2話 願いを叶える井戸
2話目で時間がかかってしまったが、連載続けていきます。
パーティーが終わり数日が経ち、私とクローキス、殿下、ルーナは日を改めてお茶会を開いた。
今回は雨ということもあり、宮廷内にあるサロンで開くことになった。
「はぁ~、やっとルーナと初めてお茶会が出来たと思ったのに、とんだ雨になっちゃったなぁ…」
お茶とお菓子を待っている間、私は窓枠に肘を乗せ、外を眺めた。
「そうですわね。けど、私は雨も好きですよ。雨粒が葉に当たる音とか…」
「それも素敵だけど…折角王宮に来れたのだから、庭園を散歩したり、かくれんぼとかできそうだったじゃない~」
ため息をついた私は、ルーナの座るソファーに行き腰を掛けた。
前世の記憶を思い出してから、ひとつ問題が発生したのだ。
とてつもなく暇!
イーヴィの年が十歳ってことで、子供のすることといえば、食べて遊んで寝る…って、これだけ!まあ、ちょうど十歳になったってことで、勉強が始まったのだけど、まだ簡単なことばかりで、私にとっては直ぐに飽きてしまった。
もっと違うことを勉強したいと言っても、アネッタに「お嬢様にはまだ早すぎると思います」と言われ、お子様な勉強しか教えて貰えてない…。
あぁ、実験したい…薬草育てたい…。
前世では、研究室で思いのまま実験できたから、ちょっとその頃が恋しくなった。
そういうのが、できないなら遊ぶしかない…のだけど、よりによって今日は雨。宮廷内でかくれんぼするわけにもいかないし…。
「私…、かくれんぼってしたことがありませんの。どう遊ぶのですか?」
ルーナから驚きの言葉が出て、私はルーナを見つめた。
「今まで、やったことないの?」
「話には聞いているのですが、友人ができたことがなかったので…」
と、ルーナは恥ずかしそうに俯いた。
どうやらルーナは、黒髪が原因で友達がいなかったらしい…。まぁ、イーヴィも性格上問題があったから友達いなかったけど…。
教えてあげたいけど、今日はできそうにないし、他に遊べることは…。
「待たせたな。お茶が入ったぞ」
そう言いながらサロンの扉を開け、ティーセットとお菓子を持った殿下とクローキスが入ってきた。
「イーヴィ、ルーナ嬢にちょっかいかけてないだろうな?」
クローキスは、持っていたティーセットをテーブルに置き、殿下が持っていたお菓子を受け取った。
「かけないわよ。それより、何故プリウス殿下がわざわざ運んで?」
「さあ?リウスが使用人達を断って、自分で運ぶと言い出したんだ。ルーナ嬢に良いとこみせたいんじゃないのか?」
そう言うクローキスに、殿下は肘でクローキスの背中をどついた。
「別に僕はそんなつもりはないよ?ただ、使用人を呼びに行くより自分でやった方が早いと思っただけだから」
殿下の笑顔がやけに黒く感じたのは、私とクローキスだけだろうか…。
殿下はルーナへは優しい笑顔に戻し、ルーナの前にお茶を用意した。
「そういえば、ルーナはどんなお茶が好きなの?」
「私は、このお茶ですわ。アップルティーが好きなんです」
「このお茶はルーナが持ってきたものなんだ」と、殿下が補足で付け足した。
私の質問に、ルーナは茶葉が入った缶を見せてくれた。メーカーはよくわからないけど、ルーナ曰く、下町の有名なカフェのオリジナルらしい。
「一緒に売られているアップルパイと、とても相性がいいのです。前はよく、母とここのカフェにお茶しに行きましたの」
アップルパイとはまた王道なお菓子だとは思ったけど、入れてくれたお茶の味はとても美味しかった。アップルパイも美味しいんだろうな~。
「ルーナの母君は元々は庶民で、こういう素朴な店をよく知っている。僕もお忍びで、ルーナの母君に一度だけ連れていってもらったよ」
「プリウス殿下も食べた事があるのですね。私も食べてみたいなぁ」
「では、今度一緒に行きませんか?私も久しぶりに食べてみたいですし…」
ルーナの誘いに私は嬉しくて、ついルーナの手を握りとった。
「是非行きたいです!あ、どうせならクローキス様達も一緒に行けませんかね?」
「俺はいいけど、リウスは厳しいんじゃないか?」
「僕も行きたいけど、外に出る時間が取れるかな…」
殿下は十歳になってから、本格的に皇帝になるための勉強が始まったみたい。それに、殿下の顔が王宮の外でも覚えられ始めてくると、迂闊には出掛けられにくくなったようだ。
「普段は自室で勉強されるんですか?」
「いや、宮廷図書館で勉強してるよ。本を自室に持っていくより、そこで勉強した方が効率がいいからね」
質問に答えた殿下に、私は少し興味を感じた。
王宮の図書館なら、クインテット家の図書室より膨大よね…。ってことは、もっと面白そうな本とかあるかも…。薬剤の本とか、この世界ならではの魔法の本とか…
私は目を輝かせて殿下を見つめた。
「…イーヴィはいつから本が好きになったんだ、クローキス?」
「さぁ?俺も最近イーヴィの変わりようにびっくりしてますよ」
殿下とクローキスは、私に聞こえないような声で何かを話していたが、褒められた様子ではないのはわかった。
私の希望が叶って、殿下に宮廷図書館まで連れていってもらうことになった。もちろん、ルーナとクローキスも。
宮廷図書館は別に建てられていたが、本邸から渡り橋が掛けられているため、王族又は高官貴族はそこを渡って宮廷図書館に行ける。
雨であるためか、中に入ると人が結構いた。外での訓練が出来ずにいそうな騎士まで…。
「お…お嬢様!?」
その中にクインテット騎士団の一人が居て、私に気づいた。名前は覚えていないけど、うちの騎士団の服だったからわかった。
「ごきげんよう…、えっと…」
「クロレッツです。ロイ・クロレッツ二等兵です」
そうだ、うちの騎士団に最年少で入った騎士だった。確か、年は十五歳…だったかしら。
「クロレッツ卿はなぜこんなところに?」
「非番だったので、宮廷の訓練を見学にし来たのですけど、とんだ雨になってしまって…。折角宮廷に入れた貴重な日なので、有名な宮廷図書館でも見学しようかと思いましてね。そちらも…、外で遊べず図書館に来た感じですかね」
ちょっと砕けた口調が年齢相応に見えて、少し可愛く感じた。
「まあ、そんな所ね。何か面白そうな本でもあった?」
「まあ、魔法関連の書物は宮廷以外ほとんど出回ってないので、それを覗きに来たのですけど、難しい字ばっかで今諦めてたところです」
ロイから本を手渡され、私はパラパラっとページをめくってみた。
「エル…ガ…レイオン?って何?」
「さあ?それがわかんねーから読むのをやめたんですよ」
二人で頭をかしげていると、殿下が私の持っている本を覗き見た。
「エルガレイオンは七つ魔具の総称の事だ」
「七つ魔具?」
私は殿下に聞き返した。
「七つ魔具はこの世に存在する魔力が込められた道具だ。「魔法の杖」「魔法の鏡」「願いを叶える井戸」「ランプの魔神」「ポセイドンの矛」「助けの角笛」「リンドンの剣」これ全てをエルガレイオンと言う」
殿下の答えに、まるで本当にお伽噺にでも入ったような世界と思えた。
「エルガレイオンの一つである願いを叶える井戸はこの宮殿にもある有名な話ですよね」
話を聞いていたルーナもこちらに駆け寄ってきた。
「えっ!そんな貴重なものがここにあるの?」
「はい!私と殿下もそこで婚約の儀をしましたもの。エルガレイオンは国の象徴とも言えますからね」
そう言うと、ルーナは手招きをし、私を図書館の西側の窓へと誘った。ルーナと窓の外を見てみると、中庭に出る階段の下に小さな井戸があり、周りは高い塀と草木で囲われていた。
「あれが願いを叶える井戸?」
「はい。井戸の中に願い事を呼び掛け入れ、その言葉が返ってきたら願いが叶うと言われています」
「へ~。じゃあ、ルーナも何か願い事したの?」
「わ…私なんかがおそれ多いです…」
ルーナは手振りをいれ、全力で否定した。
…別にそこまで否定しなくても。
「単なる言い伝えだろ。呼び掛けて願いが叶った奴なんて、いないんだしな」
呆れたようにクローキスは鼻で笑ってきた。
「まあ、叶えるにはエルガレイオンに気に入られなければならないからな」
「そんな条件があるんですか?」
私は殿下の言葉に聞き返してみた。
「水面に映る事のできる心清き者に我が力を魔力に乗せ汝に返そう…という言い伝えがあるくらいかな」
「邪な気持ちで願い事は叶えられない…ということですね。プリウス殿下は呼び掛けられた事はあるのですか?」
「小さい頃に一度だけな。父を超える皇帝になりたいと呼び掛けた事はあるけど、返事が返ってきたかどうかは…。魔力に頼らず、自分の力で超えろって意味なのかもしれないしな」
そんな無邪気な殿下もあったんだなと思うと少し微笑ましくなった。
「ならば、私が井戸に呼び掛けてみるよ」
私はそう言うと、駆け足で図書館を出て井戸を目指した。
「イーヴィ!?」
「お嬢様?」
殿下やルーナ、クローキスそれに、ロイも私の後を追って図書館を出た。
雨は小粒の雨に変わり、雲の隙間から光が差し始めてきた。私は、中庭の階段を駆け降り井戸の前に立った。
「これが例の井戸か…。なんだか普通の井戸に見えるけどね」
所々に苔が生え、地面から蔦が延びていた。
井戸を覗いてみると、水面には桶が浮いてあり、他は特に変わった様にはみえない。水面に私の影が映るくらいかな。
ずっと覗いてると、雲が次第に晴れてきているせいか、光が一直線に井戸の中へと差し込んできた。すると、覗いている私の顔も次第にくっきりと水面に映ってきた。
「私に魔法の力を使って見せて頂戴ー」
私は井戸の中に呼び掛けてみたけど、声は全く反響することなくただ水面に波紋が広がるだけだった。
「全然答えてくれないじゃない」
ため息をつくと、殿下達も私の後を追って井戸のある庭にやって来た。最後に来たルーナは少し息切れをしていた。
「イーヴィは走るのが早いですわね」
「ルーナはもう少し運動した方がいいわね」
私はルーナの背中を擦りながら言った。
クローキスは井戸の中を覗きながら、呆れた顔を私に向けた。
「んで、願い事は言ったのか?」
「残念ながら、返事は反ってこなかったわ」
「そりゃ、残念だったな。何て願ったんだ?」
「私に魔法を使って見せてっ言ったけど、魔法は見れそうにはないですね…」
私はまたため息をついた。
やっぱり、魔法なんて本当にあるのかなって思えてしまうよ。前世ではお伽噺の世界のものだったしね。
「お嬢様が呼び掛けても答えてくれなかったんなら、俺が呼び掛けても答えてくれないかもな…」
「そうね、こんな見た目も心も美しい私ならいけると思ったけど…。クロレッツ卿はもっと無理なんじゃないかしら」
私は返事してくれなかった井戸の腹いせにロイをからかった。
「そりゃないよ、お嬢様…」
子犬みたいにしゅんとするロイが可愛かった。
「イーヴィも井戸を見て満足したなら、そろそろサロンに戻るか」
「そうですね…。サロンに戻って、ルーナの言っていたアップルパイのあるカフェに行く予定でも立てましょ」
殿下が戻ろうと言って、私たちは井戸の中庭のを後にしようとした。
『…の…っ…』
後から声が聞こえたような気がして、私は後ろにある井戸に振り返ってみた。
…気のせいかしら。
何て言ったかわからなかったし、私は殿下達の後を追った。
『私に魔法の力を使って見せて頂戴…』
井戸の中から微かな声が響いた。
それは、私のこれからの運命を告げる物を呼び覚ませる声だったのだろう。
続きもなるべく早くだせるように頑張ります!