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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二章 英雄として
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覚醒する才能

 






「報告!第七騎士団が、我が軍の拠点をさらに制圧!南部からこちらへ攻め上がってきます!」

「何だと!」

「報告!第七騎士団の侵攻に呼応したのか、北部の王国軍も進軍を開始。南部からの補給を受けられなくなったことで、次々に我が軍が破られていきます」

「ええい!帝国軍人の意地を見せんか!」


 東部方面軍の総司令官は顔を真っ赤にし、怒りを露わにする。そんな司令官の態度に、他の指揮官達も焦りを募らせていくばかりだった。


 トップの焦りはそのまま部下へと伝染する。そしてその焦りは、更に下へ、下へ。戦争が心を折る戦いであることを考えれば、総司令官のこの態度はまさに失態そのものだった。


 しかしそんな焦りも、ある一報によって落ち着きを見せる。


「報告!」

「今度は何だ!」

「あ、いえ……」


 報告に来た兵士が続ける。


「グライナー中佐の部隊が本日朝方に北部へ移動。別ルートでの補給路を確保し、現地の部隊と共に王国軍と戦闘。……我が軍の損害軽微の内に、これを撃退したとのことです」

「な……何だと?」


 司令部に静けさが訪れる。


 総司令官やその他の指揮官達が戦闘を意識する間もなく、既に戦闘は終わっていた。









「よし、これで北部からの侵攻は一時的に止まるだろう。これ以上は独断が過ぎる。我々は物資を彼等に渡し、本隊へと軍を戻す」

「「はっ!」」


 アルベルトの言葉に兵士達がそれぞれに動いていく。軍隊の規律という点で見れば、帝国軍の練度は王国軍よりもはるかに上であった。


 それもそのはず、一人一人の戦力は秘術を武器とする王国に分があるのだ。銃を持った兵士でも正面からでは秘術を使える丸腰の兵士に勝てない。前大戦から武器の性能は飛躍的に上昇したが、それでも秘術との差を埋めるまでには至ってはいなかった。


(秘術への警戒心のお陰で軍の規律が保たれているのは事実だが……。それは同時に帝国軍が秘術に対して、少なからず恐怖心があるということでもある。誰しも未知のものに対しては臆病だ。しょうがないとはいえ、士気を落としやすいのは欠点だな)


 しかしだからこそアルベルトの知識は効果的であったともいえた。秘術を知っているが故に必要以上に恐れる必要が無い。だからこそ冷静に判断できるし、時にリスクもとれる。


『知は力なり』。知ることそれ自体もまた、力なのである。


(しかし、妙だな。あまりにも予想通りだ。あっけなさ過ぎる)


 アルベルトは先程の戦闘を思い出す。戦っていた時間はそう長くはなかったが、今まで戦ってきたどの戦いよりも上手くいった。


 上手くいった、というのは戦果の大きさではない。自分の思うように、自分の予想するように物事が動いたという意味である。敵の狙いや動き、反撃を食らった後の感情の機微までアルベルトには手に取るように理解できた。


(局面から考えて、これが罠であることはあり得ない。別に追撃をかけるわけでも、この戦いで油断するわけでもないのだ。意味がない)


 それは幸運と呼ぶべきか、それとも不幸と呼ぶべきか。アルベルトはこれまで経験してきた数多くの苦難から、こうした状況を自らの実力だと判断する考えを持ち合わせてはいなかった。


 しかし本人は別として、その実績は確かに周囲の人間の目に止まる。むしろその才能の開花は、周りの人間の目にこそ正しく観測されていたのだ。


 これに続く幾つかの戦いで、彼がかのフレドリック・グライナーの息子であることを疑う者はいなくなった。











「報告。北部の王国軍、一時後退。敵部隊により損害を与えられた模様です。一部拠点もとり返されたみたいです」

「分かりました。……全部隊に告げます。これより私たちも後退します。南部だけ突出していれば、補給路を断たれ包囲される可能性があります。一部拠点は放棄して構いません。物資だけ無駄にしないように、輸送隊はいち早く出発してください」


 クローディーヌの指示で部隊が動き出す。殿は第七騎士団が務める。そのため、クローディーヌ達は少しばかり時間的余裕があった。


「ねえ」


 クローディーヌが東和の偵察兵に声をかける。


「北部にいる部隊は、分かっているの?」

「…………はい」


 団員が少しだけ言葉に詰まる。それが答えだった。


 クローディーヌは「そう」とだけ言って、もらった報告書に目を通していく。


(北部の王国軍は全体で五万人以上。その中で進軍した部隊には二万人はいた。でも報告では動き出しに対応できたのは駐留していた防衛部隊と千人程度の部隊だけだと書いてある)


 それが事実ならかの男は千人人程度しか率いていないことになる。千人で二万の侵攻を止めるようなことがあり得るだろうか。クローディーヌ並の秘術をもっているのであればともかく、帝国にそんなものはない。彼の魔術も、一対多に向いたものではない。


(彼は、千人の部隊を率いて二万の王国軍を止めたって言うの?そんなこと……、ありえない)


 勿論王国軍も同時に動いたわけではない。突出した部隊を各個撃破するか、地形や装備を工夫して自軍の損害を減らして戦い続けることができれば、理論上は不可能ではない。北部の王国軍だって、後退しただけで全滅したわけではないのだ。


 だがそれは理論の話だ。それが現実で如何にあり得ないことであるかも、クローディーヌは理解していた。


 現在の第七騎士団の快進撃は、自分やドロテ隊の秘術の力があってのものである。加えて、ダヴァガル・アルベールの両名が指揮し、鍛えていた東和人部隊もいる。さらには数千の王国軍の兵士も。


(それなのに、彼は赴任したばかりの部隊で、これだけの大軍を?そんなこと、此方の情報をいくらか掴んでいたとしても、あり得ない。それこそ未来を知っているぐらいのことでなければ……)


 クローディーヌは頭を振り、雑念を追いだしてく。


 馬鹿げた考えはいらない。戦いに必要なものは地に足の付いた理論であり、具体的な方策と地道な準備である。


 それを教えてくれたのは、まさにその人だ。


「……アルベール、貴方はそこにいるのね」


 クローディーヌは北の方角をみつめながら、漏らすように呟く。


 北部が安定すれば、やや突出気味の南部に兵を差し向けてくるだろう。戦いが続けば、いずれ彼と刃を差し向け合うことになる。


 お互いそれまで死ぬことはないだろう。彼は必ず生き残り、自分は彼と戦うまで死ねないのだから。


「報告!帝国軍がこちらに進軍中とのこと」


 動き出しが遅い。彼の部隊ではないことは確定だ。クローディーヌは大きく息をはく。


「第七騎士団は戦闘の準備を。撤退の援護をするわ。他の部隊は後退を急いで」

「「はい」」


 クローディーヌは手に馴染んだその聖剣を握りしめる。


 既に準備はできていた。







読んでいただきありがとうございます。

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