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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第零部 英雄達の記録
129/193

英雄よ、さらば

 







『兵は神速を尊ぶ……』


 魔術の詠唱を終え、ベルンハルトは一歩一歩前へと歩き出す。既に鎧は破損している。故にベルンハルトがこの決闘に身につけていたものはいつもの黒い鎧ではなかった。


「おい、向こうの将軍、一般兵の軍服だぞ」

「鎧ですらない。片手に剣をもって、もう片手に……銃?どういうことだ?」


 王国軍がその不可思議な格好に言葉を交わす。中には気が狂ったのだと笑うものまでいた。


 しかし英雄は違った。今までにない程の恐ろしさすら感じていた。


(私は二度同じ過ちを犯してしまうところであった)


 セザールは剣を握り直す。既に一度、戦略の観点から敵を侮り、敗北を喫している。そして今度は個の戦闘においても同じ過ちを犯すところであった。


(来る……っ!)


 ベルンハルトは一瞬にしてセザールの懐に飛び込む。セザールは聖剣を構えるのが一瞬遅れる。


「甘い!」


 しかしそれでも英雄は相手に好機を与えない。セザールは素早く一歩引き、剣を振る。


 『後の先』。敵より後に動き、それでいて先手をとる究極の攻撃であった。


 しかしベルンハルトには当たらない。途中で歩を止めていたのだ。


「俺はそんなにせっかちじゃないさ」


 ベルンハルトは銃口を向け、引き金を引いた。










「散弾銃……。一つ一つの威力が弱いこの弾では私の身体にまでは届かない」

「ああ。だが避けることもできない。何より、秘術の防御を続けざるを得なくなる」


 ベルンハルトが撃った銃弾は一部セザールの聖剣に阻まれたが、多くが命中した。もっとも、その弾丸は決してセザールの肉を抉ることなどなく、ただ防御秘術に弾かれていた。


 しかしそんなものは百も承知であった。


「一気に決めに来ると思ったか?そう焦るなよ」


 ベルンハルトは余裕を見せながら言う。しかしその構えには全くと言っていいほど隙がなかった。


(ならば此方から作るまで)


 セザールが地を蹴り、詰め寄っていく。振りかぶるその一撃は敵の防御ごと破壊する。


「どうだかな」

「何っ!?」


 ベルンハルトはそれを剣でいなし、次々と銃弾を撃ち込んでいく。衝撃がセザールを襲った。


「こしゃくな!」


 セザールが無理矢理近づき、一撃で散弾銃を吹き飛ばす。ベルンハルトはすぐさま剣を両手に持ち替え、攻撃を開始した。


 ガキッ、ガキッ、キッ……


 ぶつかり合う武器の音が、風の音にかき消される。周りの兵士達はその様子に、落ち着かない様子であった。


「おい、攻めあぐねてないか?」

「いや、それどころか、わずかに押されている……?」


 両軍共にどちらが優勢なのかもわからない。二人の戦士は目にも止まらぬ速さで互いの得物を打ち合っていた。


(鎧を捨て、身軽になったことで速度を上げたのか?いや、鎧という安心、いわば甘えを捨てることで集中力を高めているとも考えられる)


 セザールは多彩な攻撃を繰り出してくるベルンハルトに決定打を与えられない。そして頃合いをみつつ反撃するも、ひらりひらりと躱されてしまう。


(何故だ?この男の動きに、彼の面影が見える。これまでの戦闘では、一度も……)


「フレドリックが見えたか?英雄」

「っ!?」


 一瞬の同様、その隙をベルンハルトは見逃さない。素早く入れた一撃が、英雄の腿を切った。


「ちっ、浅いか」

「このっ!」


 セザールの横薙ぎに、ベルンハルトは距離を取る。ガードしていれば剣ごと真っ二つにされかねなかった。


「この程度の傷、いくらもらおうとも」


 セザールは簡易の秘術をかけ、あっという間に止血する。しかしそれでもダメージがあるのは事実であった。


「肉など切らせてやる。こちらは一撃で済むのだ」

「確かにな。その豪勢な鎧は見かけばかりではない」


 セザールの言葉も、ベルンハルトの言葉も、共に事実であった。


 セザールは鎧を身につけていないベルンハルトなど一撃で致命傷を与えられる。それに対してベルンハルトは少なくとも鎧の隙間か、渾身の一撃を叩き込まない限り傷すら付けられない。


 戦闘を行っている当人達が、この場でもっとも客観的分析ができていた。


(それなのに……何故だ?)


 セザールが訝しむ。


 戦いの方針も、勝ち筋もおおよそセザールには見えていた。敵の動きを観察し、耐える。そして一撃を入れれば良い。焦ることはなかった。


 だがしかし、ベルンハルトが見せる余裕だけは理解できなかった。彼もそれぐらいは分かっているはずだ。なのにもかかわらず、今目の前にいる相手は完全に勝利を信じ切っているようであった。


(あれは演技などではない。始めの散弾銃は別としても、それ以外の攻撃は以前戦ったときに見ている。始めこそ一瞬遅れたが、最高速も既に此方は把握している。ならば何故?)


「迷えば死ぬぞ、英雄」


 ベルンハルトは再び接近して剣を振るう。セザールも合わせるように剣をぶつけた。


「何かあるのならば、此方から決めるのみ」


 守りを誘うことが向こうの手なら、あえて打ち合いに持ち込んでやろう。


 セザールは方針を一転、一気に攻めていく。


「まずい、将軍が押されているぞ」

「強い!やはり強すぎる!!」


 セザールの攻撃に、ベルンハルトは次第に防御が多くなる。それまでは躱しつつ反撃をくわえることができたが、更に速くなるセザールの攻撃に次第に躱しきることが難しくなった。


 ザシュッ


 肩の辺りを剣がかすめる。かすっただけだが、肉をかなりもっていかれた。


 徐々に色々な場所に傷ができはじめる。お互いダメージを負い始めたが、その差は誰の目から見ても歴然であった。


「このままでは、将軍がっ!」


 帝国兵士には不安が、王国兵士には期待が。それぞれ感情に、兵士達は魅入るように戦いに目を向ける。


「このまま決めさせてもらう」


 セザールがさらに速度を上げる。勝負を決めにかかっていた。


 ガキンッ


 ベルンハルトの剣を弾き飛ばす。隙のできたその身体に最後の一突きを入れようとしていた。


 勝った。そう思った。


 彼のその顔を見るまでは。


 セザールは最後の一振りを打ち込もうとしたとき、目の前の敵が笑うのを見た。


 それはさながら《《彼のようであった》》。


「ありがとう」






「友よ」






 セザールの足が止まる。身体の中を巡る異物が、自らの肉体を縛っていた。


 それはまるで、『血の呪縛』のようであった。


(これは……彼の……)


 ベルンハルトがゆっくりと近づいてくる。


 否、そうではない。自らをつつむ時の流れそのものが遅くなっているのだ。


 身体から力が抜けていくのが分かる。セザールはそこで全てを悟った。


 彼等は二人で自分と戦っていたのだ。その血は自分を縛り、彼に力を与えている。

 

 その血が、その想いが、私を縛り、彼に繋いでいたのだ。


 ベルンハルトの手が自らの胸に触れる。決着はついていた。


必殺の証明(ティガー・スパーク)


 圧縮された魔力が、心臓を穿つ。何のことはない。彼等も一撃しか考えてはいなかった。


 呪いが自分に回り、生まれるであろう一瞬の隙を、彼等こそがじっと待っていたのだ。


 ある男は友を信じ、その想いを託した。


 ある男は友を信じ、その瞬間を待った。


 此方に回復の猶予を与えたのも、此方にその呪いが回るのを待ってのこと。決闘はどうみても偶然だ。事前に話し合う機会などなかったであろうに。


 だが目の前の男は彼を信じていた。


 彼が何もせずに死ぬはずがないと。


「もとより二対一。勝てるはずもなかったということか。……見事」


 セザールがその場に倒れ込む。


 少しだけ穏やかで、どこか寂しそうな顔で、英雄はその生涯に幕を下ろした。










 戦争は半ば痛み分けのように終わり、それぞれが都合良く解釈して戦争を終結させた。


 戦争などそんなものである。結局は心を折る戦いなのだ。戦う支柱が折れれば、案外簡単に終わったりもする。


 英雄達の記録はここで一時途絶えることになる。


 そしてその再開には二十年近い時を要することになった。











 クローディーヌ・ランベール。


 新しい英雄の誕生、そして新しい戦いの始まりまで。













 報告女騎士団長は馬鹿である 第零部 完













読んでいただきありがとうございます。ちょっと寄り道してしまいましたが、一応第三部で完結予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 暑くなり易い者なので、ご無礼、ただし、英雄の娘が不憫に見えて、副官がスパイは作り過ぎで嫌いだ。この後面白くても(一応は読みます)、裏切りにトラウマがあるので嫌だな。
[気になる点] 動揺、が同様になっている。字の間違い。
[一言] お疲れ様です! 次が最終章になるんですかね、楽しみにしてます!
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