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魔法使い


「最上!」


 私が名前を呼ぶと、最上はなんてことないって顔をして振り返った。

 心配して損したって思うくらい、けろっとしてる。

 信じられないことに、最上は単独で異世界人を無力化していた。


「よう。そっちも終わったみたいだな」

「まぁね。というか、あんたホントに何者なの?」

「何者って、知ってるだろ。最上翔流」

「そう言うことを言ってるんじゃないってば、もう」


 まぁ、いいわ。

 これで異世界人を二人とも捕らえることが出来たんだから。

 あとは白髪の男を拘束して先生に引き渡せば万事解決ね。


「――まったく、なんて様だ」


 不意に聞こえた、第三者の声。

 すぐにスキルで剣を造り、声がしたほうに振り返る。

 その誰かは高速した金髪女の側に立っていた。


「まずったわね」


 私のミス。

 まさかもう一人いるなんて。


「よせ、俺に戦う気はない」


 剣を構えた私達に向けて、その男はそんな台詞を吐く。

 背が高くて体格のいい、三十代くらいの青髪。

 その風貌からして完全に異世界人。

 まったくどうしてこの街にこう何人も異世界人が紛れ込んでいるのよ。


「ただ仲間は回収させてもらう」

「ん? あっ、猿!」

「猿?」


 横目でちらりと後ろをみると、意識のない白髪を猿に似た魔物が抱えていた。

 その魔物はすぐに人一人を抱えているとは思えない動きで天井の鉄骨まで飛び上がる。

 そこから器用に移動して青髪男の側に飛び降りた。


「嘘でしょ、どうなってんのよ」


 魔物が異世界人に従っている?

 魔物の調教なんて成功するようなものじゃないのに。

 あるいは、そういう魔法?

 とにかく、あの異世界人を逃がす訳にはいかない。


「……人二人抱えて逃げられると思ってんの?」

「この二人を倒したキミたちだ。まず無理だろうな。だが、こうすればどうかな?」


 青髪男が指を鳴らして、乾いた音が響く。

 瞬間、周囲に無数の魔法陣が現れて、そこから数多の魔物が召喚される。


「――召喚術師!」


 魔物が暴れた形跡があるのに、犠牲者は一人もいなかった。

 その理由は召喚術師が魔物を制御していたから。


「キミたち魔法使いは魔物を捨て置けないだろう?」


 そう言いつつ青髪男は二人を連れて去って行く。


「望月。どっちだ、どっちを優先する?」

「どっちって――」


 異世界人はここで捕らえておくべき、だけど。


「――魔物の処理優先! 全部、この場で仕留めるわよ!」


 魔物を無視すれば追いつけるけど、魔物を製鉄所から出すわけにはいかない。

 街に拡散すればそれだけ被害が増える。

 魔法使いがそんな選択をするわけにはいなかい。

 悔しいけど、青髪男の言う通り。


「あぁ、わかった! 魔物だな!」


 お互いに握り締めた得物を振るい、数え切れないほどいる魔物に斬り掛かる。

 そうして息つく暇もないくらい激しい戦闘を繰り広げた。

 

§


 魔法陣の修復を終わらせて二人の元まで戻ってみると、無数の魔物の亡骸をみる。

 その中心では最上と望月が背中合わせになってへたり込んでいた。


「なになに、どうしたの? これ」

「やられたわ。三人目がいて、まんまと出し抜かれたのよ」

「なんか、すげー数の魔物が出てきてさ。もう無理、へとへと」

「ふーん、そういうこと」


 この事件の犯人である異世界人は取り逃したか。


「まぁ、二人ともよく頑張ったよ。イレギュラー続きの現場で、二人してちゃんと生き残ってる。それに作業員の人達も全員救えたんだ。上々じゃないか」

「褒めてくれんだ?」

「当然さ。まぁ、異世界人を逃したのは残念だけど。一番の目的は人命救助さ。立派にやり遂げたもんだ。誇っていい」

「だってさ、七奈」

「翔流、うっさい。わかってるわよ、そんなこと」


 ん?


「あれ? キミたちっていつから下の名前で呼び合うようになったの?」

「え? いま俺、下の名前で呼んでた?」

「呼んでたわよ。ちなみにあんたが先に呼び出したんだからね」

「んー? あぁ、そうだ。戦ってる途中に咄嗟に出たんだった。望月より七奈のほうが呼びやすいから」


 まぁ、単純にモチヅキよりナナのほうが字数は少ないからね。


「でも、なんで七奈も俺のこと下の名前で?」

「私だけ下の名前で呼ばれるの、なんか癪だったからよ」

「癪? なんで?」

「なんでもよ、なんでも」

「なんだそれ」


 小首を傾げる最上と、わざと体重を掛ける望月。

 勉強会のこともあってか、随分と打ち解けられたみたいだ。

 仲良きことは美しきかな。

 青い春って言うのはいつ見ても良いものだね。

 まぁ、僕もそれほど年老いている訳じゃないけれど。


「二人ともお疲れみたいだし、あとのことは僕がやっておくよ」

「ホントに? 助かるわ」

「ありがとう、大和先生」

「どう致しまして」


 まずは死体処理業者を呼んで、それから結界も解かないと。

 今回助かった作業員の人からも異世界人について話を聞く必要がある。

 異世界の事情についてはまだ把握できていないことも多い。

 すこしでもなにか情報を知っていたら御の字なんだけど、どうかな?


「そうだ。戻ったらまた勉強会よ」

「マジ? 俺、もうへとへとなんだけど」

「ダメ。途中で終わったんだから、今日の分はきっちりこなすわよ。私だって眠いんだから、あんたも気張んなさい」

「へーい。苦いコーヒー注文しないと」


 脱力した体に気合いを入れるように背を話した立ち上がる。

 猫のようにうんと伸びをする望月をちらりと見た最上が、静かに僕に近づいた。


「大和先生。俺、アレを使ったんだ」

「……そうか」


 胡蝶刃の奥義を。


「異常や違和感は?」

「ない。ちゃんと全部、人間だよ」

「無事でよかった」


 望月の伸びが終わると共に、最上は笑って僕から離れた。


「どれくらいで終わりそう?」

「さぁね。あんた次第だけど、一時間ぐらいで終わるでしょ」

「一時間……うへぇ」


 胡蝶刃の奥義、羽化。

 無数の蝶と化して敵の攻撃を回避、無効化する魔法。

 人間として再構築される際、それ以前の負傷や欠損を完全に修復する副次効果を持つ。

 まるで幼虫が蛹を経て羽化する蝶が如く、だ。

 ただこの羽化には人間に戻れなくなるというリスクが付きまとう。

 これを一番に覚えさせたのは、魂の形が蝶である最上なら使いこなせる可能性があったから。

 そして免れない死から生き返る方法をまず覚えさせておきたかったから。

 僕の思惑はどうやら成功していたみたいで、最上を失わずに済んだ。


「じゃあ、あとのことはよろしく。大和先生」

「私達はこのまま勉強会してるから」

「あぁ、頑張って」


 二人の背中を見送った。


§


 今日も今日とて、戦闘訓練と勉強会は続く。


「でも、ホントにすぐ憶えるわよね、翔流って」

「まぁ、昔からやれば出来る子って言われてきたし」

「ホントになんでも出来そうでなんかムカつく」

「なんだそれ」


 ノートに最後の一文字を書いてペンを置いた。


「魔法使い歴十日で異世界人を撃退だもの。そのうち最強の魔法使いになっちゃいそうね」

「最強の魔法使いか」


 悪くないかも。


「本気にしてんじゃないわよ。あんたの前には常に私がいるんだからね」


 腕組みをして得意気な顔をする。


「なら、七奈を追い越すのが当面の目標かな」

「ふふん、出来るもんならやってみなさい」


 そう話していると、携帯の着信音が鳴る。

 通話に出ると、大和先生の声がした。


「いま大丈夫? キミたちの出番だよ」

「わかった。すぐにいくよ」


 出動場所を聞いて通話を切って立ち上がると、七奈も同時に腰を上げる。


「行こう」

「えぇ」


 俺達は二人揃って喫茶店を後にした。

書きため分、消化したので完結です。

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