発端
ひゅるり、ひゅるり。
風の候う夜半2時、しとしと歩く乙女が一人。
ぼぅとした目は真赤く炯々と光り、時折覗く口からは白い牙が見え隠れしていた。
何を隠そう彼女は吸血鬼、金髪赤眼の美女は今し方道端に眠る浮浪者から血を頂いたところであった。
ザッ。
吸血鬼の前に一人の男が相対した。
黒いドレスを着飾る吸血鬼に対し、男は和服を着ていた。この辺りでは珍しい衣装に、思わず警戒するほどの鋭い目、腰に差した刀の柄に手をかける姿。
それ以上に、その殺気だけで警戒に能う男だった。
「……何者だ? 私を殺すと?」
「人の血を啜っていたな。何故そのようなことを」
吸血鬼カミーラは、その男の声音の静かなことにまた驚いた。
まるで自分が吸血鬼を前にしていると気付いていない様子ながら、敵意と警戒を持って相対す。正義感と呼ぶには無謀が強い。
何より、対策できるような武器も持たず、しかし魔法や銃が蔓延る中で真っ直ぐに己の刀を信用しきっている姿。
時代錯誤、かつ海外のハイカラな衣装に身を包みながら、その男は堂に入っていた。
「何故……、はははっ! これは異な事を。吸血鬼ゆえ、だ。血を吸わねば死ぬから吸うのだ。生きるために吸うのだ」
馬鹿にするように笑った後、カミーラは赤眼を真っ直ぐ男に向けた。弱者であれば目が合うだけで心の臓が止まるという呪いを、男は真正面から受け止めーー
斬ッ!
……気づけば、カミーラの腕が落ちていた。
その快刀乱麻、一瞬のことで右腕を斬り落とされたカミーラでさえ呆然とし、落ちた腕と肘から先のない自分の体を見ても結びつかなかったという。
「あ、あぁぁぁぁっ!」
「……愚かなり」
気づいた瞬間に袖口から血が噴出する。不死の吸血鬼にあらば千切れた腕もくっつけておけば元に戻る。
カミーラは苦痛で表情を歪めながら無様に腕を拾う。それを、男は側から見て、去った。
「生きるために喰らう、その意志がまるで足りん……。人は強くなるため、生きるために遮二無二食らいつくものだ
「お、お前何者だ! どうして私を……」
「侍心流」
男はそれだけを言った。脇目も振らず振り返ることもなく、ただ歩いて行く。
夜を我が物顔で往く男を、カミーラは自分の腕を押さえながら見つめ続けていた。
その顔は睨んでいるような、あるいは踵を返し自分を斬らぬようにと祈るような表情であった。




