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 カミーラは長く生きてきたが、戦闘の経験はそれほどない。

 それに、このような異人と出会ったことも初めてだった。


「ウホッ! ウホッ! ウホッ! ウホッ!」

「……人なのか?」


 漂弧(ひょこ)漂弧(ひょこ)と跳ねながら、死悲は両手の短刀をぶつけて音を鳴らしていた。腰蓑の短刀もぶつかっているが、蓑の中に混じった柏木のようなものがますますけたたましく音を鳴らしていた。

 踊れば音が鳴る、楽器のような役割も果たしているらしい。

 戦場において音とは、仲間を鼓舞し、相手を威圧する。時として音は、視覚以上の効果をもたらすことがある。

 それを知ってか知らずか死悲は激しく踊り音を鳴らす。もはや単なる音楽というよりも相手の聴覚全てを奪う勢いであるが。


「始めても?」

「アーーーーーーーーーヤーーーーゥッ!!」

「いいってさ」


 狗狼がそう言う。確かに言葉は不明瞭なれど戦意は充分。

 なれば、そもそも一度負けたカミーラが遠慮も容赦もすることはない。

 自らの頬を切り裂き、流れる血と爪についた血を死悲の方へ吹き飛ばす。

 その水滴が、鋭い針となり襲い掛かる。


術式・血滴針(けってきしん)


 致命傷にならずとも広範囲に吐き出した血の針は、天井に避けた死悲には一つたりとも当たらない。

 死悲は、短刀を天井に突き刺しぶら下がっている。カミーラが血の針をそちらにも振るうが、死悲は短刀を押すようにして反動で勢いよく床に着地し、そのままカミーラの方へと駆けてきた。

 この勢い、この速さこそが、カミーラが死悲に手も足も出なかった理由だ。


「ヤァフッ! ヤァッ! ヤーフッ!!」


 既に一撃が致命傷になりうる距離、死悲が両手の短刀をがむしゃらに振るうのを、カミーラは血で固めた爪で応戦する。

 だが死悲の勢いはすさまじく、カミーラは指を落とされないようにするだけで必死で、腕や体を斬りつけられながら、すぐに壁際にまで追い詰められた。

 速い。

 どころではない。

 速さだけならば、以前戦った時と大差はない。それでさえ、目で追うことも難しい神速であった。

 だが、そこには規律があった。

 今はそれがない。

 前は竹刀で攻撃を受け止めていたのに、今は全て上半身のしなりと首の捻りだけで全てを躱していた。

 その強引な動きたるや、体を九〇度ほども曲げながら腕だけは短刀でカミーラを切り裂いている。


(帝座を見て思ったが……こいつらは、竹刀を持つと持たないとでまるで違う)


 そもそも帝座は剣を使わないのだ。道場での戦いを真に受けるのは危険。

 ――尤も、カミーラにも同じことが言えた。

 無数の切り傷ができた腕、その血が形を変え、槍のように死悲の体へと伸びていく。


術式・血伸槍(けっしんそう)


 右腕から五本、鋭く伸びた血の槍を死悲は高く飛び、天井に短刀を突き刺して避けた。

 それを当然予期して、カミーラは次に左腕から五本、槍を伸ばして攻撃を繰り広げる。

 しかし、死悲はそれさえも、短刀を掴んだまま手首の捻りだけで体を動かし、簡単に槍を全て避けた。

 そのまま手を押し出し、勢いよくカミーラに突っ込んでいく。


「ヤァァァァァァァッ!!」


 死悲は即座に腰蓑の短刀を手に取り、両手に握った短刀でカミーラに攻撃を仕掛けようとする。

 だが、次の瞬間、カミーラの口からも一本の血の槍が鋭く伸び、それが死悲の体を貫いた。

 否、攻撃の瞬間、死悲は両の短刀でそれを防ごうとし、結果脇腹のみを貫かれた。


「ゴフッ!? ぐ……」


 貫かれた傷口を抑えつけ、蹲る死悲に、カミーラは千切られた舌を見せながら、腕から指先にまで下たる血を糸のように伸ばして見せつけている。

 その舌も、すぐに生えてくる。


「アデライドとの戦いで学んだ新技だ。……お前の傷はそう簡単には治らないだろう」

「……フー……フゥゥゥゥゥゥッ!」

「死悲! そこまで!!」


 弾弾(だんだん)ッ! と狗狼が床を二回踏み抜いた。その後、沈痛な表情で折れているはずの太腿を抑えながら、次に涙目で死悲を見た。

 その大音は死悲とカミーラの動きを止め注目を集めるには充分だった。


「戦いはカミーラの勝ち。だが、君たちにはまだまだ働いてもらう必要がある。これ以上はどちらかが死ぬ」

「……はいはい、合点承知。流石は師匠、ってことにしとくよ」


 死悲は仮面を外しながら、そそくさと移動し、自分の体に包帯を巻いた。

 見ればまだ戦うこともできるだろう健脚に、カミーラは静かに慄く。

 今回のカミーラの攻撃は不意打ち同然だったが、それを知られてしまった以上同じ手が通じるとは思わない。

 さながら、帝座と戦ったことにより血を操ると知られた時点で、他の師範代との戦いで不利になったことを自覚するように、手の内を明かすことの危険さを自覚する。

 が、それはそれ。今は頼もしい仲間として知ってもらう必要がある。


「……じゃあ、お父様を倒すための手段だけど、それは黄泉山も交えて話す」


 言うや、三人は黄泉山の寝室で合流した。


――――――――――――――――――


 血桜桜我、その強さについて狗狼は淡々と語った。

 そして、それに対する戦法も。


「お父様の必殺技は、神速とも呼ばれる抜刀術、居合だ」


 刀を鞘から抜く時の一撃、あるいは無刀から放たれる一撃目。

 カミーラが桜我と初めて出会い腕を斬り落とされた時の攻撃、あるいは道場で襲い掛かった時に左腕をへし折られた時の一撃。


「その神速は、弐撃」

「弐撃?」

「壱撃で再起不能にできる技だが、弐撃目までその速さは続く。壱撃目には劣るけれど、それでも常人には受け止めきれない必殺の技だ」

「それをどうするか、か」

「壱撃目を死悲に受けてもらい、弐撃目をカミーラ、君に受けてもらう」

「……できる、と?」

「できなくていい。参回目以降の攻撃は通常速(つうじょうそく)、それでも普通を逸脱した達人の攻撃だが……俺が怯ませる」

「そして、トドメを、僕が刺します」


 黄泉山がそう呟くのをカミーラは噛みしめ、考える。

 戦士四人が命がけで血桜桜我を倒す。自分がその捨て石になること。

 疑問は様々浮かぶが、それを逐次ぶつけていく。


「死悲は壱撃目を防げるのか?」

「いや、死ぬかもですね。まあそれはそれ、殺す気で行きますが」

「君は」

「俺はあれと本気で戦ったことがない。……これは俺の希望ですぜ、師匠」


 であるならば、言うことはない。死悲は、自分が本気で勝てると思ってないだろうが、それでも挑みたいという気持ちに嘘はない。

 死の恐怖、それがあるのかないのかは知らないが、彼は紛れもなく命がけで戦う戦士であるからして。


「……では狗狼、君があの男を怯ませられるのか? そもそも君は強いのか?」

「ひどい言いようだ。そりゃアデライドってやつには負けたけどさぁ」


 カミーラは血桜狗狼の実力を知らない。知っているのは刀を抜かずして死神道化に完膚なきまで叩きのめされた女のような(ナリ)した男。

 だが、彼の実力は黄泉山も死悲も認めるところ。


「狗狼の抜刀術は、血桜桜我の弐撃目に匹敵する神速。充分埒外の実力です。信頼していただいて、構いません」

「ああ。狗狼の本気は俺でさえ仕留めるからな」


 それは知らず、とカミーラは小さく頭を下げた。ただ、今はその実力を確かめること能わず、狗狼の回復を待つばかりだ。

 あとは、黄泉山。


「君は強いのか?」

「黄泉山は――」

「僕は、強いですよ。師範代の誰よりも」


 平然とそう、言ってのけた。

 それを狗狼が補足する。


「黄泉山兵喰は紛れもなく天才だ。ただ、病に伏せっていて、いつ死ぬとも知れない体だ。……だからこそ、早くこの機会を待っていたんだ」

「……カミーラさん、でしたね。言ってしまえば、今回の策は、僕のための、捨て石です。……ご不満、ですよね?」

「いや、私が殺してしまっても構わないのだろう? 弐撃目を受け止めるなどケチなことを言わず」


 しばしの間の後、死悲が呵呵大笑し、穴の開いた脇腹を抑えた。


「そ、その通りっすよ師匠! まあ、その前に俺があいつをぶっ殺しているかもしれない!」

「ああ。それだけ手の内を教えてもらって簡単に負けるものか。私が戦うのは死悲と戦った後の手負いの桜我なのだからな」


 カミーラの強気な発言は、養生している二人にも勇気を与える。

 何より、カミーラは正直なところ心が躍っていた。

 長く人と共に過ごしてきた吸血鬼のカミーラであったが、人と共に命を懸けて何かに挑むという経験は今までなかった。

 人を殺すために、人と命を共にする。そんな若き彼らの野望を手助けできる親心のようなものに、カミーラはほとほと愛を感じるのであった。

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