執心
血桜桜我を殺す。
そう言われた時、カミーラは様々な考えを巡らせた。
早くもチャンスが回ってきた、とか。
死悲や黄泉山は師範代として長いのか、そういうことを狙って生き延び師範代でい続けることはできるのか。暗殺を日常茶飯事にしているのかどうか、とか。
狗狼は実の父親を殺すことになるだろうが、それでいいのか、とか。
血桜桜我が死んだら侍心流とはどうなるのか、とか。
様々巡らせた中、カミーラが真っ先に問うたことは。
「殺せるのか、血桜桜我を」
まず、そこだった。
「俺ら四人なら勝てる、とは言い切れないけど、確率は高い」
赤偽を血で縛り付けたまま、暗殺を企てる四人は顔を向け合い道場の床に腰を落ち着ける。
これでカミーラの実力を測った、ということで三人の意向は決まっているようなものである。
「死悲と黄泉山の腹は決まっている。カミーラ、君がどうするかだ」
「……私は」
「待って、くれますか? ……そもそも、あなたは、それだけ、師範を殺したいと思っていますか?」
呼吸をゆっくりしながら、独特の間で黄泉山は尋ねる。カミーラと出会って間もない彼は、その復讐心を確かめたいと思った。
そして、それは死悲や狗狼も同じ気持ちがある。
カミーラが道場に討ち入り、血桜桜我を殺しに復讐に来たのは知っている。
だが彼女はただ腕を切られただけ、しかもそれは当の昔に完治している。
復讐というには弱い。その動機を疑われてしまえば、命を懸けて同じ目的に挑む同志と呼ぶには弱い関係だ。
そして、カミーラ自身がその復讐への温度差を感じていた。
「確かに、私と君たちでは殺意の種類が違うだろうな。私は正直、腕の一本を取られるくらいで殺そうとまでは思わない」
死悲が当たり前のように持っている血桜桜我への殺意、それと自分の感情は別であると山中での会話で気付いていたからである。
だが、彼女には別の理由があった。
血桜桜我を殺す理由。
「三百年間、凡庸に生きてきた。特に争うことなく、常に人と関わり続け、その営みに触れてきた。人の誕生から死まで、最初は感動もしたが、慣れてしまえば、全てが虚ろになるほどにただ生きるためだけに生きていた」
彼女は吸血鬼としても、稀有である。人と交わり、人のように過ごす。それでいて、長い時を過ごした。
「あの男に腕を斬られるまでは」
その生活は終わった。
七大吸血鬼として恐れられる『怠惰』のカミーラは、その在り様を変えられたのだ。
「……感動……と言っても、差し支えない。
腕を斬られた怒り、以上の。
死ぬという恐怖、以上の。
……大きく感情を動かされたという、感動。
鮮烈な夜だった。
死悲、お前にも私は負けだ。アデライドにも一対一なら負けていただろう。帝座に胸を貫かれたのも驚きだった。
だが、だが、だが、それ以上。手も足も出ずにただ恐怖ばかりに打ちひしがれ自分の無力を嘆き小動物のように震える初めての感情を私は覚えた。
そして私は思ったのだ。殺そう。強くなろう。何者にも脅かされないように強くなり、また元の『怠惰』に戻ろうと。私の安寧は、恐怖以外の感情で揺らぎたい。あのような恐怖を味わいたくない。あの男は必ず、健常なうちに私の手で殺したいと。……復讐ではない、が、私の手であ奴を殺しておくという充分な目的がある」
カミーラにとってのけじめ、あるいは区切り。
元の生活に戻るための不穏分子の排除、あるいは自分の実力の確認。
ともかく強くあらねば生きることができない。
平静に戻るための、安寧を得るための手段としての復讐。
「俺はそれでいいと思うよ。思っていたよりも誠実な答えだ」
「……僕も、いいですよ。こふっ!」
「うんうん。じゃあ早速作戦会議だ。師匠には悪いが……」
「待て」
三人の師範代が認める中で、進行を止めたのもまたカミーラ。
「決めていたことがある。血桜桜我を殺す前にすべきことがある」
「うん? 師範代になるなら会議で適当に……」
「死悲、君を倒す」
三人は虚頓、とカミーラの顔を見たが、カミーラ本人は大真面目であった。
「あの男を殺すには、君には勝てなければいけない。君に勝たずして桜我を殺すことはおろか、戦うことも能わない」
「…………意味、あります? 師匠が俺に勝てても血桜桜我に勝てないだろうし、俺に負けても血桜桜我を殺すための能力は充分ある」
「関係ない。これもケジメだ。血桜桜我を殺すにあたって君より強いことは最低条件だ」
「だがそれで怪我をされては」
狗狼が食い下がろうとするが、死悲が立ち上がり腰元から短刀を取り出す。その表情は強気な笑みを浮かべており、戦意は満々であった。
「……死悲、らしくないぞ」
「いんや? 師匠がお望みとあれば人肌脱ぐのが弟子というものだろ」
「……言っていなかったが、君が弟子面するのも不愉快だった」
「……、と、とにかく、死悲の戦装束も、ここにはある。本気で、気が済むまで、やるといい」
カミーラの嫌悪感がありありと示される中、黄泉山が空気を変えるために零した言葉に死悲とカミーラが反応した。
「ここにもアレあったか!」
「戦装束、とは?」
「死悲が、本気で戦う時の、衣装。知らないのか」
言われてカミーラは、死悲と戦った時のことを思い出す。
死悲は、普段竹刀で訓練する時は全員と同様の道着であるが、カミーラを打ちのめした時は早々に服を脱いでいた。
「赤偽、死悲の装束を」
「はいっ!!」
「……狗狼、後は任せます。僕は、すみませんが、少し、横にならせてもらいます」
「ああ、無理はしないで」
と、黄泉山が寝室に移動すると同時、死悲は赤偽についていき、その装束とやらを取りに行った。
残されたカミーラに狗狼は語り掛ける。
「死悲は、この国の生まれじゃない。海の向こうで生まれ、漂流してアイゼンティールにやってきた。彼はこの国に慣れたものの、武器は彼の国由来のものが得意らしく、本気で戦う時はその衣装を着込んだ方が良いらしい。一応、侍心流の道場にはその衣装のレプリカを備え付けているはずだけど」
「特別なものなのか?」
「一目見ればわかるよ」
述べて、程なくしてそれが現れた。
あるいは死悲。
あるいは、奇神。
「ヤーーーーーーーポォーーーーーーウッ!!」
あるいは、蛮人。
陰茎が半分見えているほどの短い腰蓑には隠れるように短刀が数本、衣装のように結ばれている。
上半身は裸体だが、首元にはナプキンのようにヤシの葉のような装飾がつけられている。
唯一隠されているのは顔。
ネイティブアメリカンが祭儀で使うような悪魔を模したような、飛べない鳥の羽が飾り付けられた、不気味な仮面。
「イヤーーーーーーーッッポォーーーーーーウッ!!」
床を跳ね、跳ね、体勢を狂理と変えて天井に足をつけて、跳ね、跳ね、カミーラの背後に立った。
「今なら本気で戦えるぜ師匠! スィーピィールィムのアマス・バトレダご覧あれ!」
「何もかもわからん。が、悪くない。本気ということは伝わってきた!!」
いざ、死合。




