運命が俺を笑う
「ベルンハルト将軍、東部方面軍より電報の報告があがったようです」
「……内容は?」
「東部方面軍、王国第七騎士団を撃退するも被害あり。本隊は一時戦線を下げ、立て直すとのこと」
「負けたのだな……」
「しかし将軍旗下の部隊からの報告ですと、どうやら第七騎士団を撃退したのは事実らしいです。戦ったのは……グライナー中佐とのこと」
「そうか。アルベルトは……アルベルトはどうした?」
「どうやら生きているようです」
「……彼女は?」
「彼女?」
「英雄の娘だ」
「撃退したとの報告ですので、おそらくは生きたままかと。仕留めてはいませんが、今は生きて撃退したことを喜びましょう」
「そうだな……生きているのだな」
「はい」
「それはよかった……」
しばしの静寂。シュタイガーは不思議に思い、ベルンハルトの近くへと歩み寄る。
「……将軍?将軍っ?!」
シュタイガーは慌てて部屋を飛び出した。
「しかし危なかったな」
俺は第七騎士団が見えなくなる位置まで退いたことを確認して、大きく息をはく。彼女は今まで以上に強くなっている。俺はそれを再認識させられた。
(東和での戦い以降、個人としてだけでなく指揮官としての力も身につけていた。それが今まさに遺憾なく発揮されているということか)
ここまでの戦いも連戦連勝。この奇襲だって総司令の首こそ取れなかったが、本部をさらに西へと後退させたのだ。戦果としては申し分ない。
(撃退したとはいえ、彼女達の被害はほとんどない。それに比べてこっちは損害も被ったし、戦線も下げられた)
戦況的に見ればあまり良い状況ではないことは確かであった。こちらは後退し、向こうの被害は少ない。王国があらためて攻撃を仕掛けてくれば、以前よりも攻め込まれた形で戦うことになるのだ。
だがそれはあくまで帝国を主語に置いた場合でもある。俺個人の観点で考えれば、一つ戦いに間を置いたことは決して悪いことばかりでもなかった。両者の傷は深くなるだろうが、少なくとも王国の物資は底を尽きかけているのだ。戦争の終結という意味では、近くなるかもしれない。
そうなれば敵はむしろ内にいると言える。自分を狙おうとする輩、俺はそれに注意しなければならない。暗殺や謀殺、その他様々な手段に備える必要があった。
しかし俺はいくらか落ち着いてもいた。それは狙ってくる相手に目星がついていること。そして何より、自分には死闘将軍というこれ以上無い後ろ盾がいるためだ。やりようはいくらでもある。
そのはずだった。
(だが、なんだ?この嫌な感じは)
頭の中で警報が鳴り続ける。事はそう上手く運ばない。それが現実であると俺の頭をガンガン叩く。これまでの戦いの中で、こうした自分の直感が戦いを勝利に導いてきた。
どれほど冷静に頭を働かせても、その得体の知れない焦燥は俺の身を焼いていく。そうなるはずはないと言い聞かせても、俺に現実を叩きつけるのだ。
「報告!グライナー中佐、これを……」
そしてその電報を確認したとき、それが正しかったことを理解した。
「東部方面軍は事実上敗北だな」
賢知将軍アウレール。その男は椅子に深く腰掛けながら、報告を受け取る。
(たった一人の小娘にしてやられている。これが誉れある帝国の姿か?)
アウレールは苛立ちを抑えながら、報告を読み進めていく。王国の上層部とは『クローディーヌ・ランベールが邪魔である』という意味では利害が一致しているが、本来は敵同士である。帝国が負けるようなことがあれば、あっという間に手のひらを返すだろう。
(英雄の娘さえ屠れば、どうとでもなるというものを)
アウレールはそう考えるも、課題は多かった。クローディーヌを殺したとしても、王国に負けるのでは意味が無い。彼女を屠り、王国の上層部を騙し、王国を支配してこそ意味があるのだ。
それに王国を倒すだけも意味が無い。あくまでアウレールの目的は帝国で一番の権力を手に入れることである。そのためには王国に勝利するだけでなく、王国の戦力を吸収する必要があるのだ。
現在アウレール指揮下の軍勢は単独の軍としてはマルクス将軍の次点である。しかし王国兵を吸収すれば、それを大幅に超える。元々マルクス将軍は眼中にない。あの化け物と称される将軍に勝つために兵力が必要なのである。
(あの忌々しい死闘将軍め。王国を手中に収めれば、貴様など……)
そして何より、もう一つの恨みである。
自分に恥をかかせた天才の息子、自分の肩に銃弾を撃ち込んだ男、アルベルト・グライナー中佐。あの忌々しい男を葬らなければアウレールの気は済まなかった。それもただ葬るのではなく、なるべく残酷な形で死を与えなければ……。
(ん?……待てよ?)
アウレールの報告書をめくる手が止まる。
(あの第七騎士団とぶつかったにもかかわらず、死傷者が少なすぎる。それもあれだけお互いに戦っていて、彼の男と英雄の娘がぶつかったのは一度だけ……?)
そしてその時、もう一つの報告が入ってくる。それは帝国にとっては悲報であり、アウレールにとってはこれ以上無い朗報であった。
「ハハ……」
アウレールが笑い出す。
「ハハハハハハッ!!」
急に笑い出す将軍に、控える部下達もただ戸惑うばかりである。しかしそんな彼等のことなどお構いなしに、アウレールは叫んだ。
「なんと素晴らしい!今の今まで悩んでいたことが、馬鹿らしくなってくる!これで全て片がつくじゃないかっ!」
アウレールは再び報告書に目を通す。
ここで油断してはならない。ゆっくりと追い詰め、じわじわと地獄にたたき落とす。その時まで喜びに浸るのは堪えるのだ。
「やはりまだまだ未熟者だ。あの英雄の小娘も、忌々しい若造も。情と甘さを捨てきれない青二才だ」
アウレールが高らかに笑う。
一番の邪魔者は消えた。そして同時に、全てを片付ける算段が付いたのである。
「歴史は繰り返す。その様を楽しんでやろう」
アウレールは静かに呟いた。
死闘将軍ベルンハルトの死。それは帝国を揺るがし、歴史のうねりを生み出していく。
それは血によって仕組まれた運命だったのだろうか。
二人はいま大いなる歴史の渦の中で、かつての英雄達と同じ道を歩もうとしていた。
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