魔術師の女
「まさか、貴方と陣営を共にすることがあるとはね……」
向けられたその目は、どう贔屓目に見ても好意的ではないだろう。むしろ、憎悪をいだいていないだけマシと考えるべきだろうか。
「カサンドラ将軍を殺したこと、それ自体を何か言うつもりはないわ。戦争で殺し合う以上、覚悟には決めていることだから」
「そうですか」
「でも、だからといって、貴方を信用する気にはならないこと、理解しておいて」
「承知しました」
俺がそう言うと、彼女はどこかへと歩いて行ってしまう。まあ彼女は今回の西部防衛戦の総指揮官だ。やる仕事も多いし、俺なんかにかまけている暇もないだろう。
(しかし、また女性指揮官の下で働くことになるとはね……)
俺は頭をかきながら、息をはく。
彼女は魔侯将軍ルイーゼ。第七騎士団が戦い、クローディーヌが殺したあのカサンドラの後継である。
帝国は大陸の西側に位置しており、内陸国である王国とは違い西方で海に面している。しかし海に面しているといっても、少し離れた先に島国であるノルマンドが存在し、ここ十数年はその侵攻に悩まされている。
(現在帝国が王国に対して、大規模作戦を実施できない背景には、間違いなくこの西側の脅威があるだろうな)
ノルマンドは未だに謎が多く、その特徴もつかみ切れてはいない。ただ交易や交流自体はあるらしく、よく西側の品々が帝国にも入ってきていた。
(軍の総数自体は多くないが、類い希なる造船技術と操舵技術、そして得体の知れない妖術を使う……か。これだけ長い年月悩まされているのに、得ている情報は随分と少ないな)
俺は事前に用意した資料に再度目を通していく。事前に用意したといっても、かき集めても本一冊にすらならない。それでも王国の諜報部よりはマシなのだろうが、本当に多少マシな程度でしかなかった。
(近代軍が聞いて呆れるな)
俺は内心で少しばかり毒づく。それもこうした諜報部の設立に、自分の父親が深く関わっていることをよく理解しているからだ。
「グライナー少佐、将軍がお呼びです。これから軍議にはいるとのこと」
「わかった。すぐに行く」
俺はその資料を抱えながら立ち上がり、呼びに来てくれた兵士についていく。強い西側からの海風はどこか潮気をまとっている。
(内陸の風に慣れすぎたかな)
俺はそんな風に思いながら、飛ばされないように資料を抱え込んだ。
「これより、軍議を開始いたします」
ルイーゼの言葉と共に、軍議が始まる。部屋にはルイーゼと俺を含む4人の指揮官と、その部下がいた。
(成る程、変にばらつきが出ないように四将軍からそれぞれ均等に部隊を出し合った形か)
俺は此処に着くまでその顔ぶれを知らなかったため、そんな感想を抱いていた。たしかに四将軍の中で一番若いルイーゼを総指揮に、他の三将軍から副官クラスの指揮官を派遣すれば、まあバランスがとれた形にはなる。
あくまで階級の上ではだが。
「であるからして、今回の作戦において貴部隊は……」
ルイーゼが作戦の説明をしていく。しかし予想通り、一部の人間は話半分で聞いている様子であった。
(分かりやすくていいな。あれがアウレール将軍の派遣した部隊か)
彼等がルイーゼの話を真面目に聞いていないのは、偏に彼女が『女』だからであろう。軍人社会は男性社会であり、女性の兵士など普通はいない。いたとしても事務処理係がせいぜいだ。
王国との大きな違いはそこだろう。俺自身もはじめて秘術部隊を見たとき、こんなにも女性がいるのかと思ったものだ。
(まあ、ドロテ隊はそれ以上に女性ばかりだったけどな。というか、俺の方がマイノリティだったし……)
俺はそんな下らないことを考えながら、ぼんやりとルイーゼの話を聞いていた。
そんなときだった。
「承服しかねますな。ルイーゼ将軍」
アウレール指揮下の将官が、ルイーゼの説明途中に口を挟む。
「どういうことですか?」
「どうもこうも、こんなに非積極的な戦い方では、何十年かかってもノルマンドは撃退できませんよ」
「なあ」と部下に呼びかけ、皆でルイーゼをあざ笑う。現在の立場が弱いことをルイーゼもわかっているのだろう。ルイーゼを含む魔術部隊の一味は、黙ってこらえている。
「しかし、ご承知のとおり今回の指揮権は私にあります。不服でも従っていもらいます」
「そうは言ってもですね、流石に愚策を指摘しないことには。責務ですから」
「愚策……ですか。では具体的には?」
「今言ったばかりでしょう?それでわかりませんか?それとも、女性には戦略はすこし難しかったですかな?」
独特な煽り口調は実に貴族らしい。王国で慣れてはいたが、帝国にも同様に存在するようだ。俺は特権階級に国境などないことを理解する。
アウレールの部下はさらに続けていく。
「黙っていておきますから、ここは一度私に指揮権をお譲りください。別に功績はゆずりますよ」
「……結構です。私の仕事ですから」
「これはこれは、頭の堅い御方だ。帝国淑女にあるまじき野蛮さ、それにその頭の固さは魔術師だからですかな」
彼が続ける。それはいとも簡単に彼女の逆鱗に触れた。
「だからカサンドラ将軍もあっさり戦死なされたのでしょう。あそこまで無様だと、少しは学ぶかと思いましたが」
「……っ!?」
ルイーゼの目の色が変わる。
しかしそれを予期していた俺は、彼女より早く動き出していた。
「なっ!?」
「直属でなくとも階級が上の人間です。無礼ですよ」
俺はルイーゼと彼の間に入る。彼が銃など抜けないように、手を抑えて。
ルイーゼが魔術を起動し始めていたことから、もう一拍遅れていれば危なかった。
「貴様、裏切り者が偉そうに……」
「上官の命令が聞けない人間に言われたくはないですね。そっちの方がよっぽど軍に対する裏切りだ」
「何だとっ!」
「貴方も彼と同じ意見ですか?」
俺は彼を無視して、最後の一人であるマルクス将軍の部下に問いかける。彼は急な事態にかなり慌てていたが、少し咳払いをしてから「私は将軍の命に従うだけです」と答えた。
良く言えば保守、悪く言えば日和見主義。実にマルクス将軍の部下らしい答えだ。
「だそうです。どうしますか?」
「チッ」
アウレールの部下は舌打ちして、部屋を出て行った。既に話す余地がなくなってしまったが、まあ最悪な事態にならなかっただけ良かったとしよう。
「まあ、彼も少し時間を置けばわかってくれるでしょう。軍議を続けましょう」
俺はそう言ってルイーゼに話を続けるように促す。
「ありがとう」。彼女が少し俯き気味にそう言った気がした。
別に恩を着せるつもりはない。ただ、面倒事も御免だ。
俺は何も言わず黙って所定の位置まで戻る。潮風の入らない室内は、外よりはいくらか快適であった。
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