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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二章 東部戦線異状あり
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報告:正直者は馬鹿を見るのである

 






 けたたましい音が鳴る。馬が大地を駆け抜ける音だ。あんなに軽々と地面を蹴る割には、その衝撃は少し離れた俺の所にまで響いていた。


「このフェルナンに続け!賊を掃討する!」


 貴族のぼっちゃんがけたたましく叫び、突撃する。馬があるだけで兵士の戦闘力は跳ね上がる。とりわけ東の名馬たちを奪ってきたのだから当然と言えば当然か。


「私は、今日も後ろで見ているだけなのね」


 クローディーヌが呟く。


「はい。大将たるものそう安々と前線に出られても困ります」

「そう。やっぱりなんだか慣れないわね」

「我慢してください。どうせすぐに終わりますから」


 俺は彼女にそう告げる。


 今回の任務は賊の討伐である。火事場泥棒が必然的に生まれるように、戦争が起きれば必ず治安が悪化する。我々第七騎士団は戦場に近い地域で、治安が悪化した村の治安維持任務を請け負っていた。


 以前のようであれば、この騎士団は賊の討伐すらままならなかっただろう。しかし今回はいくらか違う点がある。


 まず一点目は馬を有している点だ。馬があるかないかで、兵卒の戦闘力は大きく変わる。特に相手が秘術や遠距離攻撃を持たないのならば尚更だ。一方的に戦闘を進めることができる。


 二点目は一度勝利を経験しているという点だ。人間というものはどこか図々しく、勝てる戦には積極的に参加しようとする。今回の戦いではどの団員も士気が高く、作戦行動は順調に進んでいった。


(しかし帝国は既に燃料で走る車を持っているというのに、この国は馬を主力として使うのか。まあ王国らしいといえば王国らしいが)


 西のウェイマーレ帝国では著しく機械化・工業化が進んでいると聞く。勿論王国も進んでいないわけではない。庶民が使う移動手段はもっぱら鉄道だ。


 しかし王国軍の上層部曰く、そうした機械は品位に欠けるらしい。騎士団で機械式戦車を取り入れている部隊はいない。


(そりゃあんた達は秘術を使えるから良いけど、俺はそういうのないからなぁ)


 秘術が信仰を重要とするように、その形式主義も重要なのだろう。もっともそれで割を食うのはそういう能力のない俺みたいな人間だが。


 しかし機械化も手放しに良い面ばかりではないらしい。というのも機械化の影響で帝国では魔術師の地位が下がってきてしまっているとのことだ。まあ機械でできるのなら魔術師に頼る必要もないから当然と言えば当然だが、いずれにせよ何事にも複数の側面があるのである。


(しかし圧倒的だな。数は向こうの方が少し多いぐらいだが、これじゃもうすぐにでも終わってしまう)


 俺は貴族のぼっちゃん率いる部隊の様子を見ながら感心する。もっとも敵の退路を塞ぐダヴァガル隊や補給路をきちんと確保しているドロテ隊の貢献も多分にはあるのだが。


「ねえ?」

「ん?」


 クローディーヌが話しかけてくる。


「何故私は後方待機なの?」

「そりゃ……大将ですから」

「でも客観的に見て、私はこの団では戦闘能力は秀でている方だし、何より温存していては余計な被害が……」


 まるで自分は傷ついても構わないと言わんばかりのその態度に、俺としてもどこか気になる部分はあった。それが英雄の娘として、貴族として育った彼女の思想なのだろう。俺からしてみれば馬鹿としか思えない考え方だが。


(適当に話を合わせてもいいが……まあ説明するか)


 俺は特段隠すことでもないので彼女に今回の作戦の意図を説明する。


「団長、貴方の言うことは分かります。確かに一回の戦いであれば、団長は前に出るべきでしょう」

「ならどうして?」

「問題は戦いがこれだけではないということです」


 俺が続けて説明する。


「この団は団長に頼り切ってしまい、士気が極端に低い状態にありました。誰だってリスクは負いたくありません。なるべく安全な場所で戦いは別の人間に任せたい」

「誉れある団員が、そのようなこと……」

「人は理屈ではなく、感情で動くのですよ、団長」

「っ!?」

「仮に表向きはそうだとしても、人間がもつ生存本能が抗うのです。生き残るためにリスクは背負うなと」

「…………」

「だから彼等自身にも戦わせる必要がある。貴方が戦うのは必要なときだけで良いのです」


 今までそんな考え方をしてこなかったのだろう。クローディーヌはどこか考え込んでいる。俺からしてみれば彼女が働いてくれることは歓迎だが、その結果他の人間がサボるようになるのでは本末転倒だ。


「それにフェルナン隊長のことも気になります」

「フェルナン?どうして?」

「前回の戦い、私が勲功一位になったことをよく思ってはいないでしょうから」

「あっ」


 俺の言わんとすることを察したのかクローディーヌは少しだけ申し訳なさそうにする。彼女の考え方は理解できる。彼女なりに部下や功労者に報いたつもりなのだろう。だから俺を勲功第一位に指名した。それは重要な心がけだ。


 だが人は理屈で動く生き物ではない。多少は理解していても、自分がリスクを背負って戦っている後ろで、指示を出していただけの人間が評価されることは気に入らないだろう。たとえそれが社会の仕組みだとしても。


(馬鹿正直に戦う人間が割を食うのが、社会の道理か……)


 いつだって上層部の失態を尻拭いさせられるのは馬鹿正直について行く人間だ。戦争ではその代償が命によって支払われる。だからこそ本来であれば指揮官にはそうした感覚を持ち合わせた人間が配置されることが望ましい。


(そうした馬鹿正直に戦う人間の心を理解しつつ、一方で冷酷な判断を下せるような指揮官。そんな異常な程のバランス感覚をもった指揮官がいたら、そいつには敵わないだろうな)


 俺はまだ見ぬ東和人の指揮官を思い浮かべる。指揮を執っているのはあの男だろうか。それとも別の人間だろうか。いずれにせよ愚かであって欲しい。だれだって死にたくはないのだ。


 勝ちどきがあがる。どうやら終わったようだ。


「団長、行きましょう。今日はねぎらうのが団長の仕事です」

「ええ、わかったわ」


 クローディーヌはそう言うと慣れた様子で馬に乗る。彼女の長く美しい髪がわずかに揺れる。確かにその姿は優美であり、機械化した社会では見れないものであった。


「どうしたの?」

「いえ、なんでも」


 俺はそう言って馬に乗る。


 形式主義も悪くはない。俺は少しだけそう感じた。







読んでいただきありがとうございます。

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