緊急召集
初陣を飾ってから三日ほど。
その間も大和先生の訓練は続き、胡蝶刃の魔法についての手解きを受けた。
訓練が終わるとその足で喫茶店に向かい、望月と落ち合って勉強会を行うのが最近の俺の日常だ。
「あちゅっ!」
「あちゅ?」
「うっさい。猫舌なのよ、私」
そう言いつつホットミルクに息を吹きかける。
魂の形が猫だから猫舌なのか、偶然なのか。
そんな下らないことを考えつつ、書き留めたノートに目を移す。
「戦闘スタイルの違いか」
「私みたいに魔力の発露だけで魔法として成立するタイプと、あんたみたいに形にしないと成立しないタイプの二つにわかれんの」
「前者が獣憑で、後者が魔使だっけ」
「そうよ。魔法使いの大半は獣憑だから、あんたって結構レアなのよ」
「へぇ。そう言えば大和先生も似たようなこと言ってたな」
昆虫は珍しい、とか。
「そういや、大和先生はどっちなんだ?」
「たしか獣憑だって言ってた気がするけど」
獣憑か。
どんな魂の形をしているのか気になるな。
火の魔法をよく使うイメージだけど。
「あ、噂をすれば。はい」
望月の携帯端末が音を鳴らして着信を知らせる。
さっきの反応からして大和先生からだ。
言葉短く返事をして通話が切れると、伝票を持って立ち上がった。
「行くわよ。勉強会は中断」
「魔物か」
花弁の浮いたソーダを飲み干して俺も立ち上がる。
喫茶店を後にし、望月の後ろに続いた。
§
赤錆びた景観に無数に絡みついた配管。
そこから一本だけ抜き出た煙突からは白煙が伸びている。
現在においてこの製鉄所は全面封鎖されていた。
「大和先生!」
「お、来たか」
生徒達が駆けつけ、立ち止まって息を整える。
呼び出しから数分で到着できた点は評価して上げないと。
「ここに魔物が?」
「あぁ、しかもかなり悪い状況だ。手遅れって言った方がいいかも知れない」
「手遅れって、どういう」
振り返って、改めて赤錆びた景観を見る。
「見ての通り、この製鉄所は随分と年期がある。下に敷かれている魔法陣も旧式だし、長いことメンテナンスを怠っていたみたいだ」
そこまで言うと望月だけは察したように溜息をついた。
「魔力を流しても魔法陣が機能しなかった。中にいる作業員はまだ一人も助けられていない」
それは生存者のいる可能性が限りなく低いということ。
口に出して言わなくても、流石に最上も気がついたころだ。
「……でも、まだ生きてる人がいるかも知れないんだよな?」
「そうだね」
「じゃあ、助けにいかないと」
まぁ、そう言うよね、最上は。
「なら、こうしよう。キミと望月は製鉄所内で生存者の捜索と保護に当たってくれ。僕は僕で魔法陣の修復を試みよう」
「大丈夫なの? 先生。その分身も戦闘用じゃないから私達を待ってたんでしょ?」
「その通りだけど、キミたちが魔物を引き付けてくれれば問題ないよ。先生は隠密も得意だから」
魔物に見つかることなく魔法陣の破損箇所を見つけて修復する。
楽な仕事じゃないけど、出来なくはない。
「さて、役割分担も決めたし、行きますか」
三人揃って製鉄所の敷地内に踏み込んだ。
§
早々に先生と別れて最上と一緒に製鉄所内を探索する。
稼働を停止した機械。コンクリートの床に散らばる工具類。
そして破壊された天井や壁。
魔物が暴れた形跡はそこかしこにある。
「……妙ね」
「妙ってなにが」
「死体がない」
私がそう言うと、最上もはっとしたように周囲を見渡した。
「魔物は人喰いよ。本当ならもっと凄惨な光景になっているはず」
「死体がないってことは、生きてるってことか?」
「希望は持たないほうがいいわ。けど、可能性は残ってる」
「……そっか」
製鉄所内を巡っていくつかの扉を開いてみるも、広がる光景は似たようなものばかり。
角を曲がって通路を渡った先にまた扉が見える。
「次、あそこ」
「あぁ、わかった」
右脚にだけ魔力を発露させて扉を蹴破り、その先へと進む。
そうしてまず目に入ったのは赤くドロドロに溶かされた鉄の川だった。
それに跨がるように幾つかの橋が架かっていて周囲には機械が並んでいる。
「あそこだっ」
最上が指差した先に視線をやると、大勢の作業員たち目に入る。
その人達は身動きが取れないように縛られていた。
「なっ、どういうこと……」
囚われている? 魔物が食べもせずに?
両手も縛られているし、明らかに可笑しい。
なによ、この状況。
「直ぐに助けるっ」
困惑する私の側を最上が追い抜いていく。
魔法使いになって日が浅いから、この状況の異質さがわかってない。
いえ、わかっていても最上はそうしていたのかも。
「待ちなさい」
襟を掴んで最上をその場に引き留める。
「な、なんでっ」
「とにかく、ここで止まりなさい。状況を整理するから」
人を縛って一箇所に集めている。
こんなことは魔物には出来ないし、する必要もない。
でも、目の前には実際に縛られている作業員がたくさんいる。
つまり、これは人為的なもの。
誰かが裏で糸を引いているということ。
それは、誰?
「そうだ。近づいちゃいけない」
不意に社業員の一人が口を開く。
「見えないだろうが、俺達の周りに糸が張ってあるんだ」
「糸?」
「あぁ、恐ろしく切れ味のいい糸だ。工具を投げたら真っ二つになりやがった」
周辺を見ると、確かに不自然な切れ方をした工具がある。
疑ってた訳じゃないけど、本当に見えない糸が張られているみたいね。
「先生がいれば焼き払えたけど」
いないものはしようがない。
それに戦闘用じゃない分身じゃ役に立たないし。
「しようがない。叩き切るわ」
スキルで特大の剣を一振り造り出し、操って振り下ろす。
剣先で天井を浅く削りながら落ちた一撃が、虚空を斬り裂いて床を破壊する。
その際、ワイヤーが切れたような音がしたから、見えない糸はきちんと切れたみたい。
「やることが派手だな」
「ちまちま進むよりいいでしょ」
特大剣を掻き消して割れた床をなぞって通る。
きちんと糸は排除出来ていたみたいで、障害もなく辿り付けた。
「あぁ、ありがとう。助かった」
「まだ安心しちゃダメですよ」
助かった気でいられちゃ困る。
「ここを脱出するまでは――」
「そういうことされるとー、困っちゃうんだけどなー」
不意に声がして物陰からブロンドの女が出てくる。
赤い瞳に御伽話から飛び出してきたみたいなファッション。
「あぁ、そう……あんたたちの仕業ってわけ。異世界人」
「異世界人って、あの異世界人か?」
「そうよ、あの異世界人」
地球が異世界と融合して、魔物と同時に現れた異なる世界の住人たち。
どうして異世界人がこんなところに。
いいえ、理由ははっきりしてる。
この状況を見れば明らか。
地球人を捕らえるために違いない。
「私達にしてみれば貴女たちこそ異世界人だけどね」
後ろ出に得物を掴むと、だらりと手元から垂れる。
床に落ちたそれは、先端に刃がついた鞭だった。
「ねぇ、邪魔だから解いてくれない? この糸」
視線が私達から外れて更に奥を見ている。
「最上」
「あぁ、いるよ。後ろに妙な格好をした白髪の男がもう一人」
異世界人二人と敵対状態か。
面倒なことになったものね。
「目的はなに? 人を集めてどうしようっての?」
「聞かれたからって素直に答えると思う?」
またワイヤーが切れたような音がする。
周囲を囲んでいた糸が解かれたみたい。
「これでいいか?」
「うん、ありがと」
女が足を進めて近づいてくる。
こっちには守るべき人たちが沢山いるってのに。
第一に優先するべきは保護した作業員たちの救出。
どうにかして逃がさないと。
近づいてくる女を見据えて思考を巡らせていると、ふと軽快な音楽が流れてくる。
聞いてすぐわかる流行りの曲。
「あ、悪い。俺だ」
「あんたねぇ……」
この緊急事態に暢気してるわね、ホント。
「やあ、そっちはどう?」
スピーカーの設定にしたのか、先生の声が周囲に響く。
「いま異世界人とにらめっこ中よ」
「あ、ホント。異世界人ねぇ」
とうの異世界人の女は怪訝そうな顔をして足を止めている。
地球の技術を知らないから困惑してるのかも。
先生がどこかに潜んでいるとでも思っているなら好都合だけど。
「作業員の人たちは?」
「確保してるわ。だから困ってるの」
「なるほど。じゃあ、いいタイミングって訳だ」
瞬間、周囲が光で満ちて作業員の人達を攫っていく。
結界が発動した。
視界が元に戻ると、この場には私達と異世界人の四人しか残っていない。
「ははっ! やるぅ、大和先生」
「でしょ? じゃあ、あとは存分に暴れてくれていいよ」
ぷつりと通話が切れた。
「だってさ」
「えぇ、そうね」
スキルで二振りの剣を造り出し、魔力を発露させる。
後ろからは蝶が宙を舞った。
「あれだけの人数をどこに隠したのかしら」
「聞かれたからって素直に答えると思うわけ?」
「あはっ、言い返されちゃったわね。なら……」
一薙ぎして打ち付けた鞭が床を割る。
「口を割りたくなるようにしてあげる」
女は再び足を動かした。
「悪いけど、そっちは任せたわ」
「あぁ、任された」
「危なくなったらすぐに言いなさい。助けにいくから」
「なら、言わなくて済むように戦うよ」
生意気なんだから。
「行くわよ」
「あぁ、行こう」
私達は同時に地面を蹴って、それぞれの相手に攻撃を仕掛けた。
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