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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第二章 英雄として
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墜ちた騎士道

誤字報告をしていただいた方、ありがとうございます!








 俺は昔から、英雄に憧れていた。皆が憧れ、皆に尊敬される、そんな英雄に。


 今思えば自分は誰かに認めてもらいたかったんだと思う。貴族の三男坊としてまるで期待もされていないことが、どこか腹立たしかった。そしてその思いは歳を重ねるほどに、強く大きくなっていった。


 だから上二人の兄貴達を蔑んだ。たいしたことない連中だと、見下していた。決して彼等も、悪いばかりの連中ではなかったのに。自らの歪んだ欲望がそれを無視させていた。


 他の貴族達も、心では馬鹿にしていた。媚びへつらい、力をもたぬ連中を、心から軽蔑していた。別に全員が全員、そういった人間であるとは限らないのに。


 だがそれでも、それでもだ。そんな彼等にでも、認めてもらいたいという欲望が拭いきれなかった。


 そして気付かされる。自分も所詮、同じ穴のムジナであるということに。










「クソッ」


 フェルナンは一気にグラスに入った酒を呷り、そのまま空にする。そしてマスターに空のグラスを差し出し、次の一杯を要求した。


「フェルナン様、流石に飲み過ぎです。お体に障ります」

「いいから出せ。庶民風情が」

「しかし……」

「俺の言うことが聞こえなかったのか?」

「……わかりました。少々お待ちを」


 マスターはそう言って裏の方に酒を取りに行く。フェルナンは舌打ちをして、グラスを置いた。


 あの戦いの後、自分が何をしていたのかは良く覚えていない。全てを時の流れに任せ、ただ呆然としていた。そうしていたらいつの間にか昇進が決まり、再編された第九騎士団の団長として任命された。


(20代で騎士団の団長とは、あのクローディーヌ・ランベールにつぐ偉業だな)


 フェルナンは笑みを浮かべると、マスターが酒瓶をもってきてフェルナンのグラスに注ぐ。フェルナンはそれを確認すると、再び酒を流し込んだ。


「マスター、なんかこの酒弱いんじゃないか?安物か?」

「いえいえ、そんなことはないです。ただ少しばかり飲みやすいように作られた新作なのです。是非フェルナン様にお試しいただきたく思い、お持ちした次第です」

「……そうか。まあそういうことならもらっておく」


 フェルナンはその酒を少しずつ飲んでいく。正直、味などとうに分からなくなっていた。


 するとその時、不意に店のドアが開いた。


「すいません。もうすぐ閉店で……、これはこれは。モリエール家のお嬢様。よくもまあこんな酒場へ」

「…………」


 マスターが挨拶する一方で、フェルナンはただその酒を呷り続ける。別に見なくても分かる。今最も会いたくない相手の一人がこの場所に来ただけだ。


「フェルナン様」

「………」

「帰りましょう。深酒は身体に毒です。いたわってください」

「………」


 フェルナンは黙って酒を飲み続ける。そして空になったグラスをマスターの前に置く。


「マスター、もう一杯」

「フェルナン様、しかし……」

「俺の言うことが聞こえないのか?もういっ……」

「フェルナン様!!」


 ローズの言葉が、フェルナンの言葉を遮っていく。


「何をやっているのですか!戦場から帰ってきてからというもの、毎日のように酒を飲み続けて」

「…………」

「フェルナン様。どうなさったのですか!一体戦場で何があったのですか?私にできることがあれば、何でも……」

「…………」


 ああ、五月蠅い。目障りで、耳障りな女だ。どこまでも自分の神経を逆撫でる。


 フェルナンはゆっくりと立ち上がり、ローズの元へと近づいていく。そして強い力で、ローズの首元を掴んだ。


「っ……!?」

「貴様、何をする!?」


 それを見て後ろに控えていた従者二人が突っ込んでくる。遅く、鈍く、弱い。フェルナンはいとも簡単に彼等の攻撃を躱し、それぞれの顔に一発ずつ打ち込んだ。


「ひいっ!?」

「弱すぎる。内地でぬくぬくと生き、贅沢を貪るゴミ共め」


 フェルナンは再び、ローズの方へ視線を戻す。怯えて竦む従者とは異なり、ローズはまっすぐ此方に視線を向けていた。


「放してください。フェルナン様」

「…………」


 フェルナンは手を放す。ローズはそのまま一切逸らすことなく、こちらをじっと見つめている。


 そんなまっすぐな瞳に映る自分は、一体どれほど醜かっただろうか。最早考えるまでもなかった。


「フェルナン様、何があったのですか?私にも教えてください」

「………」

 

 言えるわけがない。彼女の父親の命令で、自分は味方を捨て、裏切ったなどと。本来共に戦うはずだったあの場所で、俺はただ傍観していたなどと。


 言ってしまえば、何もかも吐露してしまえばどれだけ楽だったろうか。しかしフェルナンにはそれができなかった。言えば彼女が責任を感じることぐらい、容易に想像がつくからだ。それはどうしてもできなかった。


「……お前には関係の無い話だ」

「っ!?それでも!貴方を放っておくことはできません」


 彼女は食い下がる。初めて会ったときとは随分と異なる印象だ。普段は物静かで可愛らしい彼女だが、今日に至ってはそうではない。従者二人が怯えている自分に対して、何一つひるむことなく向かってくる。


 そんな彼女のまっすぐな想いは、より一層フェルナンを苦しめる。彼女がまっすぐであればあるほどに、自らの醜さを直視する羽目になるのだから。


 フェルナンは拳を握りしめる。


「女風情が……、口出しするなっ!」

「フェルナン様!」


 マスターが止めに入ろうとするも、カウンター越しでは間に合いもしない。フェルナンは高々と拳をあげ、振り下ろす。


 しかしその拳が彼女の顔に触れることはなかった。


「…………」

「…………」


 拳はすんでのところで止まった。ローズは少しばかり震えながら、こちらを見つめている。


 怖いはずだろう。恐ろしいはずだろう。しかし、彼女は決して自分から目を背けない。


 彼女はそれでも自分を信じているのだ。期待しているのだ。いっそのこと諦めてもらった方が、見捨ててもらった方がどれほど楽だろう。しかし彼女はそうはしなかった。


 フェルナンは止めた拳をそのままゆっくりと下ろしていく。そしてポケットに入った金を掴んでカウンターに置いた。


「……マスター、お金は置いていく」

「フェルナン様!」


 ローズの言葉を無視して、フェルナンは酒場を後にする。


 最悪の気分であった。酒の飲み過ぎか、それとも彼女を見ることでえた自分へのさらなる自己嫌悪か。いや、そのどちらでもないだろう。


 ローズに拳を振り上げたとき、彼の男の顔が浮かんだからだ。自分がかつて拳を振り上げたときに、不意に現れて止めた彼の男の顔が。



 アルベール・グラニエはもういない。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] フェルナン、そんなに悪くはない。 ろーずは可哀想。 そして、フラグが……。
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