痛ましい記憶
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。非常に助かります。
母についての記憶は、まだ俺が幼かったこともありほとんど残っていない。祖母曰く、良く笑う元気な子で、手を焼いていたとのことだ。
しかし大人になるにつれて、だんだんと女性らしくなり、親の欲目を差し引いても美人になったそうである。まあ大人になっても手を焼く女性であることにはかわりなかったみたいだが。
父との出会いは、父が戦場で怪我を負い、その治療の手伝いで来たことがきっかけらしい。母は村の診療所で医者の手伝いをしており、看護に関しては経験も積んでいたのだ。人手の足りなかった軍としては、大助かりだった。
(ここまでであれば、よくある恋愛小説みたいな筋書きだな)
ところが現実はそんなに甘くはないらしい。軍人で女性と接する経験が少ない父は割と簡単に母に惚れたらしいが、母は父のことなどまるで眼中にもなかった。
まあ軍事の天才だからといって恋愛において秀でているとは限らない。随分と苦労したそうである。
父親が恋愛で苦労するのは勝手だが、その才能のなさまで遺伝する必要はなかった。そうじゃなければ、俺も王国で苦労することもなかったのだ。まあ俺の場合、かなりの部分で打算的な口説き方をしていたから、少し意味合いもちがうのかもしれない。
(まあ今更、しょうがないか)
母はさておき、父についての記憶は多少残っている。いや、十分すぎるくらいだ。何せ俺自身に嫌という程の現実をつきつけたのだから。
父が死んだとき、俺はひたすらに泣いていた。
「どうしてこんなことに」「何で父さんが死ななければならないのか」
その疑問をもつことは極めて自然だっただろう。はじめは王国の所為だと思った。同時に戦争そのものも恨んだ。ここまでであればありがちだ。
しかし小太りの軍人が父の死について報告しに来たとき、俺は真理を得た。
『こいつらだ。この醜い無責任な連中が、親父を殺したのだ』と。
のうのうと報告しに来るこの男は、肉親である俺とはフレドリック・グライナーへの思い入れが違う。しかしそれを差し引いたとしても、その男をはじめとする軍人達はあまりにも不敬であり、失礼だった。それは幼い子供である俺の心を逆撫でるほどに。
もしこの時報告に来ていたのが、例えばシュタイガー大尉であったりしたら、話は違ったのかもしれない。俺はもう少しまっとうに育った可能性もある。しかしそうした有能な人間は、戦争の後処理で必死だったのだ。
いずれにせよ歯車は狂いだした。何故俺の親父を最後に、犠牲者が出ていないのか。何故自分たちはのうのうと生きているのか。親父が犠牲者を出さぬようにと決闘を申し込んだにせよ、こんな連中は死んでしかるべしだ。俺はそう思うようになったのだ。
俺は力という漠然なものを追い求めて、ベルンハルト将軍に近づいた。確か、十歳の頃だったと思う。このベルンハルト将軍は父の友人と聞いていたが、彼が自分の相手をしてくれたことは俺にとっての最大の幸運だったかもしれない。
彼は決して俺を甘やかそうとはしなかったし、俺もそれを望んだ。10歳の頃から訓練を施され、14歳の頃には士官学校に特別入学させてくれた。まわりは基本的に16歳だったので、訓練に追いつくのは至難の業だった。
そこで俺は嫌と言うほど無力を感じさせられた。まあ、自分だけ歳が2つも違うのだから当たり前なのだが、そんなものは言い訳だった。戦場では年齢差も実力差も関係なく、無慈悲に人が死んでいくのだから。
普通の方法では追いつけない。それでは生きてなどいけない。故に俺は必死に考え、徹底的に取捨選択をした。何が必要で、何がそうでないのかと。
重要なのは力加減だ。自分は無力であり、その力は有限である。だから工夫しなければならない。無駄を削ぐことが全ての根底であった。
無駄と思った訓練はできるだけ力を抜いた。バレないように、キツそうな顔をしながら。その一方で必要と思われる訓練は異常な程取り組んだ。魔術の知識とその実践。戦略論や戦術論。
一対多で勝てる力を身につけることは難しい。しかし一対一で絶対に勝てるようになれば話は違う。ましてや自らが多勢であるときに必ず勝てるようになることもそれ以上に重要だ。
先手必勝。必ず一手目に全力を注ぐ。戦力の集中、失敗すればすぐに撤退。
準備こそが全てである。準備していないことは対応できない。常に予測し、体が動くように訓練する。準備で勝れば、時に多勢すら無力化できる。
上級生からのいじめを受けたときに、俺は力をひけらかさない強さも学んだ。どんなに強い人間でも、四方八方から敵が来ては戦えない。そして同時に、味方を作る強かさも学んでいった。仲間でなくても、下らないプライドで敵を作るのは得策ではない。
醜く、必死に、泥臭く。俺は士官学校という馬鹿の巣窟で、16歳がおわる頃まで必死に力を付けた。
この馬鹿な世で生き抜く力を。
(嫌な夢を見たな……)
俺はそう思いながら、ベッドから身体を起こす。先程のルイーゼとの会話が影響しているのだろうか。父の記憶は、即ち自分が王国に行くまでの人生を思い起こさせるものであった。
(……いや、違うみたいだ)
俺は外に人の気配を感じる。この家屋は急遽作られた山小屋のようなものだ。部屋は一つであり一応ドアの向こうには衛兵がいる。だが、どうやら衛兵の気配ではない。
(襲撃か?にしては人数が少なすぎる。せいぜい10人といったところだ。衛兵は……死んでいるな)
俺は地面に手をつき、魔術を起動する。この小屋の周りには、事前に自らの血を垂らして警戒網を作っている。起動すれば敵の居場所を感知できた。
(感知できるのは10人、衛兵は横たわっている所を見るに息絶えているだろう)
俺は素早く銃を取り、あらかじめ用意していた足場を利用して天井の梁へと上る。そして静かに、彼等を待った。
『血は力なり……』
静かに詠唱を終える。すると敵がドアを蹴破り、部屋へと押し入ってきた。
『いないぞ!』
『何処に行った!』
パン、パン、パン、パン。
俺は手持ちのピストルで素早く侵入してきた男達を撃つ。上は死角だ。容易に先手をとることができる。
(あとは陽動だ)
俺は素早く窓に向けて発砲する。窓の割れる音で、数人の注意が其方に向いた。何人かが裏手へと走って行く。
(あとは静かに殺す)
『仕組まれた血の宿命』。その魔術により自らの身体能力をさらに強化。集中力は跳ね上がり、時の進みが鈍化する。
玄関前に二人残っている。銃で殺せば裏に回った数人に気付かれる。静かに、ナイフで殺すべきだ。
敵の位置ははじめからわかっていた。俺は敵が足を踏み入れるその瞬間に首を切る。そしてその死体を押し込みながら二人目に体当たり。相手がお仲間の死を理解する前に、俺はもう一人の首をナイフで撫でた。
「敵襲だ!敵がいるぞ!」
俺は適当に銃をぶっ放しながら、他の兵がいる野営地の方へと走っていく。騒ぎが起これば暗殺は失敗だ。適当に逃げるか、捕まるかするだろう。
(予期せぬ状況には、準備がものを言う。最初の四発で、勝負は決まっただろう)
俺は予期せぬ事態に慌てふためく、襲撃者の顔を思い出す。暗いうえに一瞬で殺してしまったが、あれは帝国人ではなかった。
(ノルマンド人……。そうたくさんは見たことはないが、おそらくそうだ。奴らがもつ得物も帝国製ではない)
何故彼等がここにいるのか。それは比較的分かりやすかった。俺を恨む人間で、これぐらいのことができる地位にいる人間。そう多くはないだろう。
馬鹿は嫌いだ。安直で、浅ましい。
俺はそんなことを考えながら、ゆっくりと野営地へと足を踏み入れていった。
読んでいただきありがとうございます。




