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赤化刀剣


 白髪の長い髪から垣間見える目に見据えられる。

 異世界人の男は、俺が駆け出してもその場から動こうとはしなかった。

 完全に待ちの姿勢を取っている。

 これまで色んな奴と喧嘩してきたけど、そういう奴は何かを企んでいるタイプだ。 

 勢いはそのままに注意深く意識を集中しながら肉薄する。

 そうして足を進めていると、なんの前触れもなく先行していた蝶が真っ二つに切れた。


「糸ッ」


 死を予感させる光景を目にし、急遽足を止めた。

 踏み止まり、身を逸らす。

 舞い上がった前髪の先が微かに切れた。


「あっぶねぇ」


 白髪が動かなかったのはこのためか。

 やっぱり企んでやがった。


「ハッ、相手もそんなに馬鹿じゃねぇか」


 口角を吊り上げ、奴は手招きをする。


「ほら、こいよ。地球人」


 挑発だってことはわかっている。

 だから、冷静になって大和先生との訓練を思い出す。

 左手を相手に翳して、自身の中にある魔力を発露させる。

 魔法の名は胡蝶刃。

 魔力が蝶として具現化し、そのはねは鋭利な刃と化す。

 その群れが切れ味を持つ飛翔となって張り巡らされた糸を断つ。

 道を切り開きながら、標的を目指す。


「それがどうしたっ!」


 白髪は糸で一振りの剣を束ね、それを水平に振るう。

 その一撃によって三日月状の糸束が放たれ、蝶の群れを薙ぎ払った。

 けど、それが通過したあとに糸はないはず。

 滑り込むようにして三日月の糸を躱し、即座に体勢を立て直して駆け抜ける。

 周囲に舞う蝶は一匹たりとも切られず、今度こそ白髪を間合いに捉えた。

 踏み込み、柄を握る右手に力を込め、一刀を見舞う。

 対抗するように糸の剣が撃ち込まれ、混じり合った刃は鍔迫り合う。


「お前は俺には勝てねぇよ」

「あぁ?」

「蝶が蜘蛛くもに勝てる道理はねぇって言ってんだッ!」


 俺達は互いに互いの剣を弾き合った。


§


「さぁ、行ってらっしゃい」


 鞭で床を打つと同時に、豹の姿をした魔力が発露する。

 それは一匹だけじゃなく、群れとして出現して一斉に駆けた。


「このくらいっ」


 両手に剣を構えて地面を蹴る。

 跳んだ先で一頭を斬り裂いて、機械の上に跳び乗り、そこから更に跳躍した。

 そこを狙って撃墜しようと地上から豹が跳ねる。

 けれど、体を捻って回転斬りを放ち、その胴体を真っ二つに斬り裂いた。


「ぴょんぴょん跳ねて可愛い」

「うっさいわね。この年増!」


 空中で身を捻って剣を一振り投げ付ける。


「ひっどーい。私まだ二十一よ?」


 なんてことを言いながら、余裕で剣を弾かれた。

 豹の群れもそうだけど、あの鞭もかなり厄介そう。


「ガルルルルルルル」


 着地地点で待ち受けていた一頭に剣撃を浴びせて着地。

 すぐにもう一振り剣を造って握り締め、追撃を引き裂いた。


「私ってそんなに老けて見えるのかしら?」


 皮肉に決まってんでしょ。

 絶対に言わないけど。


「まぁ、お子様には私の魅力はわからないのかもねー」

「あー、今のはすっごくカチンと来たわ」


 子供扱いされるの超がつくくらい嫌いなのよ。


「必ず一発ぶち込んでやるんだから。おばさん」

「口の減らない子猫ちゃんね」


 また鞭で床を打ち、豹の群れが地を駆ける。

 私はそれに合わせてまた跳躍し、体をしならせて攻撃を行う。

 次々に牙を剥く豹を斬り裂いて跳び込み、二振りを振り上げる。


「あら、残念」


 けれど、それが届くまえに右方向から鞭が迫った。

 先端の刃が風を切って進み、私は防御を余儀なくされる。

 剣を盾にして攻撃を防ぐと、その勢いに攫われて鉄の川の向こう岸まで飛ばされた。

 固い地面を跳ねて、衝撃が体の中で拡散する。

 それでも地に足を着けて、床に剣を突き刺して、どうにか体勢を整えた。

 顔を持ち上げると複数の豹が目に映り込む。

 剣を引き抜いて跳びかかってくるそれを返り討ちにすると、視界を埋め尽くすような巨大な豹が向かってくる。


「ガルルルルルルルルルッ」


 鉄の川を飛びこえてその牙を剥く。

 だから、それが私に届く前に特大の剣を造り上げ、その背中に突き立てた。


「ガァアアッ」


 落ちた剣先が背中から入り、腹を貫いて床に突き刺さる。

 胴体を貫通して縫い付けられた巨大な豹は、耐えきれずに霧散した。


「地球の子もなかなかやるわねぇ」

「それはどーも」


 特大剣を掻き消して学生服についた汚れを払い、女を見据える。

 周囲にはまた豹の群れが現れていた。


「厄介な女……」


 離れると豹の群れが、近づくと鞭が襲ってくる。

 豹のほうはどうにでもなるけど、鞭のほうはかなり速い。

 牙や爪を躱しながらだとほとんど必中みたいなものじゃない。

 考えて、私。 

 さっさと目の前の異世界人を倒して、最上の援護にいかないと。

 そのためには、どうすればいい。


「そうだ」


 一つ閃いた。


「あんまり時間もかけてられないから、早く降参してね」


 床が鞭で叩かれ、豹の群れが一斉に駆ける。

 飢えた獣みたいに突っ込んでくるそれらを前にして、私はスキルを発動した。

 この空間の至るところに剣を造り、次々に射出する。

 それで豹は全滅させられたけど、女に向けた何本かは簡単に弾かれてしまう。

 でも、道は開けた。

 突き立てた剣の道標を辿るように駆けて距離を詰める。


「やるじゃない。でも、焼け石に水って奴よ」


 そう。

 全滅させてもまた新しく現れてくるだけ。

 魔力が尽きるまで持久戦をしている暇もない。

 けど、これはただの時間稼ぎ。

 底に沈めた剣が十分暖まるまでの。


「じゃあ、とっておきの熱い奴、プレゼントしてやるわ!」


 ドロドロに溶けた鉄の赤い川。

 その底に沈めておいた数多の剣を一斉に引き上げた。

 真っ赤になるまで熱せられ、融けた鉄がどろりと落ちる。

 その灼熱の赤剣たちを一斉に女へと叩き込んだ。


「――このッ!」


 女は豹の群れを総動員し、赤剣を食い止めに掛かる。

 でも、この剣はただの剣じゃない。

 スキルで造り出した特別製の刃は普通の金属より遥かに融点が高い。

 それを溶けかけるほど熱してあるから、内包する温度は見た目以上。

 いくら食らい付いても、爪を立てても、その端から燃やして弾く。


「ギャウッ!?」

「ギャンッ!?」


 豹の群れがたちまち悲鳴を上げて霧散する。


「なんて攻撃してくるのよッ」


 身に迫る赤剣に鞭が振るわれた。

 先端にある刃が赤い刀身を打って引き裂き、一本目が半ばから折れる。

 それは熱した分、柔らかくなっているせい。


「あはっ、意外と脆いのね」


 次々に赤剣が破壊され、ついに最後の一振りが折れる。


「はい。おしまーい」


 私はそこへ左手に握り締めた一振りの投げ付けた。


「それが精一杯?」


 一直線に突き進む剣を打とうと、女は鞭をしならせる。


「――あら?」


 流石に気がついたみたい。

 先端の刃に折れた赤剣の欠片が纏わり付いていることに。

 赤く熱せられた欠片が刃を熱して、その強度を著しく下げる。


「狙いはこっちってわけね……」


 今更わかっても遅いんだから。

 全滅した豹を発露するにしても、回避するにしても、遅すぎる。

 もう間に合わない。

 強度の下がった鞭の刃で迎え撃つほかにない。


「あぁ、もうッ」


 甲高い音がなって鞭が剣を弾く。

 瞬間、鞭の先端が壊れ、赤く染まった刃の欠片が散る。

 これでもうあの女に脅威はない。


「このままっ」


 右手に残った一振り携えて距離を詰める。


「まだよ!」


 鞭のしなる音と共に、豹の群れが再び牙を剥く。

 私は投げた一振りを構築する暇も惜しんで駆け抜けて、すれ違い様に斬り捨てる。

 あっと言う間に距離を詰めて、剣の間合いまであとすこし。


「それならッ」


 先端を無くした鞭がうなり、鋭い打撃がこの身を打つ。


「――ッ、こん……くらい」


 でも、刃を壊した甲斐はあった。

 左腕を盾にして、鞭を掴むことに成功したから。


「大したこと、なのよッ!」


 左腕を力一杯引っ張って、女を引き寄せた。

 宙に浮かんだところを狙い、剣を握る右腕に力を込める。

 そして、渾身の一撃を叩き付けた。


「あっ――」


 短い悲鳴を上げて地面を跳ねる。

 何らかの機械にその身をぶつけて、ようやく勢いは収まった。

 ぐったりとした様子で、起き上がる気配はない。


「峰打ちよ。死にはしないわ」


 事前に潰していた刃を撫でて、私は剣を掻き消した。

面白いと思ってもらえた時だけでいいので

ブックマークや広告の下にある☆から評価をしていただけると、とてもとても嬉しいです。

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