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報告:女騎士団長は馬鹿である  作者: 野村里志
第零部 英雄達の記録
111/193

父親として



 






「父さん!」

「アルベルト。元気にしてたか?」


 フレドリックは久々に抱き上げた息子に、つい腰を痛めそうになる。自分の非力も問題であるが、息子の成長は想像以上だった。


「随分大きくなったな。もう五歳か?」

「六歳だって!子供の歳を忘れるなよ!」


 アルベルトはむっとした顔で父の顔をみつめる。フレドリックは「すまん、すまん」と笑いながらゆっくりと息子を下ろした。


「しかしこのケルンの村も相変わらずだな。人は少ないし、物もない」


 フレドリックはその物静かな村を見て言う。もっとも亡き妻の故郷であるこの村も、今ではすっかりフレドリックの故郷のようなものである。


「相変わらず貧相で悪かったですね。グライナー中佐殿」

「げっ、お義母さん……」


 不意にかけられた声に、フレドリックはぎこちない様子で振り返る。そこにはいつも通り怒りっぽい義理の母と、普段から物静かな義理の父が立っていた。


「アルベルト!お祖母様とお祖父様がいたならどうして教えない?」

「さあ?教えない方がいいかなって」


 アルベルトは「にしし」と笑う。


「あのなあ」

「何を話しているのですか?フレドリック?」

「いえ、何でもありません!」


 フレドリックは自分の息子に小さい声で話しかけている所に、義母から注意を受け直立不動になる。


(どうもこの御方には敵わないんだよな。アイツに似ているせいかな?)


 フレドリックは頭をかきながら義母の小言を聞く。


 戦いの帰りに寄った妻の墓参り。そんな日のことであった。












「それで」


 夕食を終えた後、フレドリックの義母が話を始める。


「ここは安全なのかい?」


 現在このケルンの村では、フレドリックの息子であるアルベルトが預けられていた。本来であれば軍人の子供の多くは帝都に預けることができる。だがフレドリックはあえてこの村の義理の両親に息子を預けていた。


「少なくとも、帝国の人間に預けるよりはマシでしょう。どんな管理をされているかもわかりません」

「そうなのかねえ」

「帝都の教育は洗脳ですから。私も彼女に会うまでは盲目だった」


 フレドリックは窓の外、かつて妻と夜通し語り合った大きな木の下をみつめる。フレドリック自身が自らの驕りで負傷しこの村で療養しなければ、今頃自分も盲目な戦士として死んでいただろう。


「本当なら私の家に人がいれば良かったのですが、生憎私は早くに親族を亡くしている身。誠に勝手ながら、お二人にお願いしている次第です」

「そんなことはいいさね。この子は私たちの孫だ。何一つ負い目を感じることはないよ」

「……感謝します」


 フレドリックは義母の言葉に頭を下げる。自らが戦場に出ていることは望んで行っていることだ。二人には感謝してもしきれない。


「ばあちゃん。俺もう眠い……」

「そうね。今日はつい夜更かししちゃったわね。……あなた、私はアルベルトを寝かしてきます」

「わかった」


 そう言って義母とアルベルトは部屋を出て行く。そこには息子と義理の父だけが残っていた。


「どうぞ」

「……ああ」


 物静かな義父はただ静かに息子に注いでもらった酒を飲む。


「良いワインだ。王国産か?」

「はい」

「こんな時でも商人は逞しいな」


 そう言って義父が笑う。フレドリックも同様に笑っていた。


「随分な戦果みたいじゃないか。既に十を超える戦場で勝利を挙げたと」

「たまたまです」

「噂じゃ帝国の英雄なんて祭り上げられている。あのセザール・ランベールを破るのも君だとの評判だ」

「やめてください。かの英雄に勝とうなんて、私では逆立ちしても無理ですよ」

「はっはっは。謙遜するじゃないか」


 義父が楽しそうに笑い酒を呷る姿に、フレドリックもつい笑みをこぼす。もし自分に父親がいたならばこんな感じだったのだろうか。早くから身寄りがなく、父親の面影など記憶にないフレドリックにとっては、彼が色々な意味で父親であった。


 そしてしばらく楽しい歓談を続ける。フレドリックはドアの脇に義理の母が隠れているのを見つけていたが、見て見ぬ振りをした。そして義母も義母で、此方が気付いていることなど知っているだろう。堂々とドアの脇で壁にもたれかかりながら、此方の話に耳を澄ましていた。


 そして楽しい時間が続き、夜も深まってきた頃。すでに義母は眠くなったのか寝室へと消えていた。


 そこで義父がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…………なあ」

「なんです。お義父さん」


 少しばかりの間。そして彼が話し出す。


「この戦争、帝国は負けるか」

「……………………」


 フレドリックは少しだけ酒を呷った後、静かに首を縦に振った。義父もそれを見て、椅子に深く腰をかけ直し、大きく息をはいた。


「地力が違いすぎます。動員できる兵の数も、兵の士気も」

「此方はかつて多数の国を支配して拡大してきた歴史を持つ。その帝国でもか?」

「その帝国だからです」


 フレドリックが続ける。


「こちらは多数の国家を支配してきたが故に、多数の集団を内包しています。それがこれを機に分裂するとも限らない。そもそも帝国は半ば領邦制に近い国家制度を敷いていたのです。もともと国としてのまとまりが弱い」

「うむ」

「敵は宗教と秘術という力をもって集権化を進めました。軍隊としての組織力も、彼等の方が上でしょう。帝国軍は近代式軍隊と名乗っていますが、実態をみれば遅れているのは此方です」


 そう言うと、義父は黙り込む。そしてまっすぐフレドリックを見た。


「何か方法はあるのか?」


 フレドリックはただ黙って、鞄の中から分厚い書類を取りだして、彼に渡した。


「お渡しします。これは私が忘れていったことにしてください」


 書類には戦術に関することがこれでもかと書かれている。そして表題には『英雄を殺す構想』と記されていた。


「息子のためか」

「私のエゴです」


 フレドリックはそうとだけ言って立ち上がる。すると不意に廊下とつながるドアが開いた。


「父さん?」

「アルベルト、もう遅い。はやく寝な……」

「まあいいじゃないか。フレドリック」

「お義父さん……」


 義父はそう言うと、フレドリックの肩を叩き、部屋へと戻っていく。リビングには親子だけが残された。


「気が利くが、優しくはないな」


 フレドリックはそう言いながら自分の息子を見る。その瞳は亡き妻によく似ていた。


「アルベルト」

「何?父さん」


 フレドリックは頭を撫でながら言う。


「誇り高く生きろ。信念を忘れるな」

「え?うん、わかった」

「……よし」


 フレドリックは眠くて再びうとうとし始めた息子を抱き上げる。ずしりと自分にかかるアルベルトの体重が、どこかうれしかった。


「父さん、次はいつ帰ってくるの?」


 アルベルトが聞いてくる。もう今にも父親が出発することを察しているのだろう。


 彼は賢い。自分よりずっと賢くなるだろう。あとはそれを正しく使えるようになればよい。そうすれば、未来はきっと変わってくる。


(君も私のように、素晴らしい人と出会えると良いな)


 フレドリックはアルベルトをベッドまで運び、優しく寝かしつけた。


「さらばだ、アルベルト。愛しい我が息子よ」


 フレドリックは自分の息子に敬礼をする。アルベルトは眠そうな目を擦りながらそれを見ていたが、じきに力尽きて寝てしまった。


 フレドリックは息子に背を向けて、再び歩き出す。


 父親としての最後の仕事であった。






読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは呪いですか?
[一言] やばい、涙腺が...
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