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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第零部 英雄達の記録
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戦いのジレンマ






「三方向より攻める作戦か。情報によれば、帝国軍は川に沿うように陣を敷いている。……確かにライン川を北・中・南部から渡れば、先に渡った部隊が回り込んで敵の後方を突き、他の部隊はより容易に渡ることができるな」


 セザールは司令部より提案された作戦書を読みすすめながら、感心するように頷く。確かにこの方法であれば、敵の陣形を一気に破ることが可能ではあった。


(それに、あの優秀な指揮官が何処にいたとしても、それ以外の場所で突破できるのであれば問題はないからな)


 セザールは以前戦った若き指揮官を思い出す。常勝無敗であった此方の軍に確実に損害を与え、自身にも傷を負わせたあの男だ。集団を指揮する能力と、個人としての力量。その両方を持ち合わせている上にそのバランス感覚まで備えている。セザールといえど、無視はできなかった。


 セザールは作戦書を置き、窓辺へと歩を進める。外には王都第三広場が広がり、市民達が穏やかな休日を過ごしていた。


「セザール様、ご返答はどういたしましょうか?」


 執事が尋ねてくる。セザールはニコッと笑うとゆっくりとした口調で答える。


「了解したと伝えてくれ」

「かしこまりました」


 執事はお辞儀をすると、そのまま部屋を後にする。セザールは再び視線を広場へと戻し、その日常を目に焼き付けていた。


 一度戦場に出てしまえばこうした情景は中々見られない。英雄といえど戦場に何も思わないわけではないのだ。戦場は確実に心を蝕み、そして腐らせていく。


(凄惨な情景ばかりでは、何のために戦っているのかすら分からなくなる)


 そんな想いを胸の内に巡らせていると不意にドアが開く。


 セザールが振り向くと、そこには小さい愛娘がぴょこりと顔を覗かせていた。


「おとうさま……いそがしい?」


 少し不安げに聞いてくる娘。セザールはにっこりと笑って両手を広げた。


「おいで。クローディーヌ」

「っ!?……うんっ!」


 クローディーヌは小さい体を懸命に動かし、セザールの元へと走って行く。セザールはそれをしゃがんで待ち構え、飛び込んでくる愛娘を思いきり抱きしめて持ち上げた。


「お、クローディーヌ。知らないうちに大きくなったな!また重くなったんじゃないか?」

「おとうさま!『れでぃ』にそんなこと言ってはだめですっ!」

「はっはっは!そうだな。すまん、すまん」


 セザールはそう言ってクローディーヌを抱きしめる。クローディーヌは「おひげがいたい」とセザールの顔を押し返している。


 戦争初期に生まれたクローディーヌも既に4歳に近づいている。それだけこの戦争も長引いているということだろう。王国軍優勢で動いているとはいえ、いつまでも続けばどうなるかはわからない。


(やはり……ここで決めるしかない)


「……おとうさま?」

「ああ。ごめん、ごめん。何でもないよ」


 セザールはそう言ってクローディーヌを床に下ろす。髭が痛かったのクローディーヌはまだ頬をさすっていた。


「クローディーヌ」


 セザールが問いかける。


「これから私は戦いに出なくちゃならない。良い子にしていられるかい?」

「うん!……でも、いつかえってくるの?」

「きっとすぐさ。こんな戦いなんて、父さんが早く終わらせてみせる」

「うん。はやくね!やくそくだよ!」


 そう言うクローディーヌにセザールは優しく頭を撫でる。彼女を生んですぐに亡くなった妻によく似て、綺麗で細い髪をしていた。


 一刻も早く帰ろう。セザールはそう心に誓い、壁に掛けてある自らの聖剣に視線を移した。













「兵の固め方からするに、敵は三方向から渡河を試みるみたいですね」


 シュタイガーの言葉に、フレドリックは静かに頷いている。腕を組み、目をつぶったまま既に相当長い時間が経っている。一応言葉に反応があることから、此方の言葉は聞こえているのだろうが、あまりにも動かずにいるのでシュタイガーも心配になってきていた。


「気にするな。いつものことだ」


 後方からの声にシュタイガーが振り返る。ベルンハルトがドアの横に立っていた。


「邪魔するぞ。……といっても、此方の声は碌に耳に入ってはいないか」


 将軍用の執務室は異常な程広く、無駄とも言えるような装飾品が部屋を彩っている。しかしフレドリックはそんなものお構いなしに部屋の隅で座っていた。


 座っている丸椅子もおそらくは昔から使っている軍議用のものだろう。足がかなり擦り切れている。


「まあ、放っておけ。しばらくかかる」


 ベルンハルトはシュタイガーにそう言うと、シュタイガーがどこか複雑な表情をしているのに気付く。


「どうした?」

「いえ、アーヘンのことで、ちょっと」

「ああ。だがすぐに取り返すさ」


 ベルンハルトがそう言うと、シュタイガーは「いえ」と断ってから続ける。


「あの町にいる人達が、今どんなに辛い思いをしているかと思うと……」

「……そうだな。失言だった」


 ベルンハルトは今し方の自分の言葉を反省する。自分は地域を土地と拠点の観点でしか見ていなかった。将軍としては正しいものの見方だ。しかしシュタイガーのような兵士にとっては、あの場所は町であり人がいる場所なのだ。今彼等が受けている仕打ちは、想像に難くない。


(占領された町で男が奴隷のように働かされ、女が犯されることは戦争の常だ。それを思えば、出てくる言葉は取り返せばいい等というものではないな)


 そう考えたとき、ベルンハルトはふとあることに気付く。フレドリックという男が、何故シュタイガーという下級士官を副官同然に扱っているのかということだ。自分を含め、基本的に副官に部隊長級を任命することは珍しい。


 しかしベルンハルトには少しだけ、分かるような気もした。きっと、自分のいる身分から、ついつい見失ってしまうものを見捨てないようにするためなのだ。


(いずれにせよ、早く決着は付けたいものだな)


 ベルンハルトはそう思いながら、フレドリックを見る。


 彼にはいったい、何が見えているのだろうか。フレドリックは依然として動かず、ただ静かに、じっと目をつぶっていた。






読んでいただきありがとうございます。

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