自己矛盾の在処
人は、自分にも他人にも一貫性を求めるという。それ故に自分の理想が高いほど、自分の現実との乖離に苦しむのだそうだ。
もし誰かの言っていることとやっていることが一致していなければ、その人間は信用できないと考えるだろう。逆に言動に一貫性があれば、その人間を信じやすくなるという。
今自分が行おうとしていること、それはこの矛盾の解消であるはずだ。俺は生きるという目的のため王国へ身を潜め、時には仲間さえも囮にした。それは揺るがない。
……否、それは正確ではない。もともと仲間など存在していない。そのようなもののために命を落として、一体何になるというのか。それは父を見ればよく分かる。俺の全ての行動原理は、自分という個人への利得最大化にあった。
しかし一度だけ、確かにそれが狂った。あのとき、クローディーヌ・ランベールの命を救い、帝国へと復帰したときだ。そしてそれをベルンハルト将軍は指摘した。その指摘は、間違いなく正論だった。
だからそれを正さなければいけない。自分自身の一貫性を取り戻し、甘さの精算をしなければならない。そうすればきっと、自分に住み着く矛盾への嫌悪が、自分の頭にこびりつく悪夢が、消え失せることだろう。
俺は自分にそう言い聞かせ、寝付けないベッドから起き上がる。今日もまた、彼女の微笑む顔が頭をよぎる。今まで見たことないようなその美しい笑顔は、思い出に美化されているが故だろうか。
俺は外へ出て星空を見上げる。
帝国の夜空には、相も変わらず美しい星々が瞬いていた。
地面に腰掛け、ただ静かに夜空を見上げる。そんな彼女に、レリアが近寄り、声をかける。
「団長、明日はその……。早く、お休みになってください」
陣営のそば、少し小高い丘にクローディーヌとレリアはいた。クローディーヌはゆっくりと立ち上がり、レリアの方を向く。
「大丈夫よ、レリア。それより、貴方こそしっかり休んで。明日はきっと厳しい一日になりますから」
「そんなっ……。団長ほどじゃありません……」
レリアは既に泣きそうな顔をしている。クローディーヌは彼女を抱き寄せて、優しく頭を撫でた。
「団長は、どうして決闘を申し込んだのですか?」
レリアが言う。その言葉に、クローディーヌは少し黙ってから「ごめんなさい」と呟いた。
「あ、違うんです。決して団長を責めているのではなくて……。ただ……」
「ただ?」
「意外だな、とも思って」
レリアの言葉の意味は、クローディーヌにもなんとなく分かった。それはクローディーヌへの驚きでもあり、同時にアルベールへの驚きでもあるのだ。決闘の申し込みも、そしてそれを彼が受け容れたことも、レリアには思いもよらないことだった。
(そうね。普通なら彼は受けないでしょうね)
クローディーヌは大まかにレリアに説明していく。
「まず私の意図は、これ以上人を巻き込みたくなかったこと。既に戦いは私物化されはじめているのに、これ以上人が死ぬ必要はないわ。帝国も、王国も」
クローディーヌは続ける。
「それに彼は受けざるを得なかったわ。彼だって王国にスパイに入っていたとはいえ、帝国とも戦っていたのだもの。私からの戦いから逃げれば、あらぬ疑いをかけられる。それは彼も避けなくてはいけないわ」
「……成る程。そう考えればそうですね」
レリアが納得したように此方を見上げている。しかしまた少しして、不安そうな顔に戻ってしまう。その意図が理解できるだけに、クローディーヌはどこかうれしくもあった。
(随分と慕われたものね。私も、彼も)
明日、どちらかが死ぬ。それはレリアにとってはこれ以上無いほどに辛いものなのだろう。クローディーヌは再度彼女を優しく撫でた。
「レリア、もう明日に備えて休みなさい」
「っ?!それこそ、一番休まなきゃいけないのは……」
「……レリア、これは命令です」
思いのほか強い口調に、レリアは何も言うことができなかった。おそらく、クローディーヌがこのような表情をしたのは初めてだっただろう。レリアは何かを感じ、素直に引き下がった。
「……わかりました。でも、団長も休んでください。見張りは東和部隊の方々が行ってくれていますから」
「ええ。すぐに戻るわ」
クローディーヌがそう言うと、レリアは陣へと戻っていく。レリアが遠くまで行ったことを確認して、自分の後ろにいる人物に声をかけた。
「もう出てきて良いわよ。ドロテ」
「………」
クローディーヌに呼ばれて、ドロテが丘の反対から現れる。彼女も同様に何か言いたげな表情をしていた。
「随分と余裕ね」
ドロテが話す。
「ここ三日、碌に休めていないでしょ?部下ばかりを休めて、戦うのは貴方だって言うのに」
「大丈夫よ」
「……誤魔化さないで。秘術を見れば明らかよ。今の貴方では、副長はおろか、万全な私でも……」
そう言うドロテに、クローディーヌは指をさす。その方向にドロテが目をこらすと、うっすらと帝国兵が見えた。
「あれは……っ?!」
「帝国の狙撃兵。おそらくは脅しでしょうけど、私が油断したらやるつもりでしょうね」
おそらくは彼、アルベルト・グライナーの仕業だろう。此方に心理的休息を与えない。それだけで秘術の回復は十分ではなくなる。彼はそんな秘術士の特徴をよく理解していた。
「でも、戦うのはあなたでしょ!私たちに警戒を命じ、休むことだってできたはず。そんなに私たちが信用できないっていうの!」
「………」
ドロテの言葉に、クローディーヌは一瞬だけ目をそらす。そして一度目を閉じ、意を決したように彼女の方を見て微笑んだ。
「貴方には、伝えておくわ。これは……」
クローディーヌはドロテに近寄り、耳元で囁くように伝える。そして一通り伝え終わったとき、ドロテの身体が震えだした。
「……嫌いよ。あんたなんか……大嫌い」
「私も大好きよ。ドロテ。……さあ、今日は休んで」
クローディーヌに背を向けて、ドロテは陣へと戻っていく。クローディーヌはいつまでもその背中をみつめていた。
そして、日は昇った。
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