表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第四章 報告:
172/193

報告:シュリーフェン・プランを開始せよ







「それで、これからどうするの?」


 クローディーヌが聞いてくる。帝国領東部、ケルンという小さな村に俺達はいる。部屋には俺とクローディーヌ、そして何の縁かかつて捕らえた男、グスタフがいた。


「簡単なことだ」


 俺が答える。目的ははっきりしている。そしてやるべきことも。その意味では考えること自体は容易く、簡単なことである。


 『行う』ことが簡単かは別にして。


「王国と帝国、両方とも倒す。これしかない」


 俺の言葉にグスタフは呆れ、クローディーヌは既に覚悟を決めたように笑っていた。












「状況を整理しよう。今俺達は決闘の最中に逃げ出し、ここにいる。そしてそれは双方の部隊に見られていた」


 俺が二人に話していく。


「となれば両国内部、特に上層の連中は俺達がつながっていることをこれでもかと宣伝するだろう」


 俺はそう言って二人の様子を観察する。クローディーヌはただじっと此方をみつめており、グスタフは頭をかきながら余所を向いていた。


「……じゃあもう打つ手なしじゃないか」


 グスタフが呆れたように言う。普通に考えればそうかもしれない。しかし重要なのはここからだ。


「だがやりようはある」


 俺は続ける。


「敵を国家全体ととらえるから難しく感じるんだ」


 その説明にグスタフは納得がいかなそうに此方を見ている。


「全体って……。だが実際そういうことじゃ」

「いや、違う。個人と組織とでは、考え方が違う。俺達はあくまで個人の排除を目指すのであって、国と戦争をするのではない」


 俺が説明する。


「目標は王国・帝国双方の将軍だ。だが、帝国側はアウレール一人でいい」

「でもそれは実質国を敵に回すのと同じじゃ……」

「帝国貴族は狙わない。マルクス将軍も、他の帝国兵も」

「え?」

「此方に発砲する者のみを殺す。発砲を命じる者を殺す。アウレールに味方するもののみを殺す。これを徹底する」


 俺はクローディーヌの方に目をやる。彼女は何か思うことがあるのか、真剣な表情で考えている。どうやらグスタフは合点がいかないようだが、クローディーヌは俺の意図を掴み始めているみたいであった。


「両国の内部分裂を狙う……そういうこと?」

「そうだ。厳密には此方の仲間になってもらうか、傍観をきめてもらう」


 俺は話を続ける。


「基本方針はこうだ。まず俺達は堂々と宣言を出す。王国の将軍とアウレールはつながっている。故に自分達は手を取り、この意味の無い戦争を終わらせると」

「しかしそんなものを信じるのか?」

「普通は信じない。だが信じたくなるかどうかは別だ」

「どういうことだ?」

「同時に裏で根回しや情報操作といった裏工作を行う。特に王国には、抱えきれないほどのスキャンダルがある」


 王国に在籍していた頃、無駄に司令部で雑用をしていたわけではない。王国の情報管理は帝国以上に雑だ。不正に汚職など様々なスキャンダルを証拠と共に抑えてある。


「俺が抑えた王国幹部のスキャンダルを、王国中にばらまいていく。特に王国は戦争継続のために追加の税もとっているだけに市民から反感を買っている。民衆は食いつくだろう」


 俺はクローディーヌの方を見る。何かを思い出すように少し悲しそうな顔をするのは、そうした民衆の苦労を知ってのことだろう。


「それに俺達はあくまで王国の軍部しか狙わない。つまり、神官は無視するってことだ。ここで神官側が軍部を見限れば、王国はもはや機能しない」


 王国の主力は秘術であり、多くの秘術士は神官側の人間だ。九割の一般兵も一割の秘術士がいなければ怖くない。


 となれば王国軍は戦わずして一時的な麻痺状態にできるかもしれない。その隙に全力でアウレールを叩き、そして返す刃で将軍を討つ。可能性はここしかない。


「しかし……そんなにうまくいくかね?第一、その工作を有名人二人がやるっていうのか?」


 グスタフが言ってくる。俺は肩をすくめながら、『何を言っているんだ』とばかりのジェスチャーをとる。


 もちろん、俺達はやらないのだ。


「グスタフ軍曹、君がやるんだ」

「……はい?」

「汚職等の資料は王立墓地のダヴァガル隊長の墓横に埋めてある。よろしく頼んだ」

「いや、そんな。やるわけが……」

「ドロテ隊長にも会えるぞ?」

「え?ってそんなのに乗るわけ……」


 グスタフがそう言いかけたとき、不意にドアが開く。


「あんた!何言っているのさ!」


 突如として聞こえてくる声に、俺達は視線を向ける。少し歳をめした女性が腕を組みながらドアの横に立っていた。


「母さん、勝手に入ってくるなって……」

「しょうがないだろう?呼びに行って帰ってこないし……。それにフレドリック様のご子息がいるわけだしね。……アルベルト様、何か不自由はございませんか?」

「お気遣い感謝します。美味しいお食事もありがとうございました」

「あら、やだ。簡単なものしか用意できてなくて。でも今とびきりの料理を作っているから、もう少し待っててね」

「母さん、もういいから」


 グスタフが母親をなんとか部屋からだそうとする。しかし母も強く、しばらく粘っていた。


「それにあんた!あのアウレール将軍を討伐しに行くんだろ?やっぱりあの男はいけ好かないと思ったんだよ」


 グスタフの母親はそう言って、何か納得したように頷いている。かなり強引な女性だが、自分たちの後押しをしてくれるという点では心強かった。


(彼女のお陰で、この村の人達は俺達に味方してくれている。だがいつ告発されるかも分からない。早く動くに越したことはないな)


 俺は拳を握りしめる。かなり握力も戻っていた。


「すいません。この町の郵便はどのように?」

「三日に一度郵便屋が来るよ。何か手紙かい?」


 俺は既に書いておいた手紙をグスタフの母親に渡す。手紙は二通あり、一通はルイーゼへ、もう一通はシュターフェンベルグ卿へだ。


(シュターフェンベルグ卿。あの式典の中で俺に近づいてきただけの男。果たして賭けになるか……)


 俺はひとまず考えるのをやめ、準備を始める。王国と帝国双方の中間にある要塞、デュッセ・ドルフ城塞へと向かうために。


 当然、二人だけでは戦いにすらならない。かといってアウレールと戦うのにルイーゼの兵はたよれない。となれば必然的に、王国軍の部隊を呼ぶしかない。それはつまり、第七騎士団を呼ぶことと同義である。


 彼等が来るだろうか。状況が許すかも分からない上に、許したとしてもリスクを背負ってまで来るかも分からない。だが、いずれにせよ賭けに出るしかない。後はどれだけ勝ち筋を増やせるかだ。


「明日出立します。自分達が出立して十日後に、デュッセ・ドルフ城塞に彼等が向かったと広めてください。あそこで籠城し、味方を待ちます」

「分かりました。アルベルト様もお気を付けて。それに……」


 「王国のお嬢様も」。グスタフの母はそう言ってクローディーヌに微笑みかける。そう言われてクローディーヌが少し驚いたような顔をするが、グスタフの母がにっこりと笑うと、不思議とクローディーヌにも笑みがこぼれた。


(いずれにせよやるしかない。この『馬鹿げた作戦シュリーフェン・プラン』を)


 俺はもう一度拳を握る。


 戦いは近い。


















「そうか。あんたはそういう決断をしたのか。副長」


 暗い部屋、一人の騎士が剣をとる。既に明かりは消えており、その豪華絢爛な部屋も、暗闇の中に溶けていた。


 そこに一人の少女が入ってくる。


 いくらか言葉を交わしただろうか。少女はついに耐えきれなくなり、はげしく怒鳴った後に部屋を飛び出していく。


 部屋には誇りを失った一人の騎士が、ただだらりと座っていた。





 戦いの時は近い。






読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いったいこっちの世界のシュリーフェンさんはどんなアホな作戦考えたんや
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ