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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第零部 英雄達の記録
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星空の向こう側へ






「帝国の将軍より、決闘の申し込みだと?」


 王国軍の陣営。セザールはその不可解な申し出に訝しんだ。


 それもそのはずだ。王国最強にして、帝国軍の誰一人として止められなかった自分に、わざわざ決闘を申し出たのだ。それも、一人の将軍がである。正気の沙汰ではない。


(あの黒い騎士の命を取ったということか?それとも何か時間を稼ぐ理由でもあるのか?だがいずれにしても、理解できない)


 もし何かしらの新兵器を用意していて、そのために時間稼ぎが必要だとする。だとしてもそれでは筋が通らない。何故なら、そんなことをしなくても軍隊を巧みに操り時間を稼ぐことなど彼なら造作もないからだ。少なくとも、決闘程度で稼げる時間はたかが知れている。


 ならば、あの黒い騎士を守るためか?それこそ下らない。あれほど優秀な指揮官が、そんな些細な感情で自らの有利を捨てなどしない。むしろそんなことをすれば、命がけで戦った同士達に顔向けができないではないか。


「……分からん。俺には全く分からん」


 セザールは頭を悩ませる。次第にこうして自分を悩ませることが敵の策なのかとも思えてきた。


(いずれにせよ今日は兵を休ませる。今日中に答えを出そう)


 本来であれば、そのような不可解な申し出は断るだろう。しかし今回に限ってはセザールがその申し出をすぐに拒否できない理由がある。それは現在の王国軍の状況に由来する。


(中部・南部は膠着状態と聞いている。だが、膠着と報告するということは、おそらく実態はもっとひどいだろう。兵も相当に損耗しているに違いない)


 実際、セザールのこの読みは当たっていた。実際に中部も南部も兵力をかなり減らしており、南部に至ってはその船をほとんど破壊されている。そのため実質的に渡河は不可能になりつつあった。


(中部・南部が同時に進行できないならば、此方は敵領地で突出する形となる。仮に敵の背後に回れたとしても、味方が挟撃に参加してくれないのならば意味がない。ただ孤立して包囲されるだけだ)


 しかしかといって此処で引くわけには行かない。ここで引けば帝国の士気は更に上がる。そして戦力を立て直されれば、戦略に長けている『彼』がいる帝国が勝つ。


 だからこそ少なくとも敵の将軍、黒騎士の長を討ち取り、中部地方への攻撃ぐらいはしなければならない。セザールにとっても苦汁の攻撃であった。


(私は自らの戦場では必勝だ。しかし彼は、私のいない戦場の全てで勝利を攫っていく)


 どれだけ此方が勝利しても、セザールがいくら敵を薙ぎ払っても、フレドリックはその何倍も別の戦場で勝利させるのだ。それは今、このライン会戦でも証明している。


(例え罠であっても、乗らざるを得ない訳か……。しかしわからん。一体何故……)


 どれだけ頭を悩ませても、答えは出なかった。


 

 翌朝、セザールは申し出を受けることを通達する。


 互いの実質的総大将の一騎討ち。その知らせは、敵味方問わず、瞬く間に広がった。















「本当に行く気ですか?」


 シュタイガーの声に、フレドリックは振り向くことなく頷く。丁度解放されて出てきた所だろうか。


 下ろした腰から、地面の冷たさが伝わってくる。今日は星が綺麗だ。かつて妻と星を見ながら語り合ったことを思い出した。


「無茶です。危険が過ぎます」

「そうかい?私が勝つかもしれないよ?」

「だとしてもです」


 シュタイガーはきっぱりとそう告げる。そういえば彼がここまで自分に反対したのは初めてかもしれない。フレドリックはそんなことを考える。


「此方は圧倒的に優勢です。これは今まででは考えられないことでした。敵に秘術がありながら、こちらは今五分以上に戦っているのです」

「………」

「しかし今貴方が倒れれば、戦線が一気に瓦解する可能性さえあります。そうなればベルンハルト将軍や、カサンドラ大佐の奮闘も無駄になります。今一度お考え直しを……」

「いや」


 フレドリックはそう言って立ち上がる。


「これはもう決めたことだ」

「っ!?」


 シュタイガーはその言葉に、歯をこれでもかと食いしばる。握りしめた拳が白くなっていた。彼は一日懲罰として縛られていたため、実情についてわかってはいない。フレドリックが一騎討ちに承諾したという話を聞きつけてここにいる。しかし、実際の所その噂は流されたものであった。


 だがいずれにせよフレドリックには関係がないことだった。


「なあ、シュタイガー中尉」


 フレドリックが問いかける。


「この戦争、どうやったら終わると思う?」


 思いがけない質問に、シュタイガーは一瞬答えに迷う。しかしここで黙れば彼は決闘へと向かってしまう。なんとか頭を回し、彼なりに学んできたことを口に出していく。


「敵の戦闘能力を奪う……ですか?」

「全滅かい?」

「五割ほどかと」

「それでは人が死にすぎる。此方も向こうも」


 フレドリックは「他には?」と促す。


「なら敵の司令部の破壊。敵将軍の捕縛ないし排除では?」

「ここまで侵攻されて、それを跳ね返した上にまた長い道を反攻するのかい?」

「なら領地奪還では?」

「帝国領を取り戻しても、また敵は休んだ後に攻撃してくるな」


 かないっこない。シュタイガーはそう感じた。


 もとより自分は戦闘向きだ。この人のように、頭を使って大きく考えるタイプではない。それに彼は『天才』と呼ばれる傑物なのだ。


 しかしそれ以上に、シュタイガーもその実理解していた。戦争というものは、始めるのは容易く、終えるのがとてつもなく難しいものであることを。


 フレドリックがシュタイガーの方を向く。そしてそのまっすぐな瞳で、訴えるようにシュタイガーを見た。


『もう止めてくれるな』と。


 シュタイガーは視線を落とし、大きく息をはいた。


「最後に、一つだけ教えてください」


 シュタイガーが振り絞るように尋ねる。


「誰のために、何のために行くのですか?」


 シュタイガーの言葉に、フレドリックは今一度空を見上げる。この星空の向こうで、妻が見守っている気がした。


「自分のためさ」


 フレドリックは一言、そう言った。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで来ると、自分から破滅したいと皆が望んでいる、と思える。 シュタイガーを除いて。
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