スカウト
「今朝、擦れ違った時にさ。思ったわけよ。あ、こいつヤバいなって」
「だから、授業すっぽかしてスカウトしに行ったってわけ?」
「そういうこと。悪いけど先生これから忙しいから、もう切るね」
「あっ、ちょっ――」
通話を切って携帯端末の電源をオフにする。
それをポケットに仕舞うとちょうど通り掛かった雲に顔を覆われた。
一歩、二歩、三歩と下って視界をクリアにすると、眼下に南来栖高等学校校舎を納める。
校門からは続々と生徒たちが登校し、その中に目当ての人物を見つけた。
「最上翔流。十六歳、高校一年生。両親が他界してから孤児院で育ち、高校入学を機に一人暮らしか」
手元の資料と見比べても本人で間違いない。
「一目見てピンと来たよ、間違いなくスキルが発現してる。それもとんでもないのが」
空中に腰を下ろして胡座を掻く。
「見せてもらおうかな。キミがどういう人間なのか」
§
小さな頃からやればなんでもそれなりに出来る子供だった。
運動も。
「はっや!」
「陸上部よりずっと速い!」
料理も。
「なんだその包丁捌き!?」
「家庭科の授業で見るようなレベルじゃねーぞ!?」
勉強も。
「抜き打ちテスト100点ってマジ?」
「授業中、ずっと寝てんのになんで?」
特に頑張らなくても結果がついてきた。
だからどれにも身が入らなくて、退屈で、長続きしなくて。
色んな部活のスカウトを蹴って、だらだらだらだら、貴重な青春を無駄にしている。
「帰ろうぜ、最上」
「どっか寄ってこう」
「あぁ、どこいくかな」
まぁ、今が楽しければそれでいいけど。
「ん?」
買い食いとか、適当な笑い話とかしつつ歩いていると、見知った学生服を見る。
「あれ、うちの学校の女子じゃん」
女子生徒が柄の悪い不良に絡まれている場面に出くわした。
「悪い。先に帰っててくれ」
「おいおい、また人助けか?」
「そのうち、逆恨みされっぞ」
そんな言葉を背中に受けつつ、一人の不良の方に手を置いた。
「なぁ、そこまでにしとけって」
「あ? なんだお前」
手を払われ、二三歩距離を取る。
「こいつの恋人かなんかか?」
「いや、別にそんなんじゃないけど」
「じゃあ、なんなんだよ。おめぇはよ」
にじり寄って距離を詰めてくる不良たち。
でも、そのお陰で女子生徒から注意がそれた。
「ほら、今のうち」
視線を合わせてそう言うと、彼女は頷いて逃げ出す。
「あっ、逃げやがった!」
「追え!」
追おうとする不良たちに立ち塞がるようにして行く手を塞ぐ。
これで逃げ切れるはずだ。
「なんなんだよ、お前は」
「ヒーロー気取りか? あぁ?」
「ただじゃ帰さねぇから覚悟しろよな」
三人は懐からそれぞれ武器を取り出した。
ナイフと警棒が二本。
どれも対魔物用の防犯グッズとして市販されているもの。
まともに喰らったら、普通に死ぬ。
「はぁ……」
溜息をついて、爪先で何度かアスファルトを軽く蹴る。
そうして靴の履き心地を整えると、道路を蹴って跳ぶ。
「なっ!?」
そのまま足を突き出してドロップキックを喰らわせ、一番危険なナイフ持ちをダウンさせた。
「てめ――」
着地と同時に腰を入れて拳で弧を描き、左側の不良の顔面を殴りつける。
頬を穿って意識を飛ばし、視界の端に見えた警棒のフルスイングを屈んで躱す。
そして、振り向きざまに裏拳を食らわせて三人目の意識を刈り取った。
だらりと膝を付いて倒れ、立っている奴はいなくなる。
「ふぅ……」
喧嘩も、それなりに出来た。
「さて、帰るか」
横たわる不良たちを跨いで帰路につく。
出来ればもう二度と会いたくない人種だ。
§
「ふーん。なるほどね」
今日一日、最上翔流を観察してわかったことが幾つかある。
そのうちの一つはスキルの正体だ。
候補はいくつかあるが、恐らくは最適化だろう。
今朝、擦れ違った時にヤバい奴だと思ったのは、その歩行動作に一切の無駄が見られなかったからだ。
歩幅、体重移動、姿勢、視野、瞬きに至るまで、そのすべてが洗練されていた。
それは不良をのした動きも例外じゃない。
無意識下で発動し続けていた最適化のスキルが、彼の一挙手一投足から無駄を奪い去っている。
「思った以上に有望株かもね」
意外なところで逸材を見つけてしまった。
正しく導いてやれば立派な魔法使いになれる。
ただまだ早いな。
「ん? あぁ、もうそんな時間か」
空のほうに目をやると、すでに日が沈みかけていた。
異世界化した地平線の辺りはすでに茜色に染まりつつある。
「ちょっとだけちょっかいを掛けてみるか」
そう言いつつ、空中に立ち上がった。
§
帰り道にある公園に差し掛かると、小さな女の子がブランコで遊んでいた。
「あんな小さい子が一人で?」
空を見上げてみると半分くらい赤く焼けている。
親はどこにいるんだ?
まぁ、近くにはいるんだろうけど。
そう思いつつ公園の目の前を通り過ぎた、その直後だった。
何かが近くで爆発でもしたような振動で地面が揺れ、反射的に背後を振り返る。
すると、見上げるような巨大な狼――魔物が遊具を踏み潰していた。
「なんで、こんなところに」
不味い。早く魔法使いを呼んでこないと。ここから離れなくては。
そう思いはしても足は縫い付けられたように動けない。
見てしまったからだ。
ブランコから転げ落ちた女の子が、魔物の近くで泣いているのを。
「あぁ、くそッ!」
気がつけば足が前へと動いていた。
泣き声を聞いた魔物が女の子に意識を向けている。
大口を開けて喰らおうとした。
だから、全速力で駆け抜けてその横っ面に跳び蹴りを食らわせてやる。
魔物はそれで顔を背けたが、次の瞬間には頭を大きく振るって俺を吹き飛ばした。
なんとか体勢を整えて、うまく着地する。
体中、冷や汗でべっとりだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
なにしてんだ、俺。
ヒーロー気取りかよ。
魔法使いでもなんでもないんだぞ。
どうして、こんな。
「グルルルルルルルル」
喉を鳴らして低く唸り、鋭い視線で睨み付けてくる。
女の子からこっちに意識が移ったみたいだけど、不良を一発でのした蹴りは、まったくダメージになっていない。
「ウォオオォオオオォオオオオオッ!」
遠吠えのように叫び、魔物は駆ける。
噛み砕かんと剥き出しにされた牙を何とか紙一重で躱すが、大きな尻尾に打たれて吹き飛ばされた。
「がッ!?」
ジャングルジムに背中からぶつかり、肺の空気が口から漏れる。
全身に鈍い痛みが駆け巡り、視界が眩んだように揺れた。
でも、そんな目でも魔物の巨体が迫っていることだけは理解できる。
全身の力を振り絞ってその場から飛び退き、魔物の突進を躱す。
勢いのままに噛み付いた牙はジャングルジムを変形させるほど威力があった。
でも、それが原因で牙かなにかが引っかかったのか、顔を引き抜けずにいる。
「グルルルルルルルル」
ジャングルジムから顔を引き抜こうと藻掻く姿を見つつ、頭から垂れてきた血を拭う。
今なら逃げられるかも知れない。
そう思ったのも束の間、ジャングルジムから顔が引き抜かれた。
その目で俺を睨み付け、唸りながら体勢を低くする。
まだ頭がくらくらするし、今度は躱せないかも知れない。
死を意識した、そのとき。
夕焼けの空から隕石のように、一振りの刀が落ちて地面に突き刺さった。
「――ッ」
なぜだ、どうしてだと疑問に思うより先に、俺はそれに向かって走っていた。
この場で唯一、魔物に対して有効打になりえる武器。
それに手を伸ばし、掴み、引き抜いて、更に駆ける。
「要はデカい包丁だろ!」
地面がまな板で、魔物が食材だ。
「ウォオオォオオオォオオオオオオッ!」
突進からの食らいつきを紙一重で躱し、握り締めた刀を振るう。
その一刀は大口を深く引き裂いて、いくつかの骨と臓器を断ち切って馳せる。
鮮血が散ると共に刀を振り抜くと、たしかな感触が手元に残った。
「ォオォオォオオ……ォオォオオオ……」
そして、深手を負った魔物が弱々しく鳴いて地に伏した。
「はぁ……はぁ……なんだってんだよ、いったい」
一瞬で色んなことがありすぎた。
状況が処理しきれない。
でも、女の子は助けられたはず。
「大丈夫か?」
近づいて膝を折り、視線を合わせると女の子がぱたりと倒れた。
知らないうちに怪我でもしていたのかと焦ったが、次の瞬間にはその原因が判明する。
「にん……ぎょう?」
それは布と綿とボタンで造られた人形だった。
女の子じゃない。人間じゃない。
「え? あっれ!? えぇぇええぇぇええ!?」
どういうことだ? たしかに泣いて。
でも、人形だし、なんだこれ?
「あっはっは。気持ちよく騙されてくれたね」
混乱していると、空から人が降りてくる。
階段でも下るように。
「こんにちは、最上翔流」
「俺の名前?」
「あぁ、知っているよ。調べさせてもらったからね」
そう言って、その人は魔物の死体に近づいた。
「随分とばっさりいったね。それ結構良い業物なんだけど、それでもちゃんと振らないと一撃じゃ仕留められないんだよね」
「あの、誰?」
「あぁ、失礼。僕は大和刀也、魔法使いさ。そして」
俺の目の前にくる。
「キミをスカウトしに来た」
その魔法使いは突然現れて、そう言った。
エタ帽子のためある程度切りがいいところまで書きためてます。
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