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覚醒

 狗狼が本家道場で見たものは、全身打撲で倒れているカミーラであった。


「うわ、これ誰がやったの? 帝座は?」

「帝座は医者んとこ。これは俺がやった」


 答えたのは死悲である。なぜか下着姿になっているが、小太刀の竹刀で自らの肩を叩いて一仕事を終えている様子だ。

 狗狼の気にかかったのは、帝座の方。


「病院って、まさか」

「ああ、師匠……カミーラさんがやったんだよ。腕一本と背中からブスリ。ほんっと吸血鬼ってすげぇわ」


 そのカミーラを完膚なきまで打ちのめしながらどの口が言うのか、死悲の笑い顔は軽々しい。


「お、ま、え……」

「いやまだ意識があるってんだから驚きじゃん? すぐ師範代になれますよ!」


 その軽口にカミーラは答えようとしない。何を言っても惨めなものだ。

 血桜桜我を殺すつもりだったのに、帝座には胸を貫かれ、死悲には完敗し、これでは師範と戦うことさえできない。


「んじゃま、今日も訓練始めますか。狗狼は師匠を休ませてあげてくれないか。今の俺なんかすっごい嫌われているし」


 嫌われる心当たりがないような言い方に、ますますカミーラは自尊心を逆撫でされる。

 こんな屈辱は、三百年生きてきて他にない。

 彼女は自身の生を追想する。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 吸血鬼には二種類存在する。

 生まれつき吸血鬼であるものと、人から吸血鬼になったもの。

 二つに差はないが、人から吸血鬼になる際に正気を失うことや、死んでしまう場合もある。

 カミーラは生まれながらにしての吸血鬼で、しかし人らしくあった。

 彼女は血液以外の食事を取るし人は殺さないし仲間も増やさない。

 そのため吸血鬼の仲間からは迫害され、両親とも険悪なまま別れることとなった。

 だが彼女は、吸血鬼の中でも五指に入るほどの実力者であった。


 カミーラは何故、桜我を追って侍心流の門をくぐったのかーー


「『怠惰』の吸血鬼よ、貴女が協力してくれれば、きっと我ら魔族は……」

「興味がないな。私は生きるだけでいい。怪我でもしたらどうする?」


 在りし日の思い出は、名も知らない雑魚が命を賭してでも力を貸してほしいと頼み込みに来た日のこと。

 吸血鬼でありながら魔族に非協力的であったが、他の吸血鬼も類似した態度であり特別咎められることはなかった。

 日和見主義とも臆病とも言われていたが、その程度カミーラはどこ吹く風であった。日中はあまり出歩かず、夜には寝ている動物から血を啜り、静かに、穏やかに生きていた。

 一部では名が知れており、しかも迂闊には手を出せない強力な魔族。彼女の心中は穏やかなままであり続けた。

 幾度となく人の友を作り、その生き方を見守り、死を悼み、生を喜び、人と共に生きて、見守っていた。

 時折暴漢に襲われることもあった。吸血鬼だからと迫害する者もいた。だが彼女は軽く脅かす程度で決して暴力を振るうことはなかった。

 人と共生していた。

 三百年もの間、理想的な人と魔族の付き合い方ができていた。


 血桜桜我と出会うまでは。


 圧倒的な暴力、生命を脅かす自身より強い存在。

 

 腕を切り落とされて、カミーラは気付いた。


 あの暴力を振るいたい。


 三百年、争うことなく穏やかに生き続けたカミーラは、自分自身が強大な力を持っていることにも気付いていた。気付いていたが争うことは危険だと知っているため封印していた。

 だが桜我には問答無用で腕を切られた。暴力は蔓延り、しかも自分まで巻き込まれる始末。

 生きるだけでは死んでしまう。強くあらねば、強くならねばならぬ。

 強くあること、それが生きることに繋がる。

 是、侍心流の信条である。


 またあるいは、脆弱な人間と過ごす中で邪な考えが彼女に

芽生えていたのかもしれない。

 自分の力でどれだけの虐殺ができるのか。どれほどの強さなのか。

 桜我と出会い、井の中の蛙であると気付いたカミーラが、自分はどこまで戦えるのかを知りたくなったのだ。

 強さの求道、それは『怠惰』と称されるカミーラを成長させる進化の瞬間であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「吸血鬼さん、別に帝座を倒したらすぐお父様と戦えたでしょ? なんで死悲と打ち合いなんてしたの、断れたでしょ」

「……あの男(血桜桜我)と戦うことを恐れたのかもしれない……あるいは、そうだな……力試し、か」

「やっぱ不老不死は悠長なんだ」

 

 狗狼に体を冷やされながら、カミーラは自分の在り方の変化に気づく。

 生きることと強くあることを信条にする流派に学ぶべきものかあったと理解した。

 そして、自身が全力で戦える存在が多いことに喜んだ。

 不動であり続けた感情がにわかに蠢き始める。

 その果てにあるのは暴虐か、死か。

 今までのような安穏としたものではなくなることは確かだが、それでもなおカミーラは微笑む。

 ーー楽しい。

 死の危険を感じ、生の喜びを実感したのであった。

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