静かに揺られて
「どうして!どうして父さんは死んだんだ!何で誰も止めなかったんだ!」
「皆が皆、ベルンハルト将軍を称えている。でも、父さんは……?」
「結局、死んだ人間が損をする。他者のためになどと考える人間が……」
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。責任をとらぬ馬鹿。現実が見えぬ馬鹿。そして……」
「期待などというものに応えて命を落とす馬鹿」
「馬鹿だ。救いようのない馬鹿だ」
第一次大陸戦争、それは英雄の死と共に集結した。もっとも『第一次』と呼ばれるようになったのは今回の戦いが始まったからだが。
終わったとはいうが、厳密には少し違うのも補足しておこう。
実際には王国軍の一部が残ろうとして、多少の戦闘はおきたようだ。もっとも、すぐに撤退の声が大きくなり、間もなく王国は撤兵した。それだけ英雄の死というものは王国にとって大きかったのだろう。
(とはいえ帝国はほとんど兵力も残っていなかったからな。ある意味では助かったんだろう)
実のところ帝国はライン川の防衛戦でほとんどの戦力を投入していたらしい。そこまで清々しい戦力投入ができていたのは、ひとえに親父の力だったんだろう。根回しも上手かったみたいだ。
その一方で、王国はまだ王国領内の部隊が残っていた。帝国は戦術的には(局地的には)兵力優位であったが、より大きい視点から見れば劣勢であったのである。
この辺は王国に行ってから知ったことだが、王国軍は帝国より比較的余裕があったようだ。まあ王国領土はほとんど戦場になっていないのだから当然と言えば当然だが。
俺はそんな歴史を振り返りながら、窓の外に広がる景色を見た。綺麗な平原だ。ほどよく道も整備され、訪れる人間も多いらしい。
もうすぐ件の川に差しかかるだろう。自分の父親がどのように戦い、死んだのかを俺は知らない。知る必要もない。そもそも指揮官が戦いにでるなどというのが間違いなのだ。
(しかしアウレール将軍がけしかけたものだという事実を知れたことは、今回の戦いでの収穫だったな。……まあ、今更関係ないか)
もう少し王国軍に留まれたのであれば、クローディーヌをぶつけて、アウレールにけじめを付けさせることもできたかもしれない。いや、そもそもあの時、俺が変な考えを起こさなければ……。
(これも詮無きことか)
だが、そんなことは正直それほどどうでも良かった。
民衆の心変わり、そして歴史の中で忘れ去られていく自分の父親を見て、復讐など考えなくなっていた。
もし復讐があるのだとすれば、それはアウレールだけでなく、帝国軍、王国軍、そして戦いを望む全ての市民を相手にする必要がある。それは恨むにはあまりに多かった。
(とはいえ、その無責任さを学んだお陰で、ここまで生きてこられてはいるな)
俺は一人乾いた笑いをこぼす。
ボルダーの戦いなどは顕著だろう。市民や自警団を犠牲にして、ダドルジとの初戦に勝った。そうでもしなければ、俺達はあの場所で全滅していただろう。クローディーヌは子供に石を投げられていたが、生きていればどうとでもなる。
所詮誰もが無責任だ。気にするだけ無駄である。
(しかし十年で車も進化したな。昔は酷く揺れていたが)
俺は乗り心地の良い車に、どこか違和感すら覚える。
自分が帝国にいた頃、それはまだ車も酷く揺れていた。装甲車などは特に酷く、座るシートも堅かったため移動に体力が失われてしまうということを真剣に問題視されたぐらいだ。
ちょうどそんな時、あの川に差しかかった。クローディーヌの父、そして自分の父が亡くなった戦場の跡地である。
「懐かしいな」
不意に後ろから声がする。肩越しに振り返ると今までずっと目を閉じていた隻眼の将軍が、まっすぐ此方を見ていた。
「将軍、起きられたので?」
「馬鹿を言うな。寝てなどいない。お前こそ寝ていてもよいのだぞ?」
「ご冗談を」
俺は笑いながら返す。帝国とは今の今まで敵でやってきたのだ。いくら帰投したとは言え、そんな間抜けは見せられない。
(俺を疑う兵も多いだろうしな)
俺は運転手の横顔を一瞬みてから、再びベルンハルト将軍へと視線を戻す。
「何か言いたげだな」
将軍は俺の視線に気付くと、そう尋ねてくる。確認することは決まっている。
「将軍。彼女達、王国軍第七騎士団についてですが……」
「すぐに解放する。待遇も客人待遇だ」
こちらの言葉を遮るように返答する将軍に、俺も一瞬言葉に詰まる。将軍は『何を当たり前のことを』と言わんばかりの表情であった。
俺は一拍おいてからまた、話を続けていく。
「即決ですね」
「お前が此方に頼んだことであろう」
「まあ、そうですが……。とはいえ私も色々やってきましたからね。いくらかは通らないものと」
「色々?」
「あ、いえ。何でもありません。忘れられているようでしたら好都合です」
「そうか。まあ私の方も部下に銃口を向けられ、あまつさえ発砲までされない限り、基本的には寛大だ」
「しっかり根に持っているじゃないですか……」
俺はそう言いながらふと隣を見ると、不思議そうな目で俺の方を見る運転手がいた。俺は『前を向け。危ないぞ』と指さしのジェスチャーで示すと彼も慌てて前を向いた。
(まあ確かに、将軍とこんなに軽い口調で話す人間も、そんなにいないだろうからな)
そんなにどころかそもそもいないことをこのときの俺はよく知らない。まあ、こんな化け物じみて強い人間がいたら誰だって身構える。それも隻眼の英雄殺しとくれば尚のことだ。
(面倒を見てもらったってこともあるが、何より……)
死線を越えてきたこと。死を覚悟したこと。この事実が自分に無駄な度胸を与えているのだろう。この将軍が無駄な殺しや、私的な処分をしないことを俺は知っている。それだけにこんな風に話すこともできるのだ。
車がルーデドルフ橋を越えていく。橋の向こうでは戦闘の跡は既になく、静かな平原が広がっている。
かつての英雄達も、すでに夢の跡であった。
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