浮かぶ言の葉
『第七騎士団敗走!副長、謀反!帝国のスパイか!?』
『王国の英雄、クローディーヌ・ランベール。これまでの功績は敵との内通の成果か!?』
その記事は瞬く間に王国中に広まった。スキャンダルは風のように速く人々を駆け抜ける。はじめてその話を聞いたマリーも、すぐに建物を飛び出していた。
(何でこんな情報が?いくらなんでも早すぎる!それにアルベールがそんなこと……)
信じたくない気持ちと、頭の中で冷静に情報を組みたたてしまう自分が対立する。『そんなはずはない』。そう願えば願うほど、筋が通ってしまうのが分かってくる。
彼が帝国の人間であるという最後のピースが、これまでの事象をつなぎ合わせていた。
「すいません!通してください!」
門の近くまで集まる群衆をかき分ける。今日王都に帰還する予定の第七騎士団を見ようと人々は集まっている。もっとも、彼等の心情はこれまで通りとはいかないが。
(元々、女性であるクローディーヌ・ランベールが活躍することを良く思わない層はいる。それも男女問わず)
マリーは少しばかり小さめの身長で、必死に背伸びをする。門が既に開いているということは第七騎士団はすぐそこまで来ているはずだ。
「来たぞ!第七騎士団だ!」
遠くから数百名程度の部隊が帰ってくる。マリーは今までにないその姿に形容しがたい想いを抱いていた。
(こんなに少なかったっけ。彼等……)
勿論フェルナン隊がいないこともあり、兵士の絶対数は減っている。しかしそれ以上に、この部隊には覇気がなかった。
今までのように自信満々に、堂々として凱旋が見られない。そしてその姿こそが、記事の内容が正しいものであることを証明していた。
「裏切り者!」
「王国の恥さらし!」
一部の民衆が心ない言葉を発する。それに呼応するかのように他の人間もそれぞれに罵声を浴びせていく。
(おかしい……いくらなんでも、ここまで敵視する人間は多くないはず……。まさかっ!?)
彼等が王国の上層部、ないしは帝国の諜報部員によって集められた人間であることは情報屋であるマリーにとって想像に難くなかった。寧ろ、その両方によって集められている可能性すらある。
「おい、お前!適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
「なんだと!」
クローディーヌを支持する人間もいる。そんな人々とクローディーヌを引きずり下ろそうとする集団は必然的に対立する。
(いけない!ここで騒ぎを起こしては……)
マリーがそう思うと同時に、王国の憲兵隊がやってくる。彼等は基本的に、王国軍最上層の指揮下だ。彼等は手早く、クローディーヌ支持の人々だけを連行していく。
(卑怯すぎる……。こんなことって……)
すると民衆の声が大きくなる。第七騎士団が王都に入ってきたのだ。
「見ろ、クローディーヌ様だ」
「ああ。だけど……」
民衆は一時は大きな声を上げたが、すぐに静まってしまう。皆が皆、クローディーヌ・ランベールの表情を見て言葉を失ってしまったのだ。
いついかなる時も気丈に振る舞い、戦闘を堂々と進む英雄。その姿は最早影も形もなくなっていた。
肩を落とし、俯きながら馬にまたがるその姿に、かける言葉などあろうはずがない。
それがまともな市民であれば。
「おい来たぞ!クローディーヌ団長だ!」
失意の中にある。誰の目にも明らかなその英雄に、無神経に話しかけていく連中がいる。それはマリーと同業である新聞記者達であった。
「クローディーヌ団長!今回の戦いの敗因はどうだったのでしょうか?」
「敵に捕虜にされたとありますが、何故帰還できたのでしょうか?」
「これまでの功績も内通者がいたからとのことですがそのあたりは?」
皆そのままその聖剣で吹き飛ばしてしまえばいい。マリーはそう思うほどに彼等に対して憎悪を抱いた。
そもそも彼女達は客観的に負けてすらいない。勇敢に戦い、生き延びて帰ってきただけだ。何ら非難を受ける立場にもない。ただ期待だけが膨れ上がり、その膨れ上がる身勝手な期待に一度ばかり応えられなかっただけなのだ。
(アルベール……。それよりもアルベールを)
マリーはその醜い記者達から目を離し、部隊の後方に目を向ける。いつもならば部隊の最後列に彼がいるはずだ。
「すいません。通してください」
マリーが人をかきわけ前へと進む。きっといるはずだ。心の中で答えは出ていても、そう願わずにはいられなかった。
不意に人混みが空いて前に出る。急に遮るものがなくなったせいで前のめりに転びそうになった。
マリーは体勢を立て直して、第七騎士団の最後尾を見る。そして息をするのも忘れて、その光景を眺めていた。
「………………」
言葉が出ない。いや、上手く出せないと言った方が正しかっただろう。
ただ呼吸が荒れて、涙が出てくる。いつもいるはずのその場所に、いて欲しい彼がいなかった。
彼の笑った顔が頭に浮かぶ。何が情報屋だ。自分はその実、何も知らなかったのだ。
彼が何者で、どういった想いで戦っているのか。普段話す軽口や、ヘラヘラとした笑いの裏で、一体どんな苦しみを背負っていたのか。
クローディーヌ・ランベールが帰ってきたことは救いだろう。それはきっと彼が残してくれたのだから。王国に英雄という希望を。
しかしマリーにとっては、あまりにも失ったものが大きかった。
「まだ……何も言えてないのに……」
あのとき、帝国から助けてくれたお礼も。これまでたくさんごちそうしてくれた事への感謝も。
そして、彼のことがどうしようもなく好きだってことも。
届けられなかった言葉が、ふわふわと宙に浮かんでいた。
(馬鹿だな、私)
後ろから騒ぎが聞こえてくる。無神経な記者の声、無責任な人間の罵詈雑言。そしてそれに反抗し、憲兵に連れて行かれる善良な市民。
それは凱旋とは呼べないだろう。この遠征でかなりの勝利を挙げてきたというのに、必死の思いで部隊を救ってきたというのに、彼女達は歓迎すらされていない。
生きている。それだけで尊いはずなのに。
しかしマリーにはそのことを理解するだけの余裕はなかった。
「アルベール……」
人が減っていく。マリーは門の脇に寄りかかり、そのまま力なく地面へと腰を下ろした。
そしてその喪失感の中、大声で泣くこともできず、かといって叫ぶこともできず、ただ呆然と、遠くなっていく第七騎士団をみつめていた。
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