いだせるかもしれない」
グスタフはそう言い、まっすぐドロテを見つめる。既に覚悟はできているのだ。『行くか、戻るか』ではない。『どう行くか』を考えなくてはならない。
それに世の中は常に望みが無いわけではない。踏み出す先に、様々な障害が待ち受ける一方で、時に思わぬ風が背中を押すこともある。
そして時にそれは必然のように、風が吹くのだ。
「ドロテ様、お客様です」
ドロテの元に、女中がやってくる。ドロテは「誰が来たの?」と彼女に尋ねた。
「お二人の女性。姉妹のようです。名前はレリア様とマリー様とおっしゃっていました」
ドロテはグスタフの方を見ると、グスタフは何も言わずに頷く。
ドロテはそのまま二人を招き入れるように伝えた。
「どうしてここに?」
「お姉ちゃんに呼ばれて。あ、紹介します。記者をやっている姉のマリーです」
「はじめまして。マリーといいます。王立新聞の記者をやっています」
マリーはぺこりと頭を下げる。レリアに姉がいるとは初耳だった。しかし警戒すべきはその肩書きだ。
「それで、お姉さんを連れてどうしたの?」
ドロテは少しだけ警戒を強める。下手をすれば、ここで二人とも通報される可能性もある。
「ドロテ隊長こそ教えてください。どうして今ここに帝国人の彼がいるのか。彼が何のためにいるのか」
レリアがはっきりと尋ねてくる。グスタフは背中を抑える振りをして銃に手を添える。しかしドロテが手で制して、レリアに回答する。
「団長を、そして副長を助けるためよ」
「……………」
嘘をついても仕方が無い。ここで道を別つのであればそれまでだ。
しばらくの沈黙。戦いの前のような緊張感が漂い始める。
しかし少しして、レリアとマリーが互いに目を合わせ、大きく息をはいた。
「よかった。敵じゃないんですね」
お互いに疑心暗鬼になっていたのだろう。レリアもマリーも、それぞれに思惑を持っていたようだ。ドロテはそう感じながら、ここに来た理由をあらためて尋ねていく。
「すいません。実はお姉ちゃんとなんとか団長と副長を助けられないかと画策してて」
「画策?でも貴方のお姉さんは二人を助ける義理はないんじゃ……。団長の信奉者ってこと?」
「いえ、違います。姉は副長にぞっこんで……」
「ちょっとレリー!余計なこと言わないで!」
マリーがレリアの言葉を慌てて消しにかかる。あんな副長が意外なところでモテていたとは。ドロテはどこか感心するように顔を赤くして咳払いをしているマリーを見た。
「でも画策って?どうするつもりだったの?」
ドロテの質問に、今度はマリーが答える。
「味方を作る予定よ。具体的な先としては、まず第五騎士団ね」
第五騎士団。以前合同で戦ったマティアス・ガリマール団長が率いる銃兵・砲兵・工作兵で組織された変わり者の軍団だ。味方になってくれる可能性はないわけではないが、彼等は以前の戦いでベルンハルト率いる部隊にかなりの損害を負わされている。
「彼等が味方になってくれるかどうか……。それに、損害も……」
「いえ。頼みにするのは彼等の武力だけにではありません」
マリーが説明する。
「マティアス団長は王国でも有数の貴族の当主です。政界に興味がないせいで、あまり実権を振るってはいませんが、それでも彼に味方する貴族は多くいます。特に、現体制に距離を置いている貴族が」
「成る程。それは有効かもしれない。ただ……」
ドロテの懸念は、他の人間にも分かっている。『要するに彼が協力してくれるのかどうか』それが問題なのだ。かつての戦友だからといって『はいそうですか』と協力してくれるわけはない。ただでさえ勝つ見込みの少ない戦いに、乗ってくる人間は少ないのだ。
「他にあてはないの?」
ドロテがレリアに尋ねる。するとレリアは「一応もう一人候補を考えたのですが……」と言葉尻を濁す。
悠長なことを言っている場合ではない。ドロテはレリアにその候補を尋ねる。
「……第九騎士団。フェルナン隊長のところに話に行こうかと思ってました」
「それは……かなり危険ね」
ドロテは腕を組みながら考える。フェルナンがモリエール家の人間と親しくしていることは周知の事実だ。つまり今の彼は、もっとも王国の上層部に近いところにいる。それは反クローディーヌ派の中心にいるということでもある。
(兵力が足りないのはあきらか。第九騎士団の兵力は欲しい。それに彼が揃えば、本当の意味で第七騎士団が揃うことになる。士気が上がるのは確実……)
しかしそれ以上にリスクがある。彼を通じて、自分たちの企みがバレる可能性も高いのだ。普通ならばこの選択肢はとれない。
(でも、どうすれば……)
ドロテがそう考えていると、これまで黙っていたグスタフが口を開いた。
「ちょっといいか」
グスタフが何かのメモ書きを取り出し、話を続ける。
「俺が今の話を聞いていて、もし迷っているのならば伝えておく。俺は第七騎士団の各隊長と、マリーという記者に伝えるように言われていた。ここで二人に会えたのは幸いだったが……」
グスタフが続ける。
「俺は《《合計3人》》に伝えろといわれた。方法は手紙でもなんでもいいと。だが、人数は確かに《《3人》》だった。マリーさん、ドロテ、それにもう一人だ。これだけは伝えておく」
グスタフがそう力強く言う。そうとなれば答えは出ていた。
「堂々と伝えに行けば、敵方にバレるでしょうね。それに、会いに行くなら騒ぎを起こす前の方が良い。明日私が彼のところに忍び込むわ。レリア、貴方も来て。……貴方はどうする?」
ドロテがグスタフの方を見ながら尋ねる。グスタフは何を馬鹿げたことをと言わんばかりに「当然ついていくさ」と答える。それを聞いてドロテも彼の方は見ずに「ありがとう」とだけ答えた。
「ドロテ隊長も少し変わりましたね」
「何、レリア?」
「いえ。何でも」
レリアが少しうれしそうにするのとは対照的に、ドロテは少しだけ複雑そうな顔をする。しかしいつまでものんびりしてはいられなかった。
「マリーさん、貴方にこの資料をあずけるわ。……副長がしたためていたものよ」
「アルベールが……。これって」
「ありとあらゆる弱みだそうだけど。使えそう?」
「うん。これならもっと味方を増やせそう」
マリーの言葉を聞き、三人は頷く。それぞれでなすべきことがまとまった。
「それじゃあ、後はそれぞれで動きましょう。報告はレリアの秘術による通信で、朝晩二回ずつお願いできる?」
「わかりました。あまり遠くだとできないので、皆さん決まった時間にこの屋敷の近くに来てください」
「タイムリミットはせいぜい十日ね。それ以上だとあの二人を助けに行くのに間に合わなくなる。十日後には集まった部隊で、最悪私の部隊だけでも、デュッセ・ドルフ城塞を目指すわ」
「「了解」」
話がまとまり、それぞれこれからの計画を練っていく。いずれにせよ時間は限られていた。
この日から三日後、帝国軍の拠点が破壊されたとの情報が入る。兵士の損害はなく、ただ物資が悉く破壊されていた。
そして集まった兵の元に、金髪碧眼の英雄が名乗りを上げる。
『我が名はクローディーヌ・ランベール。両国を貶める悪漢、賢知将軍アウレールを討つために参上した!』
この言葉と共に、両国に激震が走る。
賽は投げられた。
あまりにも分の悪い賭けが、今始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。




