その1 ゾンビ
「ザワークラウトってあんま好きじゃねーんだよな……」
「なんで。酒のアテにはいいじゃん。安いし」
「まあそうなんだけどさ、最近あんま酒飲んでなくてな。食うだけだから」
「なんで」
「金がねーんだよ金が。一杯飲んだらそこで打ち止めだ」
「ああ……そりゃまあ仕事失敗するからだろ?」
「しょーがねーんだよ、俺らアンデッド苦手なんだよ」
「苦手なら得意な奴連れてこいよ」
「そりゃそうなんだが、臨時に入れると分け前が減る」
「減るとかなんとか以前に、仕事やり損なったら金になんねーだろ。分け前以前だ」
「そういやゾンビってさ」
「ん?」
「腐ってんじゃん」
「腐ってんな」
「でさあ、聞いたんだけど」
「何を?」
「腐敗と発酵って、同じ現象なんだってな」
「発酵? 腐敗と? 同じ?」
「つまりさ、人間にとって有用で食えるのが発酵で、食えなかったら毒出して腐ってるってことなんだと。
例えば酒になるのは発酵で、腐った水になるのは腐敗、だけど細かい現象としては同じことなんだと」
「はー、そりゃ初めて聞いたわ」
「だから酒もある意味ゾンビ。ブドウゾンビとか麦ゾンビ。ザワークラウトもキャベツゾンビ」
「いやゾンビは発酵じゃなくて腐ってるだろ……それに酒は襲ってこない」
「酒飲んだ奴は襲ってくることがあるから、分類上はゾンビかもしれん」
「多分襲うのは女だけだと思うが」
「男襲う奴もいないわけではない」
「済まないがホモゾンビは帰って永遠に寝てろ」
「でな、もしゾンビが腐ってるんじゃなくて発酵してたら、食えるんじゃないかって」
「……いやさすがにさ、人間は食えねーわ」
「まあ人間は人間食う気にはならねーけどさ、迷宮の怪物だったら、食うんじゃね? 美味かったらさ」
「多分……食ってるな。食いモンなくなったりしたら」
「もしかしたらさ、ゾンビの中にも腐ってるやつと発酵してる奴がいるんじゃないかと思ってな」
「あー、確かにその可能性はあるな」
「だけど実際さ、いい匂いさせたゾンビなんて出会ったことないわけだ」
「ないなー。ことごとく腐ったくっせー臭いしかしてない。腐肉の臭いだわ」
「逆に近づいてくるときにクセあるけど旨そうな匂いさせてたら、戦いにくいよな」
「戦いにくいってか、腹減るしな」
「んでさ、考えたんだけど」
「何を」
「発酵ゾンビってのもいるんだけど、多分迷宮の怪物に食われていなくなったんじゃないかって」
「……そりゃまあ、ありえる話だな」
「そうなんだよ。腐ってるの食ったら腹壊すけどさ、発酵してるのなら食っても異常ないどころか、旨いだろうし健康にもいいわけじゃん。そりゃいなくなるよな」
「まあ、優先的に食われるよな」
「だから発酵ゾンビがいるかどうかなんて、検証しようがないだろうと」
「まあ、できねえだろうな」
「だからこれは限りなくゼロに近い可能性しかないといえるんだ」
「そうかもな」
「だけど、もしいたら――」
「いたら?」
「一齧りしてみたくね?」
「みたくねえなあ」
「旨そうなのに……どんな味か確かめるぐらいは」
「いやむしろ見た目は旨そうじゃないだろ……レアモノなのは確かだけど」
「だって向こうは齧ってくるのにこっちは齧っちゃいけないって不公平じゃん」
「だから腐ってんのを間違って齧りたくねえし」
「……ああ、もしかしたらネクロマンサーって、発酵食作る職人が間違った方の魔法へこじれた奴かもしれんなあ」
「だからって人間発酵させたりはしない」
「いやあほら、美食こじらせた奴って、ゲテモノいくじゃん? 虫とか、サルの脳とか、人間とか」
「ああ、そういう系の……」
「動物系ゾンビとか、あいつらの発酵実験の失敗作かもな」
「ドラゴンゾンビが発酵に成功してたら、世紀の大発明、究極の美食になったかもな」
「いやあもしかしたら、あれって成功作かもしれんぞ」
「そらまたどうして」
「だってドラゴンゾンビって、まあだいたい骨じゃん? ゾンビってか骨だけど」
「ああ……つまり」
「そう、奴らは……すでに食われたあとだったんだよ!」
「ネクロマンサーすげえな。てか独り占めしやがって、ずりぃな。成功してんなら俺にも食わせろよ」
「てことはアレだ、スケルトン」
「ん?」
「あれも成功作って可能性が」
「なるほど、発酵ゾンビの廃物利用で、って考えると……」
「なんか納得するだろ? ネクロマンサーの存在」
「むう……あれも残り物か! ネクロマンサーイコール、こじらせ発酵専門料理人説か!」
「そういやさ、俺の妹がな」
「妹?」
「こないだ晩飯の時にな、『あたし腐ってるんだ』ってカミングアウトしてきて……どうしたらいい? 齧っていいのかな」
「齧るな。それ違う意味だから」
一度でいいから見てみたい
人がゾンビをかじるとこ
どっとはらい。