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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第三部 第一章 絶望と諦めの底で
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取引と正義と






 とある港町に近い森の中、そこに少女はいた。いくらかの雑草が生える土の上に一枚の布を敷いて、その上に横たわっていた。


「……おにいちゃん」


 不意に声がする。少し離れたところで町の様子を見ていた少年は慌ててかけより、少女に声をかける。


「ミア!気がついたか!」


 少年はどこかうれしそうに話しかける。いや、それはむしろ安堵したようでもあったか。


 まだくすねてきた食糧が少しだけある。もう腐りかけだが、まだ食べられるだろう。少年はそう考えて、少女の口元へもっていく。


 しかし少女は口にしなかった。


「おにいちゃん。くるしいよ……」

「っ!?……ミア、大丈夫だ!もうすぐおうちに帰れる。そしたら……」

「でも、お父さんもお母さんも、いないんだよ?」

「っ………」


 少年は言葉が出ない。きっとそれは、少女が朦朧とする意識の中で出た咄嗟の言葉なのだろう。しかしそれは非情なほどに、少年に現実を叩きつけた。


「おにいちゃん、わたしもう、いたいのはやだよ」

「…………」

「もう、くるしいのは………」

「ミア……?……ミアッ!」


 少女はぐったりと目を閉じる。少年は後ずさりし、しばらく静止する。


 乱れた呼吸音だけが頭の中に響いている。


「うわああああああああああ!!」


 少年はどうしていいか分からず、闇雲に走り出した。











(落とし前を付けるにしても、どうしたものかな)


 俺は港南部、本隊の南西部に位置する部隊の陣営を見る。今まさに戦闘状態であるというのに、随分とのんびりした様子であった。


 自分に対して、ノルマンド人を差し向けたのはアウレール将軍の差し金で間違いないだろう。そりゃ俺は一発かの将軍に弾丸をぶち込んでいる。あの将軍が意地でも俺を始末しようとするのは明白だ。


 しかしまだ証拠が十分とは言えない。敵部隊を誘導して彼等と戦わせ、そこをまとめて吹き飛ばすことは簡単だ。しかしそれを憶測で進めるのは少し抵抗があった。


(本当はもう少し慎重に動きたいところだが、せっかくの戦いのどさくさだ。此処を利用しよう)


 俺はその陣営の警備体制を観察していく。監視を気絶させてもいいが、それは芸がない。どうせ魔術の心得があるものなどいないだろう。ならば魔術を使っても感知されはしない。魔術を使用しつつ潜り込み、軍議の際にルイーゼに絡んでいた将官に近づくとしよう。


 俺はプランを固めていった。


(ハナから攻撃する気はないって感じだな。まったく)


 どっからどう見たって軍務規定違反だ。ルイーゼは確かにノルマンドの侵攻を止めるように指示していた。従ってこれを告発すれば、彼は反逆罪で処罰される。


 普通であればの話だが。


(まあ、貴族であり、アウレール将軍の直属の命令とあれば、処罰どころか証拠不十分になるだろうな)


 勿論色々大義名分はつけるだろう。戦略的見地からどうたらこうたらとか。いくらでも理由は後で作れる。要するに、権力っていうのは黒を白に変えるぐらいのことはできるのだ。


(少々手荒だが、脅して話を聞いてくるか)


 俺は静かに魔術を起動し、身体に魔力を浸透させた。











「少なくとも、これであの魔侯将軍の小娘の方はケリが付くだろう」


 南西の陣営。しばらく戦う予定のない兵営はずいぶんと穏やかであった。近くで砲撃やら銃撃やらの音が激しく聞こえているが、それは関係ない。自身に受けた命令、それは新しい魔侯将軍と、死闘将軍の副官を排除することなのだ。


(本来なら軍議の時にあの小娘を挑発し、適当に証拠をでっち上げようと思ったが……)


 彼女はまだまだ若い。あの程度の少女を煽るのぐらいは訳なかった。あのまま彼女が怒りに身を任せれば、わけなく失脚させられただろう。


 しかしかの死闘将軍の副官がうまく彼女を止めた。アウレール将軍に一発入れたというあの男だ。


(どうせなら頭に一発入れてくれれば良かったのにな)


 乾いた笑いが出る。もしそうなっていれば、今頃は自分の面倒事も一気に消えていただろう。自らの家の未来を憂うことも、こんな無茶な命令をきくことも、なかったはずだ。かの将軍に、自分たちの貴族出身の軍人達は首根っこを掴まれている。


 貴族といっても、決して一枚岩なわけではない。むしろ中では派閥で対立していることさえある。いつだって貴族社会は権謀術数が渦巻く社会だ。


 そして今現在、その中枢にいるのが賢知将軍アウレールであることは間違いなかった。


「動くな」

「っ!?」


 不意に後ろから銃を突きつけられる。銃を突きつけられたときの教本通り、ゆっくりと両手をあげていく。


 何故彼がいるのかは分からない。しかし彼がその銃を遊びで持ち出しているわけではないことはよくわかった。明確な敵意が、後ろからでも理解できた。


(距離をとられた)


 近い位置にいれば、その銃なり手なりを押さえつけることでなんとかなったかもしれない。即座になんとかならなくても、取っ組み合えば部下が来てくれる。少なくとも今彼は一人のはずだ。なんとかして時間が稼げれば……。


「うっ」

「…………」


 鈍い痛みが走る。ナイフでわずかばかり指を切られた。警戒していない行動に、対処が遅れてしまった。


「なっ、何をした!?」


 切られた場所から、不思議な感覚が全身に回っていく。毒物だろうか?いや、毒物にしては異常な感覚だ。


「今、俺の魔術を仕込んだ血を入れた」

「っ!?」

「すぐには死なないが、俺しか解けない」

「貴様っ!」


 振り向くと額にピストルの銃口を突きつけられる。この距離では外さないだろうし、自分がこの男に格闘戦で勝てるとは思わなかった。


「……何の用だ?」


 諦めて彼に問いかける。


「何の用?随分な口ぶりもあったもんだな」

「別にシラを切ろうとは思わない」


 彼に向かってさらに続ける。


「どうするつもりで来たのかと言ったのだ」


 此方に敵意があるとしても、とるであろう手段はいくつも考えられる。脅迫、取引、尋問、そして暗殺。もっとも暗殺はもっとも愚かな手段ではあるが。


 いずれにせよ、面倒なやりとりをするつもりはなかった。それは彼とて同じだろう。


「……尋問と取引だ」

「話が早い」


 将官はちらっと出入り口の方を見る。どうも部下が来ないところを見るに、少なからず無力化されているみたいだ。


「あんたの上司からの情報を、俺に回せ。どんな指示を受けて、次のどんな行動をとるのかまで」

「…………」

「どうした。貴族らしく嘘でも頷いたらどうだ?」


 自分が首を振ると、彼は意外そうな顔をする。


「……私は軍人だ」

「………」


 そう言うと彼はいくらか見下した様子で笑った。


「ここまで馬鹿とは。命あっての権益だと思うがね」


 彼の言わんとすることはわかる。自分は醜く、既得権益にしがみつく矮小な人間に見えただろう。それは事実だ。


 だが言うべきことは言おう。そう思った。


「勘違いしないでほしい」

「……」

「私は軍人だ。既に手は汚しすぎたがね。だから上司に牙を剥くような、規律の大原則を破る行為にまで手を染めようとは思ってない」

「味方殺しはいいのか?」

「それが命令であれば」


 しばらくの沈黙が流れる。すると部下の一人が報告に来た。


「失礼します、一点報告が……。これはっ、グライナー少佐もご一緒でしたか。失礼いたしました」


 部下が無力化されていないことにも驚きだったが、それ以上に彼の動きにも驚いた。既に武器はしまっており、にこやかに笑みを向けていた。


「……それで、一体何の用だ?」

「はっ。少年が一人、兵営で盗みを働いていましたので捕えました。反逆罪での銃殺を考えましたが、いかんせん子供だったので最終承認をと思いまして」


 ちらりと彼の方を見る。既にピストルはしまっていたが、やろうと思えばいつでも自分の頭を吹き飛ばせるだろう。というより、そもそも魔術によって命は握られているのだが。


「……とりあえず、実際に話を聞こう」


 せめて時間稼ぎの一つにもなればいい。その程度に考えながら、部下の後ろをついて歩いた。







読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 軍で規律が絶対なのは単に効率の問題。 戦場で議論している暇はないので、とりあえず上官の命令に従う。 国家に不利益な命令に従うのは軍人じゃなくて、ただの派閥保身。
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